第26話 黒山賊討伐⑥ 知将の采配

――郭図

 村々の慰撫なる命令を賜ったのはよいが、果たしてこの公則に相応しき任務であるのだろうか。

 いや、顕奕様の背後を守るは袁家随一の知将たるこの郭公則にこそ勤まるというもの。ならば完璧に民心の安定を成して見せようぞ。


 拙者は村々を巡回し、その治安維持を誠実に行った。

「袁家のご嫡男、袁顕奕様の軍師郭公則である。これより村の視察を行う」

 未だに賊徒とつながっている証拠があるやもしれぬ。

 ここは徹底的に、そしてつぶさに観察して禍根の芽を摘まなくてはならぬな。


「軍師様、ようこそお越しくださいました。ささ、こちらで一献。袁家の皆様にはお世話になっておりますので!」

「う、うむ。これも任務であるな。よろしい、案内してたもれ」


 その村では浴びるように酒をご馳走になった。


「軍師様、こちらは我らが村で取れた銀で作った細工物でございます。どうぞ日頃の精勤のお慰みに、ぜひお持ちください」

「うむ、これも任務である。そなたらの忠義は若様に伝えておくこととしよう」


 かの村では家宝ともなりうる銀細工を受け取った。


「軍師様、これから袁家の皆さまはどちらに向かうのでしょうか。あっしらは戦が恐ろしくてなりません……っとと、一献お飲みください」

「うむ。これより敵の大将の一人、于毒を討つ予定じゃ。某は一気に張燕との決戦を挑むべきじゃと思うのだがな、ヒック、ういー。これ、酒が足りぬぞ」


 ほかの村では山の珍味に舌鼓をうった。


 ふむ、視察とはかくも過酷な任務であったか。もう腹がはちきれそうじゃ。

 しかしどの村々も若様の威光に平伏していて、実に話が早い。この分では我が秘策たる、速戦速攻案が採用されるのもの遠くではなかろう。

 さて、次は北の村か。ここまでに荷物が増え過ぎたわ。


「兵士は30名を残して帰還せよ。若様の軍資金になるであろう物品が多数ある。無事に本陣へとお届けするのだ」

「はっ、しかしそれでは軍師様の護衛が……」

「なぁに、心配はいらぬ。ここは既に若様が掌握したる土地。某のことは気にせず戻るがよいぞ」

「はぁ……、それではこれで失礼いたします」


 兵士たちが去っていく足音を聞き届け、某は村へと向かった。


「これはこれは袁家の皆様、このようなむさくるしい村へようこそお越しくださいました」

「うむ、若様のご命令で視察を行っておる。何か変わったことはないかね」

「変わったこと……と申されても、特段ご報告するようなことは……。それよりも遠路はるばると大変であったことでしょう、宴席を設けますので、是非ともご参加ください」


 その村でも、浴びるほどに酒を飲んだ。

 やはり顕奕様のご命令は素晴らしい。この公則、目に曇りはござらんかった。


 頭痛を感じ、重い瞼を開ける。う……む、少し飲み過ぎたか。

 厠に行かねば……と考えたところで、身動きが取れなくなっていることに気づいた。なんだこれは、手足が縛られて……。


「お目覚めですかね、軍師殿」

「なっ、村長殿、これは一体何事ですかな! このような目に会わせて、ただで済むと……」

「済むんだよ、アホ軍師」

 野太い声がかけられた。むむむ、もう一人武人然とした男がおるな。ええい、何奴だ。


「某を袁家幕僚、郭公則と知っての狼藉か! 今ならば見逃してやらんこともないぞ! さあ開放するがよい」

「するわけねえだろ、ボケ。お前は人質だ。調子に乗って攻めてきてる袁家の子せがれに、側近の首を吊るしてやれば、さぞ胸がすく思いがするだろうなぁ」


 こ、こやつ。


 まさか敵か!

 なんと! 今気づいたわ!


「ええい、命惜しくて軍師なぞ勤まるものか。若様も某の危急に際し、軍を動かすであろう。風前の灯はどちらか、よく考えるがいい」

「だからその軍を動かせなくするんだろうがよ。俺の名は孫軽。お前らが于毒を狙ってるってのは筒抜けなんだよ。ここで知恵袋を破っておくのは良い手柄になるぜ」


 おのれ、ぬかったか。

 しかしこの郭公則に弁舌を操る時間を与えたのが、貴様らの敗因よ。


「そうでござりましたか……貴方様が黒山賊にその人ありと言われた孫軽様でしたか。幾度この時を思い描いていたことやら……」

「何を……抜かしてるんだ、お前は」

「聞いてくだされ。実はこの郭公則、幕僚とは名ばかり、軍師としては飾りのみ。その実は閑職に追いやられている、政争の敗北者なのでござる」


 男泣きはいくらでも見せようぞ。ここは騙しきるが得策。


「おそらくは遠征の後に、難癖付けられて処断される運命でしょうな……。孫軽殿、もしよろしければ、某を軍師としてお雇い頂けはしませんかな? 袁家にはほとほと愛想が尽き申した。磨いてきたこの知を活かすには、別の場所が欲しいのです」


「お前も苦労してるんだな。よくよく考えれば、僅かな手勢で後方の慰撫なんぞ、軍師のやることじゃねえしな。そうか、袁家も一丸ではないっつうことか」

「残念ながら、今の御大将には人を見る目がございませぬ。これまでお支えしてまいりましたが、この時がよい機会でしょう。孫軽将軍に降りまする」


 某は口八丁を尽くし、ついてきた兵士たちを袁家の本陣へと帰した。

 その際に、郭公則は無念にも捕縛されたと、そして敵を内部から崩すということを若様にお伝えせよと、意図を託した。


「改めまして、自己紹介を。姓は郭、名は図、字を公則と申します。この智謀、孫軽様にお捧げ申しまする」

「そうか。よし、これからよろしくな。で軍師殿、俺たちはこうして遊撃隊としてあちこちを回っているんだが、どうすれば袁家に勝てる?


 ふむ。多少は信義を持たせるために、軍を上手に動かすことも必要か。

 某は袁家の動きを予測し、狼月城に籠る于毒と合流するべしと献策を行った。


「戦と言うものは、兵力の逐次投入は最も避けるべき行動でございまする。故に攻城兵器を持ち出してきている袁家軍に対抗し、于毒将軍とまず合流して軍の再編成を行うのが吉でしょう」

「どんな陣容にすればいいんだ。言っとくが、まとまった動きなんぞ期待すんじゃねえぞ」


「構いませぬとも。ここは一計を案じ、袁家軍の度肝を抜くことが重要です」

「ほほう、それでその策とは」

 

 この郭図、軍師として縦横無尽に活躍しておりまするぞ!

 ああ、これこそが策士。これこそが智嚢!


「狼月城には数十名の兵士のみを残し、旗指物を倍に増やします。于毒将軍と孫軽両将軍の二部隊を城外に伏せ、攻城兵器で押し寄せた袁家の軍を野戦で撃破するのです。左右両翼より攻撃すれば、これ撃滅するは容易かと」


「うーむ、お前は中々に恐ろしい策を思いつく男だな。よし、気に入った。この戦いが終われば、統領の張燕様にお会いできるよう取り計らおう。そうと決まれば于毒にも作戦を伝えねばな」


 ふふふ、敵はこれで城を空にしますぞ。

 しかし、従軍して献策することの面白きは、軍師の醍醐味ですな。

 孫軽将軍、この郭図、最大限の知恵を使ってお支えしますぞ。今のところは、ですがな。ふぁっふぁっふぁ。

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