第11話 強力編集の威力、味わうがいい!

 清螢村しんけいそんを制圧し、その付近の山を望む。三日後にぎょうからの援軍が到着し、本格的に残党をあぶりだすことになった。


「第一部隊は左翼より、第二部隊は右翼から回り込め。一人たりとも逃がすな!」

 高覧こうらん将軍と、援軍2000の兵で赤槍党の根城を攻める。

 いくら烏合の衆とはいえ、地の利は敵にあるのだから油断はしてはいけない。


「若様、攻撃準備整いましてございます。お下知を」

「わかった。全軍、攻撃開始!」


 応、と掛け声が上がり、それぞれに山刀や斧を手に山地へと踏み入っていく。

 ところどころで鬨の声が上がり、悲鳴も聞こえてくる。どうやらまだ山に踏みとどまっている賊徒は多いようだ。

 さもありなん、本拠地を失っては他の賊に襲われて奪われるだけだ。集団を維持しておきたいのは人間の心理だろう。


 高覧将軍がつけてくれた、副将の呂威璜りょいこうが俺を守ってくれている。彼はどうも俺が怪我することを異常に恐れているようだ。


「若様、あとは兵共に任せ、天幕で戦果をお待ちくださいませ。何かがあっては近侍の皆が御館様の勘気に触れるやもしれませぬ」

「心配かけてすまない。だが現場を放棄するのはできん。俺の命令で人が死んでいくんだ。この目で見届けるのが礼儀であろう」

「……御意。御身は必ずやお守りします」


 俺を中心にガッチリと方円陣を敷き、袁家の兵でも手練れを配置したようだ。一人一人のオーラが違う。一騎当千とは言わないが、一人十殺は余裕だろう。


 やがて山頂付近で火の手が上がった。

 味方が火攻めをしたと言うよりは、敵が自ら放ったものだろう。木々が深い山中にて火計を用いるのは愚策だ。ましてや袁家の兵は散兵となって山狩りをしているので、火をつけるメリットはない。


「敵の本拠を叩きましたかな。じきに勝利の報が届きましょう」

「呂威璜将軍には苦労をかける。この度は俺の無能な采配で多くの者を死なせた。二度とこのような過ちはしないよう、徹底的に学びなおすつもりだ」

「若様が生き残っておられることこそが、何よりの吉報でございます。一度ご下命を受ければ、我らは火の中でも水の中でも進む身ゆえ、お気を落とされぬよう」


 呂威璜は俺の倍近くの36歳。将として脂が乗ってきた時期だろう。

 彼や高覧の酸いも甘いも見定める胆力は、見習いたいと思う。


「逃がすな! 追え!」

「若様の天幕に近寄らせるな、討ち取ってしまえ!」


 俄かに付近が慌ただしくなった。

 俺は大将用の座から立ち上がり、何事かと辺りを窺う。

 

 山から数十人の集団が、こちらの本陣めがけて特攻を仕掛けてきた。

 赤い鉢巻をした一団は、遮ろうとする袁家の兵の間をすり抜け、一直線に俺のいる場所へと向かってくる。

 まあ、牙門旗があるから、大将がここにいるよって宣伝してるようなもんだしな。一矢報いようとして突撃してくるのは常套手段ともいえる。


「若様、お下がりを。袁家の精兵よ、慌てるな! 敵は少数ゆえ、囲んで圧殺するのだ!」

 呂威璜の声通り、集まってきた兵士たちによって一人、また一人と斬り伏せられていく。

 やがて最後の一人が倒れ、本陣急襲という奇策は打ち破ったかのように思えた。


「敵将の首を取りました。ご検分をお願いいたします」

「あいわかった。持ってまいれ」

 正直そんなもんは見たくないが、これも務めだ。まだ鮮血の滴る生首を持ち、兵士は俺に恭しく献上してくる。


「無念であったろうな。丁重に弔え、きちんと体は埋めて塚を建てるのだ」

「……貴様の塚か、袁家の嫡子よ」

「何っ!?」


 迅雷のような剣の振り上げ。躱すことができたのは奇跡と称しても過言ではないだろう。首を放り投げた兵士は、そのまま剣を持ちなおし、再び斬りつけてくる。

 ガチン、と剣と剣のぶつかる音がする。咄嗟に俺も剣を抜き、人生で最速の防御姿勢を取れたおかげか、どうにか鍔迫り合いのような形に持っていけた。


「ふ、弱い。おるぁっ!」

「ぐ、ぬ……。なんて馬鹿力だよっ!」

 俺はそのまま剣ごと抑え込まれ、態勢を崩される。瞬間、相手は背後に回り込んで俺の喉元に刃を当てた。


「お前……袁家の兵ではないのか。何者だ!」

「俺は赤槍党の首領、杜長とちょうだ。貴様らの阿呆な兵から、鎧を奪うなぞ容易いことよ。さあ、ここで死んでもらうぞ」


 刃に力がこもる。

 くそ、またしても俺は足を引っ張ってしまうのか。

 否、断じて否。

 ここは徹底的に抗戦させてもらおう。それが大将の責務であり、兵たちを無事故郷に帰す者の義務だ。


「杜長……と言ったな。俺を討ったところで袁家には綻びすら起きんだろう。なんせ御父上からは軟弱ものと謗られ、家督継承の席次からは脱落している。狙うなら他の姉妹にするべきだったな」

「貴様が惰弱な袁煕か。口だけはよく回るようだが、まあ構わんさ。袁家の本流の子を討った。それだけで部下たちも韓馥かんふく様も浮かばれることだろう」


「すまんな、俺はそのくだりはよく知らんのだ。できれば韓馥という男について教えてくれないか……」

「何も知らずに死ぬのは哀れなことか。よしでは聞くがいい――」


 はよはよはよはよ。

 強力編集パワーアップセット起動だ。得意満面に語らせておいて、こいつのステータスをいじる。時間を稼がなくてはいけない。


 ジャーン! ジャーン! 

 銅鑼の音うるせえっての。いいから早く起動してくれ。

 編集だ、武将編集。金は袁紹からもらってすぐにチャージしてある。足りてくれるかどうかがカギだ。


 姓:杜 と

 名:長 ちょう

 字:不明

 年齢:42

 相性:27

 

 武力:76

 統率:61

 知力:57

 政治;12

 魅力:23


 得意兵科:歩兵

 得意兵法:伏兵

 固有戦法:なし


 典型的な武力特化の将だ。俺と20も武力差があるんだから、押し切られるのも当然と言えば当然か。まあいい、編集開始だ。


『武将編集』→『能力値変更』

『金500を消費します。宜しいですか?』

 よろしいよ。やってくれ。こいつの武力をどん底まで落としてやる。


『武力76』→『武力2』

『統率61』→『統率5』

『知力57』→『知力2』


 政治と魅力は放置だ。これでよし。俺は確認ボタンにカーソルを合わせ、頭の中でクリックを猛連打した。


『ジャーン! ジャーン! 変更が適用されました!』

 うるせえ!

 くそ、これでどうだ。劉禅りゅうぜん以下の能力値になったんだ、もはや武将としては活動できまい。


 今までは万力のような力だった締め付けが、急に弱まった気がする。

 喉に押し当てられた刃も、ガバガバに緩まったようだ。そんな変化には気づかずに杜長は韓馥のすばらしさを語っているが、俺の耳には届いてはいない。


「分かった、もういい。十分伝わった」

「そうか、じゃあ死んでくれ――」


「どうした、動かんぞ?」

 俺は刃を摘まんでいる。しかし杜長は全く動かせない。

「な、なんだと! こんな馬鹿な、ありえん、ありえんっ!」


「おらああっ!」


 軽い。まるで羽毛を放り投げたような感覚だ。

 杜長はそれでも喉をかっ斬ろうと思っていたようだが、非常にスローリーな動きで悲しさまで感じる。俺は腕をひっつかみ、力のままに背負い投げを食らわせた。


「ぐああああっ!」

 何が何だかわからないと言う表情を浮かべていた杜長だが、急いで身を起こして反撃しようとしている。しかし一瞬呂威璜の動きが早かった。


 杜長の腕を捩じり上げ、そのまま短刀で刺し殺そうとする。

「待て! そいつは生かしておけ。色々と情報を吐かせたい」

「し、しかし……若様に対する無礼、万死に値しまする。このまま斬るのが吉かと」

「命令だ。御父上は公孫瓚こうそんさん以外にも、張燕ちょうえん率いる黒山賊と戦っておられる。賊徒同士の連絡方法などがあるかもしれん。鄴まで連行せよ。自殺防止のため、猿轡は噛ませておけ」

「ははっ!」


 しかしすごいな強力編集は。

 手も足も出なかった相手が、一瞬でミジンコ並みの強さに成り下がってしまった。

 金さえあれば、何でも出来るとか、某議員が似たようなこと言ってたが、それを地で行く能力ってのは恐ろしいもんだよ。


 そう黄昏ていると、どこからか郭図かくとがやってきた。

 あれ、こいつ今までどこに……。


「やや、若様、ご無事で! ええい賊よ観念いたせ。この郭公則が刀の錆に――」

「てめえ、また余計な真似しやがって! いいから引っ込んでろ!!」


 顔を引っ張り合っていると、俺は戻ってきた高覧将軍に、郭図かくとは呂威璜将軍に引きはがされた。

 人、それは類は友を呼ぶと言うのだが、認めたら心が折れそうだ。


 斯くしてここに、賊徒討伐の戦は終わりを告げた。全員無事に帰すことは出来なかったが、それは将たる俺が受けるべき咎だ。

 この痛みを忘れぬよう、また訓練の日々に戻るとしよう。

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