第22話 黒山賊討伐② 顔良救出、そして反撃へ
ケツの肉に馬の鞍がガッツンガッツン当たるが、それでも飛ばさなければならない。敵は優位な位置を捨てて平地に出てきた。単純に考えれば、そこには何かの勝算があるということだろう。
草原に散らばる敵兵の躯を横目に、後詰の足を急がせる。
――顔良
敵陣に再突入した顔良だが、賊徒のあまりのもろさに呆れかえっていた。
「群れないと何も出来んとは思ってたがよ、群れても結果は同じじゃねえか」
つまらん、と吐き捨て、再び残党の掃除にかかろうとした時だった。
「て、敵襲! 北の方角より……か、数、数万! 将軍……」
「ち、めんどくせえ真似しやがる。若に伝令は送ってあんだろうな?」
「はい、確かに」
「だったら話は早え。若が来るまで斬って斬って斬りまくるしかねえよな」
首をゴキゴキと鳴らし、顔良は完全包囲されてしまった自軍を鼓舞する。
「いいかてめえら! ここで賊どもを打ち破れば恩賞は重いぞ。目の前にいる奴らは生かして返すな。什長の判断に従って、集団でぶちのめせ! そんで一発くらわせたら、敵の薄いところを狙って逃げる。いいな!?」
「応っ!!」
とは言ったものの……と顔良は心で毒づく。
敵の右翼はまだ健在。左翼に至っては無傷。そして新たに万単位の伏兵。
自軍は走りに走って疲労した三千の兵だけだ。
「ったく、たまらんよなぁ。戦ってのはこうだからおもしれえ」
ニッカリと笑う。それは将ゆえの行動だ。
どんな不利な状況でも、指揮官が情けない姿を見せるわけにはいかない。
「若、あとはたのんますぜ――全軍錐行陣っ! 敵陣を再突破するぞ!」
顔良は薙刀を手に、痛打を浴びせるために馬を走らせた。
後陣は阿鼻叫喚の地獄さながらの模様だ。什の組に倍する敵が槍衾を以て襲い掛かる。逃げようにも場所がなく、碌に抵抗も出来ぬまま、櫛の歯が欠けるようにバタバタと倒されていった。
敵の追撃は執拗で、虫の息で倒れ伏している者は必ず殺された。まるで野原の花を摘むように、髪を引っ張られて首を斬られる。
顔良軍は多大なる損害を出しつつあった。
――
見えた――。
立ち込める砂埃の先、黄色の袁旗と顔良の旗が、数倍もの兵に包囲されているのがわかった。
「呂将軍、全騎突撃を!」
「御意、者ども、続けっ!」
兵力の逐次投入は愚かなことではあるが、騎兵と歩兵にはどうしても移動速度に差が出てしまう。
そこで先発として
残りの歩兵は俺が率い、どうにか横列陣を敷いて敵を押し戻す予定だ。
「
「二割程度かと。強行軍をした割には残った方だッピ」
「よし、では例の手を実行してくれ」
「承知したッピ。それでは若様のお側、しばし外させていただくッピ」
顔良軍3000。呂威璜軍+騎兵の10000。
歩兵と弓兵、そして工作隊の残存兵力、約30000。
それでも同等の兵力と見える。
小高い丘から望む賊徒の群れは、徐々にその輪を狭めていっていた。
だが包囲網が完成する間際、呂威璜率いる騎兵が敵の一群に突撃を敢行した。
「よし、全軍、進めっ!」
俺は剣を振り上げ、重厚な歩兵の陣を戦場へ進ませるのだった。
――呂威璜
「顔将軍、顔将軍はいずこやっ!」
呂威璜は立ちふさがる敵を槍で突き倒しながら、必死に袁家の二枚看板を探す。
「ええい、邪魔をするな! 木端に用はない!」
押し寄せる敵兵を払い、隙間を縫って騎馬を走らせる。目指すは顔と書かれた将旗だ。呂威璜は自分の武の足りなさに歯噛みする。これが文醜将軍であれば、一気呵成に敵を蹴散らし、悠々と救出することが出来るだろう。
「顔将軍、どちらにおわす!」
歩兵の壁の前に、騎兵の突破力が遮られてきた。このままでは自分も包囲されることになる。
しかし袁煕に与えられた任務を放棄するわけにはいかない。血煙上がる戦場で、呂威璜は過去最高の首級を上げながら、鬼神の如き戦いぶりで道をこじ開けようとしていた。
「けけ、死ねえっ!」
不意に敵の槍が伸びる。それは全くの死角から繰り出されたもので、呂威璜が気づいたときは既に防ぎきることが出来ない状態にあった。
「しまっ――」
肉に食い込む鉄の音。
槍を突き立てようとした男は、背後からの一撃でゆっくりと崩れ落ちた。
「危なかったな、呂威璜。救援助かるぜ」
「こちらこそ、助かり申した。顔将軍、よくぞご無事で」
口元をにやりとつりあげ、顔良は不敵な笑みをこぼす。
手勢は散々に打ち崩され、見るも無残な惨状だが、顔良は尚も健在であった。
「ちいとハメられちまってな。若に合わせる顔がねえが、戻らんわけにもいくまい。呂威璜、手を貸してくれや」
「勿論ですとも。さあ、共に若様のもとまで帰還しましょうぞ――全軍反転! これより敵陣を切り刻んで血路を開く!」
呂威璜の号令一家、騎兵は進路を変えてUターンを敢行する。一度突破してきた道は、敵兵の数は当然減少している。
先んじて突出しようとした呂威璜だったが、先に顔良が突撃していった。
「おい、どけ。俺様の前をうろちょろするんじゃねえ」
一振りで数人の首が舞う。
呂威璜は武の高みにいる理由を、身をもって知ることになった。
顔良の戦いは極めて単純だ。
相手よりも素早く、力強く薙刀を振るう。常人とは思えない膂力は、相手の武器ごと両断し、防御と言う概念を無にしてしまう。
やがて進路の敵兵は我先にと逃げ始めた。
「ふん、ようやく道が綺麗になりやがったな。おう呂威璜、行くぞ」
まるで散歩にでも行くような気軽さに、呂威璜は乾いた笑いを浮かべることしかできなかった。
――袁煕
前方から一直線に向かってくる軍集団を発見し、旗印を見て俺は安堵の息をもらす。よかった、二将とも無事で済んだようだ。
ならば後顧の憂いなし。軍を押し上げて正面から押し切るまでだ。
俺は自軍の横一文字の陣列に指示を出し、両翼を前進させた。
敵は今顔良・呂威璜の両将軍の突破を許し、それを追う形で細長く漏斗状に展開している。
なので二方向から攻め、半包囲の形をとって兵数を減らすべき局面と断じた。
いびつな
「若、すまねえ! いいようにやられちまいましたわ」
「おお、顔将軍。其方が無事で何よりだ。呂威璜将軍もよく救出してくれた。これで敵を追い散らせることだろう」
「不覚をとっちまった借りは必ず返しますぜ」
率いる兵士は満身創痍で息も絶え絶えだ。
俺は顔良に新たに中央軍3000を麾下につけ、正面への備えに回ってもらうことにした。呂威璜も疲労が激しいので、部隊を休めるべく後方へと移動させる。
さて、正攻法では兵士の犠牲が増える。なのでここは袁家随一の凡人である、俺の作戦を披露させてもらおう。
「顔良将軍、全ての旗を借りてもよいかな?」
「若がおっしゃるなら構いませんが、どうされるおつもりで?」
ふふ、敵は顔良の破壊力は身に沁みて理解していることだろう。
であれば、顔良の旗を見せれば浮足立つ可能性が高い。そして顔良の旗が中央と両翼の全ての個所に出現したらどうなるかな?
我が偽兵の計、とくと味わうがいい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます