第27話 黒山賊討伐⑦ 見事に噛み合う
――
比較的短時間で
しかし彼奴等は勘違いをしておる。この郭図、その身をもって
集まった賊徒は三万名にもなり申したか。これでは若様の総勢とほぼ互角。
そして平地での戦闘になれば、あの
しかし、森林や山岳に慣れているとはいえ、賊徒は集団でこそ運用が効く。
なので苦渋の選択ではあるが、攻城兵器を破壊したのちには平地での決戦になるであろうな。
「で、軍師様よう、城を空にしちまってよかったのか」
「左様。古来より伝わる『空城の計』を用います。袁家の軍が身動きの取りづらい攻城兵器を、わざわざ山間まで運ぶのです。格好の的ではございませんかな」
「中々に考えてやがるな。なあ于毒、弓兵はお前さんがまとめてくれや。俺が歩兵を集めて袁家の子せがれの首をもぎ取ってくるからよ」
「やれやれ、美味しいところを持っていくつもりか
「任せな、兄弟。手柄は二人のもんだ。きっと張燕様も褒めてくださるぞ」
そもそもにこの
袁家の威光をもって眼前の敵を蹴散らす。さすれば自然に相手から降ってくるものぞ。
それを信じることが出来ぬとは、愚かなものよ。ふぁーっはっはっは。
「ご満悦そうだな、軍師よ。そんなに戦うのが嬉しいか」
「聞いてくだされるか。この郭公則、些細な咎により妻子を処断され、親族までも流刑になり果てたのでございまする。この恨み、やっと晴らせるかと思うと、気持ちが昂って仕方がありませぬ」
「袁家もひでえことしやがるな。ここで決戦に勝利すれば、お前はもう俺たちの同志だ。新しい生活が待っているからな」
「誠かたじけないお言葉。微力を尽くす所存でございます」
―—
鋭気を十分に養い、再び俺たちは進軍を開始した。目指すは
慣れない山戦に不安が残るが、これも
「しかし若様、返還要請を出さずによろしかったのでしょうか。郭公則殿は御館様が定めた三都督の一人でもあらせられました。失ってしまうのは、些か大きすぎるかと」
「呂将軍の心配ももっともだ。既に何名か使者を送っているのだがな。生きて帰って来たものは、耳と鼻を削がれていたよ。どうにも返還には応じないらしい」
「そのようなことをして、本当に生きて逃れられると思っているのでしょうか。賊徒の浅はかな考えは理解できませぬ」
呂威璜の言は正しい。
身に余る珠を手に入れた場合、その者は破滅の一途をたどるだろう。郭図を珠と評するのはなんとも歯がゆいことではあるが、アレでも重鎮の一人だからしゃーない。
俺たちは狼月城が視界におさまる、小高い丘に陣を張った。斥候の報告では薄い森林を抜けたあとは平地であるという。城があるのはその先の山頂であり、攻城兵器を押し上げるのが大変そうだと、今から汗が噴き出てくる。
「旗指物が多うございますな。こちらが接近しているのは周知の事実。敵も意気軒高といったところでしょうか」
「そうだな……諸将を集めて軍議を開く。すまんが伝令を飛ばしてくれ」
「御意」
やがて俺が鎮座する大天幕に名だたる将が集まる。
猛将の顔良、堅実な呂威璜、不運の名将張郃。そして新たに近衛を統括してもらう
「さて、挨拶などは廃し、来たるべき戦の状況を分析したい。諸将の意見は何かあるだろうか」
ちなみに
「城は堅そうだけどな、賊兵なんぞは相手にならねえ。一気に攻め寄せるってのはどうよ」
「顔良の言わんとするところもわかるッピ。しかし敵の士気の高さが気になるところッピ。それに最高――最悪郭図殿のお命も救わねば、御館様に合わせる顔がないッピ」
「一歩一歩周囲を制圧し、森を焼き払うしかないのではないでしょうか。開けた大地において、我が袁家の軍に敵はおりませぬ」
どの意見も聞くべきところはある。実際にそのように勝利を掴んできたし、練度の低い賊徒相手に大掛かりな作戦を仕掛けては、かえって身動きが取れなくなってしまうかもしれない。
だが、何かがザワつく。これはなんだ。俺は何かを見落としているのか。
「発言してもよろしいですかな」
今まで黙っていた牽招将軍がそっと挙手をした。
「某が思いまするに、敵の大半は既に城外に出ているものと思われます」
カチリ、と俺の中で何かがはまった。
「続きを聞かせてもらいたい」
「はっ、それでは。古来より過剰な旗指物を立てるのは二つの意味がございます。玉砕覚悟の士気高揚か、それとも籠城と見せかけての外部による挟撃か。某が敵将であれば、鈍重な兵器を運んでいる我らを見過ごすという愚策は犯しませぬ」
その通りだ。
これみよがしに攻城兵器を出し、真正面から攻め入っているのだ。ならば到着前に破壊するのが常套手段だろう。
「まさか、賊徒にそのような知恵が回るとは……」
「しかしまあ、その手も十分考えられそうだよなぁ。どうすんだ若」
今ほど三国志マニアであったことに感謝の念を抱いたことは無い。
遥か先の時間軸で、曹操軍の名軍師・
「諸将に通達する。
「なるほど、伏兵を先行させ、一気に叩くと」
呂威璜の言う通り、敵とて阿呆ではない。
森は焼かれれば大きな死傷者が出るし、山は包囲されてしまえばそのうち餓死してしまう。こちらは鄴から物資がどんどん来ているので、枯渇することはない。
「決戦は森を抜けてからの数刻になるだろう。諸将は兵をまとめて効果的な場所へ伏せるのだ」
「応ッ!」
「ッピ!」
そうは言ったが、やれやれ、森で襲撃されたら泣く羽目になるなぁ。
「ご心配ですか、顕奕様。
「そうだな、家に戻れたら按摩付きで頼むよ。マオには鉄火場に付き合わせて悪いな」
「顕奕様の行くところが、猫の行く道なのですよ。どーんとお任せください!」
頼もしい侍女の声に、俺はなけなしの勇気を振り絞ることにした。
――郭図
「于毒、この森で敵の出鼻をくじこう。袁家の軟弱な兵なぞ、森で惑って死ぬに違いないぞ」
「そうだな……まずは一当てしてみるか。敵の力量を確かめないことには今後の戦略も立てられんしな」
ふむ、それは愚策ですぞ。森を抜けるまでは袁家の猛将が目を血走らせて護衛をしているはず。それに火を使われれば逃げるよしもございませぬな。
「軍師殿はどう思われる。やはり森に引きずり込むのが良いと思うのだが」
「某が思いまするに、警戒の高い森での戦いは避けるべきかと。何事もなく通過させ、疲労から安堵に変わる瞬間。すなわち平地での挟撃が最も効果的な戦法と考えまする」
「なるほどな……敵はあくまでも城に籠ってると思い込んでいる。そこで緊張の糸が途切れた瞬間を狙って攻撃をしかけるのか。いや、あんたよくそんな知恵が回るな」
「このまま袁煕を倒せば、再び兵士たちが集まってくるだろう。本拠地の鄴を攻め取ることも夢じゃねえな」
于毒と孫軽は早速役割を決め始めたのう。
「平地に出るにはやや細い道を通る必要がございます。ここに于毒様の弓兵を配置し、正面から孫軽様の歩兵でとどめをさすのです。さすれば這う這うの体で鄴へと逃げ帰りましょう」
我が策、ついにここまでの高見にきたか。
袁家随一の知将、我が身の不在によって、若様には試練を味わってもらいましょうぞ。時には負けることも勉強でございますからな。
「勝ったな、于毒」
「ああ、準備は万全だ」
我らは栄光ある勝利を夢に、大きな酒杯で景気づけとばかりに酒精をあおった。
「最後に笑うは、この郭公則ですぞ。ふふふ、我が智謀は天をも掴むのじゃわい」
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