197年 南皮統治編
第37話 南皮をどげんかせんといかん
左遷という言葉がある。
項羽と劉邦がバトル前に、論功行賞で劉邦が巴蜀の地に送られたことから生まれた。大陸において左側……つまりは西は権力争いに負けた者が行きつく場所という認識があったのだろう。
そんな格言とは真逆で、俺は大陸の東、そして対公孫瓚の最前線に当たる南皮の太守に任命された。
朝廷には後付けで「うちの息子を太守にしといたぞ」と通告するそうだ。それがまかり通ってしまう程度には権威が失墜しているらしい。
「しかし……人口七万の都市をポンと与えられてもなぁ……マジでどうすればいいんだよ」
村の復興作業とか、軽い土木工事の手伝いとかとはワケが違う。
俺の采配一つで七万の人の命が左右されるのだ。責任は重い。
にしても、人口七万って聞いたが、マジでそれだけ人がいるんかね。
この時代は「白髪三千」とか言って、数えられないほど多いモノは適当にごまかしてるんだよな。
俺が知る……というか目標とすべき内政は管仲だ。
かの諸葛孔明も尊敬したという、伝説の名宰相である。
曰く、税の基本は「まず与えること、そして取ること」だそうだ。
そこに老子の思想もミックスしてみる。
「魚を与えるより、釣り方を教えよ」と。
まずは人民に食い扶持と仕事を与え、未来へと投資することが重要だ。
餓えた人民から税金や穀物を奪ってもしゃーない。ヘイトがもりもり溜まるだけだ。
ならばたらふく食べさせ、余裕のある生活にしてから取った方が、為政者としても長生きできることだろう。まさしくwin-winの関係だ。
問題はランニングコストがパねえことだが、そこはそれ、袁家のスネをまさぐるように舐めるしかない。
怪しい投資詐欺のようなタカリをすることになるが、何とか理解してもらうしかないだろう。
――政庁
太守が座る割と装飾大目の木椅子に腰をおろし、集まった文武両方の要員と今後の計画を立てることにした。
「……というわけで、金銭的・糧秣的な出費はかさむものの、人民を飢えさせぬことが肝要と判断する。この提案に何か意見はないだろうか」
軍師に郭図。幕僚として陳琳、高柔、許攸が侍る。
軍務として文醜将軍を筆頭に、張郃、呂威璜、袁春卿、高覧がいる。
公孫瓚を前面に抑える目的がある以上、軍事方面に人材が偏っているのは致し方がない。
「郭公則が発言いたしまする。まずは軍備に余剰金を投入し、公孫瓚のイナゴどもを大地の肥やしにする気概を示すことが重要と存じますが」
OK、軍備は後回しだな。
君の逆をやるのが正解って分かるのは、ある意味万能センサーだよね。
「ふむ……この許攸めは政治には疎いのですが一つよろしいか」
「うむ、申してみよ」
裏切りそうな顔ってあるよな。
表面上はめっちゃニコニコしてるんだけど、陰で渋い顔して舌を出してるような。
許攸先生はモロそれ。
まあ史実でも袁紹軍の兵糧集積地点の場所をゲロってるからね。
「この南皮は西に鄴都、南に平原があり、諸都市の中間地点として文物の流通が多うございます。ですので、まずは内部と外部の政治に切り分けて考えてはいかがでしょうか」
ふむ。何か腹案がありそうだね。
策謀の士と思ってたが、案外仕事熱心なのかもしれん。
「続きを話してくれ。内部と外部とはどのような意味だ?」
「は。まず内部とは南皮に住む人民への施策でございます。顕奕様の思し召しの通り、まずは飢えを取り去り、仕事を与え、税を得ることです」
「概ね俺の考えに合致してるということか」
左様、と首を縦に振る許攸。
「しかして、南皮には実際に何名の住民が居るのかを把握することこそが急務かと。正確な数を知らずして、与えることや取ることは公平に行われ得ぬでしょう」
「正鵠だな。確かに……しかしどうすれば……」
現代日本で考えてみよう。最近は何でもネットで検索出来ていたが、基となるのは何のソースが要るんだっけか。
人数……家族……世帯……。
戸籍。戸籍か!
「許攸、まずは話の続きを促そう。対外とは何をもって成すのだ」
「はっ。道路の整備と関所の設置、そして流入する人物や文物の管理でございます」
「なるほどな。内部をまず徹底的に整備し、その後に南皮に入り込むものを調べるのだな。いい考えではないか」
「お褒めいただき、恐縮でございます」
いや驚いたよ、マジで。
おかげで俺の目玉から鱗が千枚くらい落ちたわ。
戸籍を作り、住民を知る。そして必要な措置を提供して、将来の富とする。
地道極まる作業だが、これは俺の家臣総出でやり遂げなくてはいけないことだ。
「他にも意見はあろうが、許攸の献策は火急にして喫緊の課題と見た。故にまずは住民の調査を行うことにする」
「ははっ!」
「仰せのままに!」
――
かくして、末端の兵士をもフル活用した「南皮戸籍調査大作戦」が始まった。
一軒一軒、点検だオラァ! と訪ねて回っては、家族構成や年齢・職業等々を記載していく。
四方の門を固め、流民一人とて逃がさんよ。
例え家が無くても南皮にいる以上は、この戸籍サークルに強制参加だ。
住民の不満は高まるし、不安な気持ちもあるだろう。
書き写す文官たちの腕も、腱鞘炎で壊死寸前かもしれん。
だが、今だ。今やらなければ他国に差をつけることはできないと信じている。
「顕奕様! 七番書室の文官が全員倒れました! 至急増援を!」
「寝かせて良し! 竹簡をこっちに持ってこい。俺も書くぞ」
「顕奕様、四番街で警邏隊が住民に囲まれております。鎮圧の兵を!」
「俺の護衛はマオ一人で構わん。近衛を向かわせるんだ」
「顕奕様! 城内で姫……奥方様が!」
「蘭がどうした!? 無事か」
「その……寂しいのでお会いしたいと……」
……。
「今夜は寝かさないと伝えてくれ」
「しょ、承知致しました!」
俺への伝令役を担ってくれているのは、近衛統括の袁春卿、それと甄姫が新しく連れてきた侍女の
政務に関しては春卿に。甄姫関連は明兎に。護衛はマオに一任している。
当初明兎は俺のことをまるで囚人を見るような目で監視していたのだが、甄姫――蘭に誠実であり続けたことが奏功し、信用を得るに至った。
政務でも汗水垂らして頑張っているので、そんなに好感度は低下してないと思う。
積み重ねられていく竹簡の山と格闘し、俺たちは南皮の人口をつぶさに調べていく。
「すまんな、少し席を外すぞ。マオ以外は付いてこなくても大丈夫だ」
「お供しますですよ!」
連れていかないとマオは扉を破ってでも側に来ようとするからなぁ……。
結婚をして、侍女が増え、大都市に来たんだ。少しはマオも休んでいいと思うんだが。
「この先は俺一人で行く。誰も通すな」
「かしこまりですよ!」
そこは薄暗い倉庫だ。
特に何があるわけでもないし、誰が潜んでいるわけでもない。
「強力編集……起動!」
ジャーン! ジャーン!
うーん、このノイジーな銅鑼の音よ。いつの間にかバージョンアップされたのか、編集画面を開くとBGMが鳴るようになっていた。
そういうアップデートいらねえから。
「さて……南皮の都市ステータスは……と」
そう、そうなんよ。
都市情報で南皮の人口、実は丸っと分かるんですわ。
でも実際に誰が居るのかまでは不明だし、正確な人口数が把握できるだけで、住んでいる人々がどのような暮らしをしているのかまではつかめない。
なので強力編集と照らし合わせつつも、南皮にいる官職の者全員が足で情報を得て、額に汗して確認していくのが重要だ。
数字の上では同じ一人だが、民にも親がいて、家族がいて、大切なものがあるに違いない。
そういう思いを無碍にしてしまうわけにはいかないからね。
「問題は……食料と衛生度か。うーん、この時代に屎尿処理技術はねえしなぁ……」
食料だの治安だの経済だのの前に、超絶大問題があるんだよな。
つまり、その辺にクソとか小便流してるから、町がきったねえことこの上ない。
一気に並行作業っていうわけにはいかんだろうから、そのうち公共事業として人足を雇おう。
ポチポチと編集画面をいじっていると、見慣れぬタブが浮かんでいた。
「なんぞこれ……万屋「青梗菜」とな?」
大丈夫だよな、これ押しても死なないよな。
震えながらも脳内でタブをクリックすると、そこには恐るべき光景が広がっていた。
「なんでも屋、チンゲンサイへようこそだワン!」
なんか二足歩行のモフ系ワンコがエプロン着ておるよ。
「お、おじゃま……します……」
これは本当に俺の脳内の出来事なんだろうか。
いつの間にかやべー食い物とか摂取したんじゃなかろうか。
疑問は尽きないが、新しい拡張キットに心が躍らないわけでもなかったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます