第12話 後遺症と妹

 袁家勝利、赤槍党あかやりとうを殲滅す。

 吉報はぎょうの都にいち早く届いていたようで、俺たちは民衆から歓喜の声を受けながら、無事に帰参することが出来た。


 今世のパパンである袁紹えんしょうも手放しに俺を賞賛し、居並ぶ重臣たちの中、新たに『幽州ゆうしゅう都督』の任を拝命する栄誉を受けた。

 

 まあ今の幽州って、おもくそ公孫瓚こうそんさんが居るところなんだけどね。

 不倶戴天の敵が居座ってる土地の都督とか、有名無実にもほどがありますよ。


 しかし、従軍した高覧こうらん将軍や呂威璜りょいこう将軍、兵士それぞれに恩賞が厚く出されたのは嬉しかった。皆で共に死線を超えたのだ、報いがあってくれて本当に良かったと思う。

 マオは侍女の身でありながら武功甚だしいとのお褒めがあり、袁家が保有している名匠の手で作られた薙刀を下賜された。


顕奕けんえき様には指一本触れさせませんよ!」

 と、袁紹を前に豪語仕切っていた胆力はすさまじい。名実ともに俺の側近として名を馳せるに至ったわけだ。


 さて問題児だよ。

 クソバカ郭図かくと。こいつどうするかね。

 やたらめったら弁が立つので、如何に自分が後陣を守り、敵の奇襲を防いでいたかと捏造する姿は、もはや芸術とまで言える。


 あまりに堂々と嘘八百をぶっこいてたので、袁紹も信じ切ってしまったようだ。

 しかもこの中年軍師、俺の側にいると楽して褒美がもらえると味を占めたのか、いけしゃあしゃあとのたまった。


「この勝利は若様の差配によるものでございますれば、この郭公則微力を添えたまでのこと。願わくば今後ともお支えしていきたいと切に願いまする」

 憑依宣言まで飛び出して、もう頭が痛い。

 勝手にしやがれと唾を吐きたかったが、祝いの場所でそのようなことはおくびにも出すわけにはいかなかった。


「はぁ……どっと疲れたな」

「お肩をお揉みしましょうか! まおに何でもお申し付けくださいまし!」

 権謀術数とは無縁なマオが、今はほんのちょっぴり羨ましかった。


――

 戦には準備が必要だ。

 実戦の前にどれだけ工夫を凝らし、手間暇かけたかによって収穫が違う。

 それは戦後の処理も同様だ。


 俺は罪人が収監されている建物の一室で、とある武将と向き合っていた。

 その名は杜長とちょう。赤槍党の首魁であり、俺が強力編集パワーアップセットで堕天させた男だ。


 同席しているのは尋問官と護衛の呂威璜将軍だ。だが二人とももはや言葉は無く、顔中に疲労の色が漂っていた。

 杜長たちが張燕ちょうえん率いる黒山賊とつながっているのは明白である。しかし、どのように連絡を取り合っていたか、というような具体的な内容が一切こぼれなかった。

 他にも同様の組織はあるのか。規模はどの程度か。根城はどこか。

 聞きだすべきことは山ほどある。


「……もう一度聞く。お前たちのような賊徒はどの程度いる。大まかでもいいから吐け。さもないと腰斬ようざん刑に処すぞ」

「ぼくね、おちんちんかゆいの。だからごしごししてたら、かもめかもめかちんかちんなの」


 ちょっとヤバすぎないっすかね。

 いや、強力編集で知力を思いっきり下げたのは確かに俺だよ。けど、まさかここまで退化するとは思わないじゃんさ。


 劉禅りゅうぜんとかあの辺、素でこの会話レベルなの? えぇ……マジで?

 それとも一気に下げ過ぎたから、脳みそバグっちまったのかな。


「俺が質問する。ご苦労だった、尋問官」

「力至らず、若様のお手を煩わせるとは……申し訳ござりませぬ」

「よい。では聞くぞ杜長、お前たちの仲間—―同じ組織は冀州きしゅうにどれくらいいるんだ?」


「ねこちゃんがすきです。でもおうまさんはもーっとすきです」

「殺すぞ」

「ハッ! おのれ袁煕えんき! ええい縄をほどけ。今すぐ撫で斬りにしてやるわ!」

「あ、戻った」


 二秒後。

「おたまのしわとしわをあわせて、ちんぽこー」

「二秒ごとに馬鹿になるな。話が進まねえだろうがよ!」


「ハッ! ふはははは、俺の無事を知れば張燕様が黙ってないぞ。百万の猛者がお前を狙いに鄴まで襲来するだろう。震えて眠るがいい!」


 ほう、張燕は袁家の本拠を直撃する能力を持っているのか。それは良い情報だ。


 二秒後。

「でんでんむしみてるとめがまわるの。ぐるぐるなの。郭図死ね」

「最後だけちょっとまともになってんじゃねーよ。もう駄目か、こいつ……」


 正直もう碌な社会生活が出来るとは思えない。

 残酷なようだが、彼をもとに戻すのに金500を使う必要もないだろう。袁家への禍根はここで断っておかなくてはならない。それが主家の務めだ。


「呂威璜将軍—―ここまでにしよう」

「御意」


 刑場に散るは将の最後の責務。死んでいった彼の同志の魂と共に、天へと送るのが礼儀だろう。

 本来であれば戦場で消えた命だ。俺は自分が介入した出来事とはいえ、まだ簡単に割り切ることは出来ない。

 だが背負って行かなくてはいけない。これまでの人の命も、これからの人の命も。


――

 月日は巡る。

 俺は度々賊徒討伐軍を任され、そのたびに郭図の邪魔に会いながらも、全てを撃退することができた。

 初陣より三か月。

 年は明けて196年になった。


 そして俺は出会ってしまった。いわゆるホンモノってやつによぅ……。


「だーれーだ」

 正月祝いの宴も進み、俺はほろ酔いの中庭の風景を愛でていた。そこに突然、透き通るようなソプラノの声と共に目隠しがされた。


「ははは、その声はもちろん」

 

 誰だし。


 え、ガチで知らねえ奴だぞ、これ。

 いやいや、俺袁家の長男よ? いくら酔っていても流石に家臣がやるには気軽すぎるだろう。俺は良くても、マオが見たらやべーことになるんじゃないかな。


「ふふ、いつも可愛いですね兄さんは」

 

 ゆっくりと手を放し、俺の耳にふっと息を吹きかける。

 焦って振り向くと、そこには人生で見たこともないほどの美少女が立っていた。


 絹糸を厳選し、光沢を練り込んだような神秘の黒髪。肩まで伸びたそれを、夜風が優しくなでていた。

 やや赤みがかったくりくりの黒目に、人懐っこさを魅せる眉。桜色のぷくんとした唇を、桃色の舌がゆっくりとなぞっている。


「にい……さん?」

「?? どうしたんですか兄さん。大陸で一番愛してる妹のことを忘れたのですか?」

 妹……いたね、そういえば。

 袁尚えんしょう、字を顕甫けんほ。性格0点、知能0点、寛容さ0点。しかし容姿1000点。


 ついでに言えば姉の袁譚えんたんと犬猿の仲……というよりは、殺害したがっている間柄だ。よくお互いに刃物とか毒とか贈り合ってるらしいが、怖くて詳細までは聞けてない。


「げ、元気そうだな、顕甫。その、邯鄲かんたんの町は大事ないか?」

 邯鄲とは袁尚が治める土地だ。昔の趙の国の首都でもある。


「—――—なんで、顕甫って呼ぶんですか? 私のことは尚たんって言って可愛がってくれてたのに……」

 あ……れ……?

 この子、ちょっとなんか雰囲気が重いというか。


「おかしいですよ、兄さん。あの袁譚のメス豚に何か吹き込まれたんじゃないですか? ふふ、仕方ないですね、兄さんは」

 あらやだ、怖いわこの子。早く逃げなきゃ。


 素早く俺の手を掴んで一言。袁尚は粘性のある声でつぶやく。

「また昔みたいに『飼って』あげないとダメみたいですね♪」


 下腹部のデリケートな部分が、ヒュンっとした。

 あかん。こいつは自由に遊ばせてたらあかん。

 思わぬ伏兵に、俺は今後の保身のために目を必死に泳がせていた。

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