第28話 黒山賊討伐⑧ 全ては若様のためでした。信じてくだされ
――
僅かな城兵を残し、
ふふふ、我が策の全容は次の通りでござる。
まずは袁家の攻城兵器を通してしまい、城攻めへと意識を向けさせるのです。
森の中は見通しが悪く、あとさきを考えなければ火計も視野に入れるべき行軍。必然的に警戒も高まることでしょうな。
森から抜け、やや細い平地と両端の崖という地形。ここがまさに伏兵の押さえるべき箇所ですな。
三万の賊徒とはいえ、統率の取り切れない烏合の衆なり。矢で中央部を攻撃しても城攻め前の陣形では被害も少なくなることは必定。
しかし賊徒は打撃を与えたと信じ、そのまま突撃して乱戦になるに違いありませぬ。であれば、袁家の猛将
つまり、于毒・孫軽はこの郭図が敵地におびき寄せたも同じ!
ああ、若様からの賞賛の声が聞こえまするぞ。
いざ、空城の計、発動でござる。
――
旗指物の多さは、敵に動きのある証拠だ。
そもそも籠城戦は援軍が来ない限り必敗するのが歴史の結果である。
ならば
故に旗指物で威風を誇る必要はない。
であれば、城を捨て逃亡したか。それであれば楽なんだが、斥候の報告ではそのような様子はないとのことだ。
決戦を挑んできているのだろう。森を抜け、道は狭き平地となる。両端の小高い丘には兵を伏せ放題だよな。
「呂将軍、牽将軍、ちとこちらへ」
俺は森への突入前に、両将を呼んで秘策を伝える。
敵がやんちゃしてくるなら、俺らもやりかえしてもいーじゃん作戦だ。
「委細承知。ですが若様の護衛が少なくなりますが、小官はそれが心配ですぞ」
「牽将軍の懸念も尤もだが、全員が命を懸けて城を取る戦だ。俺だけ安全な場所にいるわけにはいかぬよ」
諦められよ、若はこういう人なのだ、と
「それでは某らはお先に。ご武運を」
「ああ、そっちもな。頼むぞ」
二人を見送り、しばらくして一報が入った。
「先遣隊、森への侵入に成功。攻城兵器の工兵隊も続いて侵入。敵影なし!」
伝令兵が逐一状況を知らせてくれるのはありがたい。
何気に袁家の伝令網は優秀で、必ず行動の際には俺に必要な情報を上げてくれるのだ。
「そのまま突破し、平地前で待機。本隊の到着と同時に進軍を開始する」
すこーし時間をかけて進もうか。
まあ指揮官がもう俺しかいないから、拙い進軍命令で混乱もきたすだろう。
なのでシンプルに、全員揃ったら突っ込むぞって言ってある。これならばバカでも郭図でも理解できるだろう。
「よーし、それでは本隊進軍せよ。周囲に警戒しつつ、焦らずにゆっくりと進め。こんなところで怪我をされたら、故郷の母ちゃんが泣くぞ」
「ははは、若様のおっしゃる通りだ。いいか、野生の蛇や毒蜘蛛に留意し、着実に歩を進めるのだ!」
百人長たちは念入りに辺りを索敵しつつ、時間をかけて進んでいく。巧遅は拙速に如かずというが、今回ばかりはその逆が正解だと信じている。
とろみのついたような時間が終わり、俺が率いる本隊は森が開けた場所へと無事にたどり着くことができた。
ここからが本番だ。黒山賊のような反社一族には鉄槌を食らわせてやろう。
俺は部隊を再編し、盾持ちの兵士を外側に配して、挟撃に備えることにした。
――郭図
ふふふ、若様。お見えになられましたな。
この郭公則が策、そう簡単には破られはしませぬぞ。若様には手痛い失敗をしていただき、今後の糧としてもらうのが上策。そして某の価値もご理解いただけるでしょう。
「郭図のオッサン、右側の部隊から配置完了の合図がきたぜ。けど、本当にここを通るんだろうな」
「攻城兵器は運ぶだけで人足の体力を奪うものでござる。であれば、最短の道を選び、本命の城攻めに余力を残したいというのが心情でしょう」
「確かにな。あんなボロ城、
配置が完了し、草むらに伏せていると、地響きのような重い運搬音が聞こえてまいりましたぞ。ふふふ、
ある程度の数を通過させ、やがて袁家の牙門旗が見え申した。
直接若様に矢を射かけるのは無礼千万につきますので、先鋒部隊を狙いますぞ。
「……今です。伏兵、攻撃開始ですぞ!」
某の合図と共に、崖で旗が振られまする。一斉に立ち上がり、黒山賊の斉射が始まり申した。
「死ねやオラァ!」
「へへ、狙い放題だぜ、お坊ちゃんよぅ」
賊徒は嬉々として弓で攻撃を仕掛けておられますが、しかし、何かがおかしいですぞ。なぜ
「ぐあああっ!」
「馬鹿な、なんで後ろから、ぐええっ」
なんですと!
反対側の崖に陣取った副将は、今まさに討ち取られてしまいましたぞ。
翻るのは牽招殿の旗指物ですな。まさか……若様は某の伏兵を読んで……?
「かかれ! 賊徒を生かして帰すな!」
ややや、こちらにも伏兵とな!?
寄せ手の将は呂威璜殿か! この場は一刻も早く逃げなければ、謀反のかどで斬られてしまいまするぞ。
「てめえら、いつの間に! くそ、矢がもう尽きたか……いいだろう、この于毒様が相手になってやろう!」
「生憎私は一騎打ちに興味はないのでな。構わん、撃て」
武人の矜持よりも、確実な勝利をもぎ取る。呂威璜将軍の怜悧さに、某底冷えしてお玉様が縮こまりましたぞ。
無情にも于毒殿に数十本の矢が突き刺さり、そのまま崖下へと転落してまいりました。某は……そう、某は急いで物陰で自分の腕を縛りまするぞ。
「崖上の伏兵を完全に読み切るとは……若様はまさに御館様の血を濃く継いでおられる。次代の名君になるお方やもしれんな――おや?」
「げほっ、ごほっ、りょ、呂威璜殿! 呂威璜ではござらんか! 某です、郭公則でござる。賊めに引っ立てられ、袁家の最後を見せてやると豪語され申した。お味方は健在でござるか?」
「公則殿、ご無事でしたか。ああ、酷い縛り目ですな。ここまで緩めるのは大変でありましたでしょう。若様も心配されておりますので、私とご同道致しましょう」
「おお、ありがたい。この郭公則、若様の武運を信じておりましたぞ!」
危ういところでござった。
しかし、我が策を破るとは、若様も兵法を身につけられてきたということですな。
ええい、沮授か、それとも逢紀や田豊の入れ知恵か。
若様のもとで甘い汁を吸うのは、この郭公則のみよ!
――袁煕
勝ったな。
左右の崖に伏兵がいるのは分かっていた。そして鬨の声からして、潜んでいた敵将を討ち取ったのだろう。
俺は
大軍を封殺するには、細い道の出入り口を押さえるのが定石だ。囮としての攻城兵器は多少損傷した程度ですんだので、こんどはこちらが攻勢に出る番だ。
斥候の報告では、敵は隘路での挟撃をする構えではなく、平地に無陣でたたずんでいるらしい。どうやら崖からの奇襲成功の合図を待っているかのようだ。
であれば、やることは一つだよなぁ。
俺は生き残った敵の士官の口を割らせ、攻撃成功の旗をこれみよがしに待機する賊徒へと振って見せた。
そしたらまあ、来るわ来るわ。もう蟻がたかってくるように、押し合いへし合い、こちらの待ち構えてるキルゾーンへと殺到してくる。
「おおい、どうした! 敵がまだ残ってるじゃないか!」
「へっ、どうせ苦戦してんですよ、于毒様は。孫軽将軍、ついでに手柄をもらっちまいやしょうぜ」
「それもそうだな。救援ということであれば文句は言うまい」
伏せている兵士からは、呑気な敵将のぼやきが伝えられてきた。
機は熟した。
「勇猛なる袁家の兵よ、敵は策に溺れ死地へと踏み入ったぞ! 崖上、斉射せよ!」
風切り音を上げて、敵の命を食い破る矢が飛んでいく。
「おい、こっちは味方だぞ! 何考えてやがる!」
お前の味方、もういねーから。
「歩兵隊出撃。敗残兵どもを残さず討ち取れ!」
あえて隘路の入り口は封鎖しないでおいた。人間逃げ場所がなくなると死兵になるからね。城攻め前に余計な犠牲は出したくないんだ。
「うおおおおっ、どけ! どけ! 敵将は何処! この顔良と勝負致せ!」
「ぐ、おのれ……我こそは孫軽なり。張燕四天王の一人――」
口上は最後まで言い切ることが出来なかった。
鎧袖一触。
顔良の大薙刀が一閃し、孫軽と名乗った男は胴体を真っ二つに斬られて、馬上より転落した。
「孫軽様がやられた、もうだめだ!」
「逃げろ! おい、前に来るな、下がれ下がれ!」
「押すな、ぐあっ!」
阿鼻叫喚ってのはこういうことを言うんだろうね。
だが手を緩めるわけにはいかない。ここで見逃せば、どこかの誰かが涙を流す。
それはきっと無辜の民の涙だろう。
現代人にはきつい酸鼻な光景だが、俺は目をそらさないぞ。
そんな俺のもとへ、郭図がやってきた。
「いやはや、この郭公則、若様の勝利を信じておりましたぞ」
さぁて、こいつ、どうすっかな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます