第8話 賊徒襲来
「顕奕様、馬には慣れましたかな?」
「な、慣れた。うおっ、ちょっ、そっち行くな!」
この時代は鞍はあるが鐙はない。両足で馬の腹を絞めつけるようにして、自分を支えるしかないのだ。当然そんな乗り方をしてるとケツの皮がボロボロになるわけで。
「無事に帰ったら
他の騎兵は涼しい顔で歩みを進めている。相当の苦労をしたんだろうなぁ。
これで突撃とかしていくんだから、平衡感覚が常人のそれよりも斜め上にぶっ飛んでるに違いない。
「若様、斥候が戻りました。報告をお聞きになりまするか?」
「無論だ、公則殿。戦は情報が肝心だからだ」
孫氏の兵法にも情報の大事さは書かれていた。相手の場所や陣立てがわかれば、攻める側としては犠牲を減らすことができるだろう。
鬱蒼と茂る森を横目に、俺は部隊に大休止を命じた。
「斥候をここに」
「かしこまりましたぞ」
袁家の兵独特の、黄色く染色された
「ご報告いたします! 村は未だ健在、されど時折山より賊徒が押し寄せ、物品を奪っては去っていくそうです」
「敵影は見たのか?」
「村付近には敵影ありません。単独で山に入るのは帰還困難となるため断念いたしました」
まあ敵の陣取る山中に、ソロプレイで行けってのは過酷極まるミッションよな。
「報告ご苦労。十分な休養を取らせる」
「ありがたき幸せでございます」
ふむ。村の制圧はまだされていないところから見ると、ある程度農民に作物を作らせて、そのあがりを持っていくスタイルなんだろうか。
全部奪ってしまうと拠点を変えざるをえない。そして新しい拠点周辺で、同じような活動をしている賊徒がいたら、殺し合いになるだろう。
「顕奕様、お茶をどうぞですよ!」
「うむ、すまぬ」
実はマオも出陣してきている。この子、こう見えて薙刀達者なのだ。
偶然と思いたいが、呂翔将軍から一本取ったほどの腕前だ。
俺の出陣と聞いて、自分も連れていけ、さもなければ死を賜れとのたまったので、仕方なく同行させたのだ。
一応新武将扱いだからセーフ理論でいこう。
情報を検討していた
「賢しい輩どもですな。若様、ここは一気呵成に山へと攻め入り、賊徒どもを根絶やしにしましょうぞ!」
郭図がこう言うってことは、その真逆が正解だ。
村に進駐し、防備を固めてじっくり攻めるのがいいだろう。
誰が敵のキリングゾーンに突っ込んで、むざむざ死にに行くんだよってな。
「清螢村まで軍を移動させる。各部隊長には行軍再開の令を届けてくれ」
「おお、若様、やる気満々でございますな。この郭図にお任せあれ」
森からの涼しい風で癒されていた兵士たちだが、合戦が近いと分かるのか目つきは鋭いままである。誰も油断はしておらず、物音が鳴るたびに全員が警戒態勢を敷いていた。
「よし、まずは村を手中にし、拠点とする。防御陣を構築して賊徒の襲来に備えるぞ」
「応ッ!」
勇ましい返答とともに、再び俺たちは行軍する。相変わらずケツが痛いが、こんなことで弱音を吐くわけにはいかない。
――
村についた。
多くの家々は打ち壊され、畑に作物も無し。村の中心には荼毘にふされる前の死体が並べられていた。
「なんということだ……」
既に腐敗が始まっているであろう死骸の匂いが鼻を突く。
胃の腑からすっぱいものがこみあげてくるが、将が馬上でゲロぶちまけるわけにもいかない。
「公則、兵200を率いて村人の保護と埋葬を手伝え。高覧将軍は防御陣の作成を」
「かしこまりましたぞ」
「承知いたしました。者ども、ついてこい!」
皆の目に怒りの炎が灯っている。守るべき領民をここまでいたぶられたのだ、憎しみを超えて殺意千倍だろう。
それぞれが作業を始めていたので、俺は村長を呼び出してより詳しい状況を把握することにした。
兵士に支えられ、杖をついた禿頭の老人が現れる。
「お、おお……これは袁家の皆様……。もうだめかと思っておりました」
「遅くなって申し訳ない。食料と物資を持ってきたので、村人に食べさせてやってくれ」
老人は地に頭をすりつけ、ひたすらに恐縮している。
「斯様な厚遇を受け、どのように恩返しをすればよいやら……村を代表して御礼申し上げとうございます」
「領民を守るのは領主軍の務めだ。犠牲が出る前に出兵するべきであったな」
「それでも生き残りは救われましょう。どうかあのにっくき『赤槍党』を根絶やしにしてくだされ。さすれば死者も浮かばれましょう」
もとよりそのつもりよ。
現代っ子の俺が戦場でのグロ描写に耐えきれるかという懸念はあるが、流石にこの惨状を目にしておいて逃げるわけにはいかんのよ。
「奴らは大体いつ攻めてくるんだ? 何か気づいたことがあれば情報提供をしてくれ」
「ふむ……この村では細々と作物を作っておりますが、その収穫時期には確実にやってまいります。抵抗すれば殺され、女子供は奪われます。残ったのは男衆と老人ばかりで……」
盗賊ってのは限度を知らんらしいな。
働き手を残してるってところがまた悪質で嫌らしい。村人は食うために作物を作らねばならず、実った時に盗賊共が収穫に来るって寸法か。
「周辺の村々も同様に襲われておりまする。それに……ワシの息子も娘も、孫もみな殺されましたのじゃ……。どうか……どうか……」
「任されよ。この袁顕奕、必ずや敵を殲滅して見せよう」
言っちゃった。
義侠心が先に突っ走りすぎた返事だが、俺の中では既に賊徒死すべしとなっている。しっぽを撒いて逃げるっていう選択肢はないのよ。
万が一に備えて、援軍要請をすることは付近の城に伝令を飛ばしてある。
主家嫡男の威光を存分に利用させてもらおう。
――
村の四隅に兵士を不寝番で立たせ、厳戒態勢で一晩明かすことにする。
まだ生乾きの枝を折り、郭図や高覧、マオと囲む焚火に一本投げ入れた。
「若様、この公則思いまするに夜襲もよろしいのではないかと。賊どもも自らが攻められるとは思っておらぬと推測できます故、効果的かと」
「敵の罠がある可能性が高い。会戦は視界が確保できる場所で行うつもりだ。公則の献策を無下にしてすまんが、俺は余分な犠牲は出したくない」
「なんと寛大な……若様、この郭公則、目から鱗が落ちましたぞ」
お前の目は何枚鱗重なってるんですかね。
もう地層みたいに固まりきってるんじゃなかろうか。
「それにしても静かですな。村人たちも寝る場所が無いと言うのに、不平不満の一つも零さない。襲撃され慣れてるのでしょうか」
「高将軍の言うことは俺も気になっていた。親しい人が亡くなれば皆茫然自失となり、涙と悲しみで動けなくなるのが人情というもの。しかし彼らは機械的に動きすぎている」
そう、誰も泣いてないのだ。
跪いて援軍感謝と話していた村長も、最後まで泣き顔は見せなかった。
何かがおかしい。
俺はえも知れぬ危機感を感じていた。
そんな疑念も、村中に響き渡る大声でかき消されてしまう。
「て、敵襲ー---っ!!」
ガバリと身を起こし、側にある剣をひっ掴む。
「高将軍、敵影の把握と迎撃準備を!」
「御意!」
「公則は後方の安全確保に動いてくれ」
「承知しましたぞ、若様。完璧にこなしてみせまする」
「わ、若様はどちらへ? 猫はいつもお側におりますですよ」
「マオは避難だ。じきここは戦場になる」
「駄目です、顕奕様。マオはお仕えしたときより顕奕様のためになると決めておりました。どうか一人の武官としてお側に置いてくださいませ」
押し問答をしている場合じゃないか。
「いいだろう、離れるなよ」
「はうぁっ! 合点承知ですよ! 顕奕様、マオは絶対に守って見せますですよ!」
俺とマオは馬に飛び乗り、悲鳴と怒号のする清螢村の北部へと駆け出していった。
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