第14話 袁尚の改善
一重に性癖変更と言っても、今以上に歪めてしまうのは危険が過ぎる。日常生活を送れなくなるレベルになってしまったら、俺が介護しなくてはならん。
余りにもの惨状になってしまったら、この時代だ、放逐や処罰も十分考えられる。
「にいしゃん……もっと絞めて……この駄犬をボコボコにして……」
よだれ垂らしながら天国へ行きそうな妹を目にして、人は何を思うだろうか。首絞めが基本とか、ちょっと人類の枠組みから離脱してる。
「
俺は
無駄にタグカテゴリが充実していたのが気になるが、追及は後にしよう。
『礼儀正しく、誇り高く、平和的な統治に興奮する』
真人間に改造しよう。日々勉学や訓練、統治に邁進していればご褒美がもらえる仕組みと気づいてもらいたい。
『性癖設定はこれでよろしいですか? 是 否』
是だ。可及的速やかに実施すべし。
『おおっと! 合体事故だ! ジャーン! ジャーン!』
誰も悪魔合体や錬金なんぞしてねえぞ。そもそもメーカーが違うやつのイベントじゃねえか。いいのか、
『新性癖が設定されました。再変更には金9000が必要です』
課金額えっぐ。
いや、一般的な武将の一年の生活費が金1000くらいよ? 名門袁家でも流石に毎回事故ガチャするのはきつい。しかもこの金はどこに消えてるんだ。
デデデデデ、と馬蹄が大地を踏みしめるような音が響く。俺の脳内に。
『既存武将:袁尚の性癖→礼儀をなじられ、誇りを踏まれ、統治を罵倒されると異様に興奮する』
「えぇ……これはどういうシチュエーションを想定してんだよ。このチートを作った奴の顔見てみたいわ」
打ち付ける銅鑼の音とともに、強力編集の無用な機能がフルパワーで発動した。
まあ、首絞めよりは遥かに穏当なものかもしれん。しばらくは俺も邯鄲に行き、様子を見るぐらいのアフターケアは必要だろうか。
そんなことを考えていると、不意に袁尚が俺の手を首から外した。上気していた顔は真面目なものに変わり、きゅっと引き締めた凛々しい瞳が輝いている。
「大変失礼いたしました、お兄様。何故自分でもあのような行為に陥ったのか覚えておりませぬが、多大なるご心痛を誘いましたこと、深くお詫びいたします」
「お、おう。コホン……俺が思うに、恐らくは酒の質が悪かったのであろう。名門袁家の膳に饗されるものに粗末なものがあるとは思いたくないが、そういうこともあろう」
「寛大なお言葉、まこと感謝の至りでございます。よろしければお兄様のご機嫌が直るよう、この袁顕甫が酌をさせていただきたく思います」
「う、うむ。戦場では予測のつかないこともある。それは家内においても同じという教訓だろう。お互い勉強になったな!」
「はい、お兄様」
丸く収まった。
夜風に吹かれていると、先ほどの喧騒も自然と散らしてくれる。
袁家の大将・
木製の格子越しに見る夜空は、冬の空気を纏いながらもどこか、俺たちを見守ってくれる温もりがあった気がした。
「お兄様は変わられましたね。もう私では御量りすることができぬ人物になられたかと」
「そんなはずはなかろう……と言いたいが、俺も少しは実戦を経験してきたからな。成長していなかったら落ち込むところだ」
「素敵です、お兄様。その向上心は見習いたく思います――あっ!」
手が滑ったのか、袁尚が誤って俺の膝に酒をこぼしてしまった。まあ大分宴もたけなわだしな、手元云々言ってたらキリがない。
「申し訳ありません、このような粗相を! どうかお許しを、お兄様」
俺もちょっと酔いが回ってたのか、少しイタズラをしたくなった。なので怒っている振りでもしてみよう。
「顕甫、年長者に酒をかけるとはどのような料簡だ。この不始末、ただの叱責で終わると思うなよ」
「覚悟しております……ハァ……どうぞお好きなように……ハァハァ、処罰を……」
「—―すまん、顕甫。俺の冗談だ。気にする必要はないぞ」
すっかり忘れてたが、こいつには強力編集のドーピングがぶち込まれてるんだった。つまり常人と認識してはいけないということだ。
「私はぁ無礼なぁ、ダメな犬です……お兄様、ハァハァ、こ、この鞭でどうかし、尻を……」
「やめよ、祝いの席で妹に鞭打つことこそ、礼儀がなっていないことだろう。斯様な狼藉は俺には出来ん」
「ンッ、また私が……ハァ、いけないことぉしちゃったんれすね……どんな、ンッ、罰が待っているのか……」
無理ゲー。
コミュニケーション取れん。ってか、何を言っても自分が興奮する方向に、言葉を捻じ曲げてくるんじゃなかろうか。
袁尚の性根を糺すつもりであったが、四方八方に快楽スイッチがついたモンスターを生み出してしまった。
「よせ、戯れだ顕甫。償いと言うのであれば、もっと酌をしてくれ」
「かしこまりまひた、おにいしゃま」
そんなアブノーマルな酒席を見守る野獣の眼光に、この時の俺はまだ気づかなかった。冠の位置を直しつつ、呑気に酒を飲んでいたが、風雲急を告げることになる。
――
「おい、
二弦の楽器の音に酔いしれ、美人たちの舞を観る。そろそろ微睡む者たちも出そうになりそうなときだった。ようやく袁尚も大人しくなり、静かになったと思ったのに……。
よっこらせと隣に腰を下ろして来る、ミディアムヘアの女性。
破壊者の名は
「おう顕奕、そんな根暗の酒なんぞ飲むと、体がおかしくなっちまうぞ。そんなもん捨てて、オレの持ってきたやつを飲めよ」
「いや、はは……酒職人が丹精込めて作りし命の水です故、粗末にするのはやりすぎかと。それに俺も大分酔いが回りましたので――」
「お姉ちゃんの、言うこと……ヒク、聞けないのか……エグッ」
お前泣くんか! ここで、この場で、この状況でか!
えぇ……どう見ても俺が悪く見えるじゃんよ、これ。
凡庸なりに大人しくしてたつもりだが、アッと言う間に注目の的になってしまった。幸いなことに当主の袁紹は中座している。
しかしその隙を突かれ、群臣が二グループに分かれてしまった。
「おお……お気を確かに、
「顕甫様、ささこちらに。
袁譚派と袁尚派の反目が始まったのか。
やばい、これは本当に危険だ。両陣営ともに自らが推す者を袁家の跡取りにさせようとしている。
袁紹ー--っ! 早く戻ってきてくれっ!
ここを押さえられるのは、君主であるアンタしかいねえんだ!
俺の両袖をひっ掴む姉妹は、一歩も譲る気はなさそうだ。
片やガン泣きして袖に縋りつく姉。もう片方は何事もないように笑顔で酌を続ける妹。
人、これを極限状態と呼ぶ。
「ご、ご報告いたします!」
ええ、今度はなんだよ。今そういう状況じゃ……。
転がり込むようにすっ飛んできた伝令に、思わず厳しい視線を送ってしまったことを悪く思いつつ、先を促すことにした。
「申せ」
「お、御館様が……御館様が倒れられました……!!」
「は? え?」
「侍医の報告によれば、今夜が峠だと」
袁紹おおおおおおおおおおっ!! 何してんだあああああっ!
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