第21話 黒山賊討伐① 顔良の疾走、朱に伏す
出陣に際し、言葉での戦いを行う。
如何に我らに大義があり、如何に敵が悪逆非道かを声高に叫ぶ。
内容は全て
人は疑問が生じると矛先が鈍る、と張郃が言っていた。本当は経験豊富な武将に任せたかったのだが、総大将たる自分がやらねばいけないとも。
若干上ずりながらも、俺はこんこんと賊徒討伐の必要性を説いた。
また、兵士の忠義は金で買うものである、ということも教えてもらった。
鉄火場に突っ込むには勇気が要る。故に十分な報酬を用意しておくべしとのことだ。なので、敵の名のある将の首を持ってきたものは、恩賞と昇進を確約しておいた。
「若様、出陣の準備、万事整っておりますッピ。お下知を欲しいッピ」
「うむ。ではこれより民を苦しめる賊の討伐に参る。全軍出撃!」
剣を抜き放ち、上段から振り下ろして号令を下す。
先方の
「なるべく敵は捕縛したいところだが、平原には出てこないかもしれないな。途中の村々を保護しつつ堅実に攻めるが得策か」
「御意にござるッピ。ただ賊徒の数が膨大であり、全てを捕縛してしまうと、こちらの兵糧が枯渇してしまうッピ。一定以上の賊は間引くしかないッピ」
この時代の戦争の常か。
秦帝国の名将・
その結末も総大将たる俺が負うべき責務だろう。胸糞悪くて仕方がないし、罪の意識に潰されそうになるが、無辜の民に被害を出すわけにはいかない。
「張将軍の意見は聞くべきものがある。見どころのある者や、率先して降る者は助命するが、それ以外は処罰を与えねばならんな」
こうして話をしている間にも軍は粛々と進んでいく。戦闘が予測されるまでは二列に並んだ長蛇陣での進軍だ。
――
鄴のある魏郡より出兵し、北にある
十日の日数を経て、鉅鹿郡の
楊氏県の県令はでっぷりと太った脂っぽい男だったが、手には武器を持ったときに出来るタコが多くついていた。
恐らくは賊徒が来たときには、自ら武器を持って陣頭指揮をしていたのだろう。本当に頭が下がる行いだ。
兵に十分休息を取らせ、再び五万の軍団は北を目指す。
目標は
無論そのまま肥え太らせる気はない。作戦の第一目標として、根城の陥落と設定した。
北上する軍本隊に、先鋒である顔良からの伝令が早馬で到着した。
「我交戦中、後詰の到来を要請したい」
先端では既に戦が始まったようだ。俺は全軍の行軍速度をわずかに上げ、万が一顔良将軍が敗退することも考えておく。
「猛将顔良か。敵の数が多ければきちんと引いてくれればいいが……」
どうか持ちこたえていてほしい。俺の鼻に戦場の匂いが思い出すかのように漂ってきた気がした。
――
顔良の駆け抜けるところ、草も木も全て朱に伏す。
「うおおおおおおおおっ! 雑魚はどけっ、用があるのは敵将だけだっ!」
得物である大薙刀が立ちふさがる敵兵を数人まとめて両断する。
おびただしい血煙が上がり、辺りには臓物と糞尿の塊がまき散らされた。
「進め! 一人も逃すな! この顔良部隊に平地で戦を仕掛けた愚か者を、この世から抹消してやるのだ!」
「応ッ!」
鐙がない時代とはいえ、顔良とその従者たる精鋭兵は騎馬での戦いが巧みだった。
敵の粗末な弓の斉射には目もくれず、否、武器で矢を弾き飛ばしながらひたすらに突撃を敢行する。
錐行陣を敷き、まるでドリルでえぐるように敵陣の中央を引き裂いていく。
「そこな将、止まれ! 黒山党ではその人ありと言われた――」
「邪魔だっ!!」
征く手を遮った賊徒の将を一撃で斬り倒し、何事もなかったかのように怒涛の進撃を続けた。顔良は賊徒の首などは興味がない。如何に自軍で大敵を破るか。それだけがこの猛攻撃の根幹となっていた。
「将軍、顔将軍! 敵中央部を完全突破致しました。反転し両翼を討つべきかと」
副将が顔良の手綱を緩めさせる。
「何だぁ、あっけねえな。どいつもこいつも雑魚ばっかじゃねえか。まったく煮え切らねえ連中だぜ」
「まったくその通りで。我ら顔良部隊の敵ではありませぬな」
薙刀を肩口でぽんぽんと遊ばせていた顔良は、敵中を突き抜けてきた兵士をまとめ、再度攻撃準備を進めた。
「賊どもは何匹残ってんだ? あと被害もざっくりと教えてくれや」
「ハッ、我が方の被害は20~30ほどかと。極めて軽微です。対して賊徒は残り5000ほどかと。両翼に半数ずつと考えれば、数的優位はこちらにございます」
「若が来る前に露払いはしとかねえとなぁ。よし、てめえら聞け! 残りの賊どもを根こそぎブチ殺して、地獄を見せろ。ここは若様の通る道だ、綺麗にしておくのが家臣の務めだぞ!」
獰猛な笑顔で激を飛ばす顔良に、付き従う兵士たちもまた闘志あふれる瞳で応えるのであった。
「目標敵右翼、突撃用意!」
馬蹄の音が連なり、混沌の場へと駆け抜けていく。
後日生き残った黒山賊の兵士は語った。
「あの顔良ってやつは人間じゃねえ。こっちの重装備の騎兵を馬ごと真っ二つにしちまうんだ。冗談なんか言ってねえ、本当のことだ」
「俺たちは山に籠って戦おうって言ってたんだ。けど部隊長が袁家の腑抜け共の鼻を明かしてやるって聞かなくてよぅ。あの顔良に勝てるわけがねえ。隊長は一撃で首を飛ばされちまったよ」
「戦う前から、背筋がぞわぞわしてたんだよ。実際に開戦してそれの正体はすぐに分かった。顔良ってやつが通った後は、まるで竜巻に巻き込まれたみたいにぐっちゃぐちゃになってるんだよ。あれは人間業じゃねえ。ん、ああ、俺の感覚は死の予感ってやつだな」
――
第二先鋒の呂威璜と合流した。彼は顔良の突撃の隙を減らすべく、打ち漏らしを掃討しつつ前線を押し上げる役目を担っていたようだ。
「呂将軍、戦況は……いや、聞くまでもないか」
「ご覧の通りの有様です、若様。敵は顔良が最も得意とする平地での戦いに、のこのこと全ての兵力を投入してきたのです。負けるはずもありません」
平和な時であれば、野生の動物が緑多きこの場所で草を食んでいることだろう。
まあ今は真っ赤すぎて欠片ほども笑えない状態なんだけどな。
何をどう散らかしたら、こんなやべーことになるんだろうか。
その辺に手とか足とかが転がっており、どうしようもないほどの死臭が鼻を突く。
ここが魔界村の入り口と言われても、俺は信じるぞ。
顔良将軍に場を任せてもいいかと思い始めていた。戦の素人が途中から参戦して場を乱すのも申し訳がない。さらに言えば、手柄の横取りになってしまうと気を悪くさせてしまいそうだからだ。
そう思っていた。
「若様、ここは顔良将軍の手腕を信じ、じっくりと攻めましょうぞ。なあに、我が方は優勢です。押し寄せる鯨波のようにどっしりと構え、時間をかけて制圧しましょうぞ」
…………。
「全軍前進! 顔良将軍に続き、敵を蹂躙せよ!」
こいつの言葉の裏が正解だ。
もしかしたら、顔良は罠にはまったのかもしれない。
冷や汗が一滴、馬上から地面に落ちた。
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