第23話 黒山賊討伐③ 敵は眼前にあり、って普通は思うよな

 中軍を下げ、左右両翼を上げる。

 そのどれもに『顔』の旗印が翻っていた。


 逃がすまいと追いすがってきた賊徒どもだが、次第に状況の不利を悟っていく。

 さて、どこに顔良がいるかな。

 惑っている合間にも半包囲は成立しつつあり、逃げようとする者と、先に進もうとする者が押し合いへし合いになって、圧殺されていく。


「ふむ、敵の先頭はほぼ壊滅したかな。しかし主力を釣り上げなくては意味がない」

 きっちりとカタに嵌められた先陣の様子を見て、賊徒の本隊は追撃を中止したようだ。急な進軍を止める指揮能力は素直に素晴らしいと思う。生半可な統率では、ブレーキはかけられない。


 閉じた鶴翼が再び開き、やがて真一文字の横列陣へと戻る。

 野に残るのは賊徒の躯のみ。顔良と呂威璜を追撃してきた部隊は全滅させることが出来た。


「警戒して攻めてはこないな。ここまでは予想の通りだ。さて、次の手で誘引できるかどうかがカギだな」

 

 戦太鼓が鳴り、伝達用の旗が振られる。

 右翼には『呂』の旗が立ち、左翼には『顔』の旗が残る。

 中央には『袁』の牙門旗が堂々と屹立した。


 こざかしい、と思っているだろうな。だがこちらも全力だ。手加減なんぞ出来ん。

 

 一瞬敵陣が漣のようにざわめいた気がした。

 だがそれは戦の合図であったようである。先頭に立つ騎兵に呼応し、敵も一文字の陣形でこちらに寄せてきている。


 正々堂々、野戦にて勝負をかけてくるか。良かった。山に火を放つことにならなくて、本当に良かったよ。


「敵陣、吶喊せり!」

「受けて立つ、全軍迎撃せよ! 槍衾を組んで敵を寄せ付けるな!」


 再び交差する殺意。多くの血を大地に吸わせ、戦の神への捧げものをする時間が始まった。


――

「王当将軍、敵中央に袁家の牙門旗が上がりました。小賢しい策略でしたが、我らを騙せじと悟ったのでしょう」

「ふはははは、浅はかで愚かな袁家の子せがれよ。百戦錬磨の黒山義賊に偽旗なんぞ効くものか。よし、中央を厚くして突撃だ」


 王当の指揮により、黒山賊は手練れの兵を中央に集結させた。

 それぞれ得物や装備は異なるが、纏っている殺気は熟練兵のものであった。


「大将、いつでも行けやすぜ。お下知を」

「おう、左右両翼、特に顔良の方は放っておけ。一文字の陣から錐行陣に切り替え、一息に敵大将の首を取る。俺も出るぞ!」


 王当の差配により、横一文字に展開していた陣形が、徐々に錐のような姿に形を変える。左右は足止め程度に徹し、本命の袁煕を狙う作戦だ。

 

「陣形の組み換え、完了いたしました。いつでも!」

「よし、突撃じゃあっ! 目指すは敵本陣、袁家の小僧を生きて帰すな!」

「応ッ!!」


 大地を踏みにじる馬蹄の響きが、戦場を焦がす。

 続く歩兵も目に闘志の炎を滾らせ、雄叫びを上げて走っていく。


「邪魔をするな、雑兵どもがっ!」

 当たるを幸いに、王当は兵士を薙ぎ払っていく。手にした曲刀は血で赤く染まり、人間の脂によって鈍い光を放っていた。


「王当様に続け! 袁家の兵士は皆殺しだ。かかれ!」

 賊徒の闘法は、外法の技。伍の組をもって防御する袁家の兵に、馬糞を投げつける。足の甲を槍で刺し、剣の持ち手を斬りつける。

 

 正攻法に慣れている兵ほど、賊徒の無頼な攻撃には脆いものであった。


「弱ぇなぁ、こいつら。山で生き延びている俺たちと比べれば、町でぬくぬくと過ごしていた軟弱者など、相手にならんわなぁ」

 王当は背を見せて逃げる兵に、背負っていた弓で狙い撃つ。

 断末魔の悲鳴は、王当にとっては至高の音楽として響いていた。


「押せ押せ! ククク、見えたぜ、袁家のお坊ちゃんよぅ。今からブチ殺しにいくからな。そこを動くんじゃねえぞ」


 勝利はこの手にある。

 王当は再び馬の手綱に力を込めた。


――

 前線は瓦解しつつある。残念だが、俺の指揮能力では、突破されそうな部分に兵を送るくらいしかできない。それも戦力の逐次投入気味になり、戦なれした賊徒には後れをとってしまう。


「このままでは持たないか。しかし、まだ踏ん張らなくてはならん。頼むぞ……」

 賊徒の第二波が来て、もう半日は経過している。

 最初こそ一進一退であったが、特に俺のいる中央部には精鋭が殺到してきているらしい。各所で悲鳴のような援軍要請が飛び込んできている。


「若、陳義千人長の部隊が半壊状態です。拙者が穴を埋めに参りとうござる」

「春卿殿、お頼みする。もう少し、もう少しの辛抱だ」


 押しに押され、中央はじりじりと後退を続けている。近衛統括の袁春卿も出撃し、もはや俺の手元には身一つしか存在しない。


「ぐ、来たか……!」

 敵将と思しき騎馬兵の一団が、迅雷の如き勢いで俺のいるところへ迫ってきている。あれが敵のコア、最精鋭の部隊だろう。あんなんとカチあったら、速攻でミンチにされちまう。


 だが逃げるわけにはいかない。

 幾重にも張った防御陣が突破され、俺が覚悟の剣を抜いたときであった。


「狼煙が上がりました!」

 目をクワっと開ける。


「よし、防御はここまでだ。予定通り『袁』の旗を下げ、本来の『顔』の旗を掲げよ! 顔良に伝達、敵将を討ってこいと!」

「ハッ!」


 かかったな、賊軍よ。

 この時代、将は自分の誇りにかけて旗を掲揚しながら戦う。

 だが、現代っ子の俺としては、そんなもん騙し合いに使ってくれとしか映らない。


「うおおおおおおっ、全軍っ、突撃だぁぁぁっ!!」

 後方に控えていた、顔良の部隊が猛進し、敵を撃破していく。

 その通りだよ、敵将。お前が最前列に出てくるのを待ってたんだからな。顔良から逃げられると思ってもらっては困るよ。


 先ほどまで岩打ち砕く波のように攻めてきた敵兵は、それを上回る暴威によって粉砕されていった。

 

 もともと『顔』の旗を立てていた左翼は、顔良の副将が詰めている。

 敵も猛将相手に活発に攻めようとは思わないだろう。故に成功した。


――

「お、王当将軍、中央より……が、が、顔良がっ!」

「何をほざいている、顔良は敵左翼にいるんだろうが。あんまり馬鹿なことぬかしてると頭カチ割るぞ」

「し、しかしっ」


 王当は懐疑的な視線を部下に送る。そしてめんどくさげに前方を見たとき、その血が凍る気分を味わった。


 翻る『顔』の旗。

 白馬にまたがり、手にした大薙刀で縦横無尽に兵を斬り、一直線に向かってくる悪鬼。


「が、顔良が……なぜ……クソ、はめられた。俺らを誘い込むための偽退却だったか!」


 首元に迫る死の気配を察し、王当は馬を返そうとした。

「全軍撤退だ! 退け、退けー--っ!」


 指揮をする者の定めとはいえ、視線を顔良から外したのが王当の不幸であった。

 顔良は背負っていた短槍を手にし、王当に向かって投擲したのだ。


「この勝負は後日――ぐぼぁっ!?」

 寸分たがわずに心臓部に着弾し、王当は馬上からもんどりうって転げ落ちた。


「王当様! 大変だ、大将が討たれた! 撤退、撤退だ!」

 

 蜂の巣をつついたように、無造作に、無秩序に賊軍は逃げていく。


「残らず討ち取れ! 袁家の軍を舐めた罪を教えてやれ!」

 追撃指示を出すと、顔良は短槍を回収しに敵将王当のもとへ向かった。


「おめえも不運だったな。うちの若はちぃと頭がキレるんだわ。人は見た目で判断しちゃいけねぇよなぁ」


 首級を取り、顔良は再び馬にまたがる。

 兜をかぶりなおし、汗ばんだ額をぬぐいながら、遠い目で追撃している兵をみやる。


「ま、どの道狼煙は上がっちまった。賊どもはこれから地獄だろうよ」

 顔良の言の通り、壊走しつつあった黒山賊の残兵は、これ以上ない絶望を味わうことになる。



「待たせたな……ッピ」

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