第34話 仲良くしろよ、オラ! 編集!
俺はたじろぎ、動揺をした振りをして後ろに下がる。
目指すは宴席の部屋でこれ見よがしに鎮座している財宝の山だ。
俺というストッパーなんか居なかったかのように、姉妹と甄姫は殺意の波動をぶつけ合っている。こいつは一刻の猶予もない。
目線で牽制し合い、武器を抜けば一撃必殺。微かな動作でフェイクをいれつつお互いに隙をうかがっていた。
パパンや群臣はこれから始まるであろうキャットファイトに、興味津々な模様だ。
明らかに血を見ることになるんだが、それはいいんですかね。
「財宝、いや、金だ。金が入った……箱、これか!」
姉妹と妻を置き去りにして、金を漁るドクズな絵面だが、これが一番救命確率が高いのだからしゃーない。
「よし、うなるほどあるな。じゃあ行くぞ!」
ジャーン! ジャーン!
音量がバグってる銅鑼の音も今は頼もしい。
「強力編集、起動だ」
編集するのは「親愛武将と犬猿武将」の項目だ。
ここはバチクソ金がかかるが、俺の背後には頭おかしいレベルで金が積んである。
エル・ドラドの財宝を思う存分使わせてもらおう。
姓:袁 えん
名:譚 たん
字:顕思 けんし
年齢:21
相性:86 (袁煕のみ101)
武力:69
統率:60
知力:30
政治:37
魅力:61
得意兵科:歩兵
得意兵法:鋒矢陣強化
固有戦法:猪突猛進
固有性癖:
親愛武将:袁煕命 劉備
犬猿武将:袁尚 甄姫
姓:袁 えん
名:尚 しょう
字:顕甫 けんほ
年齢:15
相性:101
武力:73
統率:62
知力:42
政治:40
魅力:81
得意兵科:歩兵 騎兵
得意兵法:平地戦
固有戦法:衝車
固有性癖:
親愛武将:袁煕命
犬猿武将:袁譚 甄姫
すまん。我が姉妹ながらマジで腐ってる。
しかも「命」ってなんぞ。この編集ソフト、ウイルス感染してんじゃないのかな。
いや、愚痴を言っていてもしょうがない。
次は甄姫だ。
姓:甄 しん
名:蘭 らん
字:未設定
年齢:17
相性:25
武力:67
統率:42
知力:75
政治:66
魅力:93
得意兵科:歩兵
得意兵法:軍楽
固有戦法:傾国
固有性癖:
親愛武将:曹丕 曹叡
犬猿武将:袁紹 袁譚 袁煕 袁尚
なんだよこれ。ステータスで既にNTR食らってるとか、もう誰か俺を殺してくれよ! 文字列だけで脳が壊死しそうだよ。
くそ……しかし、俺がいじる箇所は既に決まっている。
ジャーン! ジャーン!
『犬猿武将の変更には金4500が必要です。編集しますか? 是/否』
是だ。
今にも殺戮の輪舞が始まりそうなんだ。早く早く早く。
『かつてない戦略、今までにない迫力体験。中華の英雄の運命は君の手にゆだねられた。さあ、今すぐダウンロードして皇帝への道を切り拓こう!』
YouTubeっぽい広告やめろ!!
やる気の起きないクソゲーの、しかも絶妙に飛ばせず、興味も起きない時間食い虫とか、誰得なんだよ。
この編集はアドセンスで成り立ってるんかね。
よし、じゃあ行くぞ。
袁譚→犬猿武将 袁尚 甄姫を削除。
袁尚→犬猿武将 袁譚 甄姫を削除。
甄姫→犬猿武将 袁一族を削除。
親愛武将は設定しない。
これは俺の意地だ。
最低限殺し合うレベルの犬猿をなくし、そのあとは各自の人格をもって好きになってもらえればいい。
そしていくら妻になると言えども、編集で好意を寄せられるようになるのは、人として終わりだと思う。
自分を磨き、実力で甄姫に振り向いてもらおう。
曹丕にNTRを食らうまでの間、俺は俺の出来ることを成す。それだけだ。
クソうるせえ銅鑼の音が終わる。
ふともみ合っていた三人を見やれば、落ち着いて腰を下ろしていた。
「ええと、すまんな。オレは少し酔っ払ってたみたいだ。弟が結婚するのが寂しくてな。つい突っかかっちまった。許してくれ」
「私も謝罪いたします。幼少のみぎりより、ずっとお兄様っ子でしたので、甄姫様に取られてしまうのではと、嫉妬の炎を燃やしてしまいました」
二人してすっと頭を下げる。
それを見て甄姫は険の取れた眼差しでにっこりとほほ笑んで返していた。
「こちらこそ、袁家のご姉妹のお気持ちを汲み取れず申し訳ありませんでした。大切なご嫡男様に嫁入りする以上、ご家族の皆さまの様々な思いを察するべきでございました。不出来な嫁ではございますが、どうぞご指導、ご鞭撻のほどをお願い申し上げます」
「あ、ああ。じゃあオレたちの盃、改めて受けてくれるか?」
「はい、わたくしからもお願いいたしますわ」
穏やかな春のような空気が流れている。
実際は蒸し暑く、汗と酒と料理の匂いが漂う宴席だが、三人は爽やかな笑顔で酒を酌み交わしていた。
これでよし。
少なくとも、流血は避けられた。
甄姫との関係性もさることながら、ついでに袁譚と袁尚の犬猿関係も解消できたのはデカい。
これでパパンに万が一のことが起きたとしても、袁家分裂という情けない事態は避けられるかもしれない。
「おーい顕奕、お前嫁さん放置して何やってんだよ。こっちに来い!」
「はいはい。顕思お姉ちゃん、今参りますよ」
少々目減りした財宝を背に、俺は三人の輪に入っていった。
「袁顕奕様、今までの無礼な振る舞い、誠に申し訳ありませんでした。嫁入りという自分の立ち位置の変化に、心がついて行けずに無作法を……。どうぞお許しくださいまし」
「気にしないで。俺だって逆の立場だったら、悪態の一つでもつきたくなるさ。付き従うような間柄ではなく、お互いの生活が豊かになるよう、協力して生きていければいいと思ってるよ」
甄姫は細い瞳を大きく見開き、やがて今日一番の笑顔を見せてくれた。
俺は詩人ではないので、上手く表現する方法がわからない。だが、天空に在る星々も、この笑顔には輝きを恥じらうに違いないと強く思った。
ところで、だ。
割と最初の方から気になってたんだが、甄姫サンの隣には藤で編まれた籠のようなものが置かれている。
最初はご婦人の様々な道具だと思っていたのだが、何やら微妙に振動しているのだ。中には何が入っているんかね。
ゴトゴト、ゴトゴト。
いや、めっちゃ動いてるし。
なんなんだ、マジで。
「あー……その、不躾な質問で恐縮なのだが」
「ふふ、袁顕奕様、そのような他人行儀な言葉遣いは無用でございますよ。わたくしに何か御用でしょうか?」
「その、籠の中身が気になるのだが。ってか、ほら、動いてるし」
「まあ!」
あらやだ、と言わんばかりに口元を手で覆う。あ、ちょっと失敗したかな。
持ち物検査なんぞ、こんな席でやるべきことではなかったかな。
「皆様にご紹介するのをすっかり忘れておりましたわ。こちらはわたくしの可愛がっている毒蛇のミンミンたちですわ」
セミかな?
いや、おい。さらっと毒蛇持ち込んでんじゃねーよ。
甄姫は蓋をパカっと開け、腰から鉄笛を取り出して旋律を奏でる。
音楽に合わせて、黒く毒々しい蛇が現れ、くねくねとダンシング。
一匹、もう一匹と籠から這い出て来ては、背を立てて踊っている。
「え、ちょ、多い多い! これやべーんじゃねえのか」
合計十二匹の蛇が一斉に宴席で舞踏を披露している。音が変わると動きも変わり、今は甄姫の周囲をぐるぐると回るような挙動をしていた。
「甄姫……あの、これ噛まれたら……」
音が止む。
蛇たちがカパっと口を開けて、俺を睨んでいるようだ。
「虎をも一撃で倒すほどの精鋭ぞろいですわ。ふふ、この黒い艶がたまりません」
いやいやいや、そんなん持ち込んでくるなし。
俺たちの周囲から、あっという間に人がいなくなる。
「袁顕奕様も、ほら、お触りになってみてください」
ヨシヨシと蛇の頭を撫でている甄姫が、まるで子供のようにほころんで話を持ち掛けてきた。
え、これ死ぬのでは?
俺がちょっと手を近づけると、蛇たちは舌をチロチロさせて臨戦態勢をとった。
「ふふ、わたくし、夜はこの子たちと一緒に寝ておりますの。華燭の典の後は川の字で仲良く横になれますわね」
背中に汗が滝のように伝う。
アカン。
確実に夜中に噛まれて死ぬ。
川の字どころか、躯の字になるわ。
「末永くよろしくお願いいたしますわ、袁顕奕様」
ニチャァ。
ヒェッ。
俺は書置きをしておこうと思う。
もし俺が死んでも、甄姫を罰さないよう。姉妹仲良くするようにと。
どうして三国時代の人間は、常識人がいないのか。
俺は迫りくるポイズンハザードに震える以外に出来ることがなかった。
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