第25話 黒山賊討伐⑤ 敵地侵入、そして郭図がやらかす

 交代で兵士には宴に入ってもらった。

 まあ、張郃ちょうこうと見張りの兵士はババ引いた形になるが、せめてものの償いとして、多めに肉を取り分けておくことにした。


 英気を養い、以後の戦いに備える。俺たちは梅嘉村ばいかそんを拠点として、黒山賊こくざんぞくが本拠を構える常山じょうざん方面へと斥候を放っていた。

 残念ながら数名は戻ってこれなかったが、敵の状況が概ねつかめる程度には情報が得られた。


 敵の本隊は常山郡を移動しているらしく、拠点は複数あるがどこにいるのかまでは分からなかった。

 実際の三国志でも、公孫瓚こうそんさん滅亡以後まで粘ってたらしいからな。神出鬼没な動きはお手の物だろう。


 鄴から北上し、今俺たちは鉅鹿きょろく郡に軍を置いている。隣である常山じょうざん郡が張燕ちょうえんの本拠地だ。村のある癭陶えいとう県から西進し、高邑こうゆう県へと向かう予定だ。


 斥候の報告では、張燕麾下の将、于毒うどく欒城らんじょう県の城砦に籠っているらしい。一応工作兵は連れてきているので、その場で攻城兵器を組み上げることも可能だが、攻めるのは相手の兵力にもよるだろう。


 この時代、攻城兵器は現地で直接作る方式が主流だった。だが俺の軍では、既に材料として切り出した攻城戦キットとして運搬し、いつでも組み上げられるようにしてある。


「若様、張燕の影は捕らえられずとも、敵の右腕を補足致しました。お下知を」

「うむ。逃げられると厄介だ、すぐに全軍をまとめ、高邑県へと向かう。攻城用に現地で軍の再編成を行い、欒城県を目指す」

「御意!」


 村人に見送られ、俺たちは一路常山郡へと向かう。

 大戦果を挙げたせいか、付近に賊徒の物陰はない。余計な消耗をしなくて済むのは大変重畳だ。


 高邑県に入り、俺たちは野戦陣地を組む。小高い丘の上に木の杭を打ち込み、馬返しの尖った柵もつける。

 川が流れているので、水も十分確保できる。某登山家のように飢え殺しになることはないだろう。


 俺は天幕で今後の作戦を練ることにした。

 巡回に出ている呂威璜りょいこう将軍を除き、残る諸将に今後の進退を問うてみた。


「さて、張燕の姿は見えずとも、その側近はすぐ近くに立て籠っている。諸君らはこれをどのように攻めるのか、もしくは退くのかを聞きたい」


 退くという言葉に不思議そうな顔をされたが、あんまり不利な攻城戦はする気がないよ。相手の三倍の兵力が必要と言われているし、遠征軍だから資材も有限だ。鄴とやりとりをしている高覧こうらん将軍に注文してもいいが、その間に兵士を増強されてしまう可能性もある。


「斥候の報告では、欒城県の廃城に籠る賊徒は、およそ一万とのことですッピ。我が方は前回の戦を経ても約四万の健在な兵士がいるッピ。平押しに攻め、一気呵成に攻め落とすのがよろしいかとッピ」

「ふむ、顔良がんりょう将軍はどう思われるか?」


「俺は城攻めは苦手っすから。張将軍にお任せですぜ。敵が討って出てきたら、残さず始末できるように、兵士の輪を組んでおきますわ」


 野戦特化の顔良よりも、ここは張郃の指揮で本隊を動かすか。

 負傷した袁春卿えんしゅんけいの代わりに、呂威璜に近衛の統括もしてもらおう。かなりのハードワークだが、張燕の力を削ぐには今攻めるしかない。


「諸将よ、俺の肚は決まった。井闌車を中心に敵の城を攻める。敵将の于毒は張燕の右腕だしな、ここで討ち取っておけば有利な戦況になるだろう」

「応、やってやりますぜ」

「若様の即断、兵士も士気が上がるっピ」


「周辺の村々はこちらに寝返っております。敵への食糧供給は十分ではないでしょう。絶好の好機ですな」

 幕僚の辛毗しんぴも賛成のようだ。

 勝勢に乗る、というと調子こいてるように聞こえるが、上手く処理できれば「破竹の勢い」として後世に残る進軍になるだろう。

  

 だが水を差す人物が一人。

「あいや、お待ちあれ。某の情報によれば、敵は数万を超える後詰がいるとのこと。城を得ても維持できますまい。ここは堅く守って相手の士気を挫くのが良策でするぞ」

「ふむ……」


 一応考える振りはする。

 てかね郭図かくと君、万超えの賊徒を養う糧秣が、敵は今乏しいんだよ。常山広しとはいえ、三国志の今は地球の寒冷期だ。作物が十分に育たない北部では、大軍を運用しにくいんだ。

 持久戦を採用すればいいじゃんっていうのも却下だ。いくら食料が乏しくとも、相手は常山に隣接した上党郡にもテリトリーを広げている。洛陽が近く、食料の仕入れも十分可能なんだわ。

 

 つまりこの討伐は、ネームド賊徒を討てるだけ討ち、さっさと撤収するに限るんだよ。


 よし、決めた。

公則こうそく殿には2000の兵を率いて、付近の村々を慰撫してもらいたい。いざ持久戦に持ち込まれた場合、住民たちの協力が必要不可欠であろうからな」

「うむむ、若様がそうおっしゃるのであれば……。この郭公則、一命に代えましても任務を遂行してみせまするぞ」


 まあ、巡回任務程度では、郭図もやらかしはしないだろう。

 確かゲームでは知力が民心安定の上昇率につながってたしな。まあ、これはゲームじゃなくて実戦だから一概に断定するのは危険だけどね。


「寄せ手の大将は張郃将軍にお任せする。攻城兵器と歩兵により、敵の根城を陥落せしめることを期待する」

「拝命謹んで……ッピ」


「顔良将軍は騎兵を率い、周辺の警戒と賊徒の追撃を担ってほしい。城門が開いたら将軍の突破力が求められるだろう」

「任せてください、若。ズタズタに引き裂いてやりますよ」


 頼もしい応えを聞き、俺も心に闘志の熾火が灯った。

 少しでも袁家に有利な立場に持ち込まなくてはいけない。来たる公孫瓚との決戦まであと三年。それまでに周辺の掃除と富国強兵、技術の革新とやることは目白押しだ。


――

 木工職人が奏でる工作の音は、一種のオーケストラのようだ。

 原木を乾かし、部品として削りだすのは難易度の高い作業だが、どうしても井闌車は必要だ。多少の時間ロスがあっても、兵士が戦いやすい環境を作ることが肝要と思う。


「若様、二日ほどで既定の数が揃います。出陣はその時に?」

「うむ。呂将軍には身辺をお任せすることになるが、よろしく頼む」

「ははは、私などよりも侍女の方がおりますからな。張郃将軍も目を見張っておりましたぞ」


 マオ、一体どんな訓練をしてるんだ。

 普段通りにお茶を入れてニコニコしているんだが、たまに姿が見えない時がある。

 劇的な特訓があれば、俺も受けてみたいもんだ。


 矢の数、糧秣の補給、進路の確認、部隊配置。頭から湯気が立ちそうなほどに詰め合い、于毒がこもる『狼月ろうげつ城』への攻勢作戦の立案が完了した。


 全軍を以て敵の城を飲み込む。

 この期に及んで動きのない賊徒が気になるが、矢は既に放たれた。 

 全軍を出陣させ、俺たちは周囲を確保しつつ、長蛇陣で常山郡を進んでいった。


 ここまでは順調。どこから敵が来ても、即座に制圧できるだけの分厚さを誇っている。陣容は張郃将軍が直接指揮しているので、抜かりはない。


「急報、急報でござる!」

 背後から伝令が馬を走らせてきた。


「止まれ! 若様の御前ぞ。馬から降りよ!」

「よい、してどうした」

「はっ、そ、それが……」


 息を整えながら、伝令兵は内容を語る。


「郭図様が、黒山賊に捕縛されたよしにございます!」


 は? 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る