第2話 現状を把握したい
パワーアップセット、だと。
歴史ゲーを嗜む者の中ではメジャーな用語だが、これは各種設定をいじれる公式チートのお楽しみ要素だ。
例えば武将の武力を上げて、呂布と互角に戦わせてみたり。
最弱武将を全知全能の天才にしてみて、孔明と競い合わせたり。
いやいや、史実武将のステはもっと低いでしょーと考えてみたり。
楽しみ方は人それぞれだが、人物・建物・兵士数・金・兵糧。なんでも自由に調整でき、より深いシチューエションを味わうことができるものだ。
「なんだ……目がおかしいぞ。んんっ?」
「
「あ、いや……そうじゃなくてだな」
これ、アレだ。パワーアップセットの編集画面だよな。マオには見えてないのか?
ものすごくカラフルに描写されてんだけど……さっき頭打ったから、そのせいなのかな。
頭の中で念じると、目の前に広がる編集画面にカーソルと項目が現れた。
『既存武将編集』
『新武将登録/編集』
『都市編集』
『戦略資源編集』
『BGM編集』
『ダウンロードコンテンツ』
もう何度となく見たことのある、三国志ゲーム等の編集画面だ。頭の中で念じて、カーソルをぐにぐに動かしていると、電子音が鳴り、システムメッセージが女性の音声で流れた。
『ジャーンジャーン! 新武将:
してねえよ! 勝手に登録してるの誰だ! しかも銅鑼の音うるさっ。
鼻息荒くして周囲を見回すが、あたふたした顔のマオ以外誰もいない。あんまり騒ぐと彼女に心配をかけてしまう。
ここは一つ時間を稼ごう。
「あー、ゲホゲホ。マオ、すまぬが父上に顕奕が謝罪をしていたと伝えてくれぬか。どうにも体が熱っぽく、動けそうもない。父上に悪疫をうつしてしまうのは申し訳が立たないのだ」
「かしこまりました。では関係各所にお伝えいたします。しばしお側を離れることをお許しくださいませ」
「すまんがよろしく頼むぞ。あーケホケホッ」
再び拱手をし、マオは去って行った。
よし、今のうちだ。
「『新武将編集……と。えーと、り、り、りんまお。お、いたいた、あの子だ。めっちゃリアルな顔写真風の絵で怖えけど、間違いはなさそうだ」
カーソルを頭の中で操作し、マオのところでクリックする。
ガシン、と鉄門が閉まるような重厚な音が鳴り、新武将の鈴猫が表示された。ついでに俺のステも見てみるとしよう。
『姓:未登録
名:鈴 りん
字:猫 まお
年齢:14
相性:101
武力:66
統率:67
知力:72
政治:66
魅力:80
得意兵科:歩兵
得意兵法:伏兵
固有戦法:補給強化
――
姓:袁 えん
名:煕 き
字:顕奕 けんえき
年齢:17
相性:101
武力:51
統率:66
知力:68
政治:65
魅力:63
得意兵科:歩兵・弓兵
得意兵法:早期撤退
固有戦法:
※自キャラの編集はまだロックされています!』
おい、なんかマオに全部負けてるんだが。
いくら歴史に残るヘタレ武将でも、侍女以下の能力ってどうなんだよ。仮にも一軍の将だろうに……。
ってか、これ
そう考えると、まだ袁煕でセーフだったのかもしれない。割と中級の能力値だしな。このままいけば、一応は頑張れ……ないわ。
駄目だわ。曹丕に
なんだかんだで北方へと都落ちし、
それもこれも、白馬の戦いと、官渡の戦いで袁紹が惨敗するのが原因だ。
しかも自分を編集できないって、割とどうしようもなくないか、これ。自分で状況を打開できる気がせんぞ。
せめて能力値オール80台くらいならワンチャンあるかもしれんが、このままでは首チョンまっしぐらだ。
ええと確か歴史的な大敗を喫する『官渡の戦い』は西暦200年に起きるはずだ。
今世のパパンである袁紹が、河南侵攻を企てたのが事の始まりで、短期決戦を主張する幕臣に押し切られてしまう。
白馬の戦い、および官渡の戦いは連戦だ。
河北の二枚看板とも呼ばれる、猛将の
電撃戦主張をした、出ると負け軍師の
もう目も当てられないレベルでボロカスにされて負けるわけだ。
やがて兄弟である、長兄の袁譚と末弟の袁尚が反目しあう。犬も食わない骨肉の争いを展開し、曹操軍に各個撃破されて滅びるまでが様式美だ。
考えろ。どうすればこの詰んだ盤面をひっくり返せるのか。
まだ俺は17歳。西暦で言えば195年だ。
反董卓連合軍が解散し、董卓が討たれて3年。今は北方のイナゴ、公孫瓚と戦っている真っ最中だ。
192年に起きた界橋の戦いで、一度
193年に公孫瓚は皇族の
つまりは残り4年でどうにか袁紹軍を強靭にしなくてはいけない。
自分自身も鍛え、曹操軍に流れるはずの有能な武将を集め、兄弟の仲を取り持つ。
マジで不可能任務だが、やらないとせっかく転生したのにすぐ処刑だ。
腕を組み、俺はそこそこ広い部屋を栄養失調の熊のようにうろうろと歩く。
「そうだ、まずは身近なところから始めよう。兄の袁譚、弟の袁尚。犬猿の仲の二人を諫めて、仲良し三兄弟として袁家の土台を固めるのがいい」
訓練はそうだな……
拠点になるはずの鄴都を要塞化して兵を集める。物資も調達しよう。
4年後の
「とは言ったもののな……」
最初の一歩。兄弟仲が最大の問題だったりもするわけで。
兄の袁譚はガチの野人だ。本能のままに突っ走り、暴れまわる。しかもたいして強くない。
名士を金品で呼び寄せて、手駒にしようとする猿知恵はあるが、誰の言うことも聞かないとかいう意味不明な男だ。
唯一の功績は、劉備を袁紹陣営に迎え入れる切っ掛けになったぐらいだろうか。
切れやすくて、冷めやすい。そして弱い。
なまじ名族の子であるから、誰も諫められないという悪循環だ。
弟もやばい。袁尚は顔面偏差値にステ全振りのバカで、兄を見下しているが実力はどっこいどっこいという始末。
見栄っ張りで高慢。こいつも名士を招いておきながら、相手が会おうとしないのでブチ切れて牢屋に閉じ込めるほどのキチだ。
おまけに斬首前には、なぜ筵が無いのか、寒いだろ! と主張して呆れられたというエピソードがついた。
うーん、直接話してどうこうなる人物だったら、歴史は残酷になってはいない。
どうすればいいのか……と考えていると、自然とパワーアップセットの画面が出てくる。
そうだ、イジってみればいいんじゃないかな。
『武将編集』をピコピコ動かしてみてみると、親愛武将、犬猿武将というものが設定されている。
袁譚→袁煕=親族愛
袁尚→袁煕=親族愛
袁譚⇔袁尚=死ね
うーんこの。
よし、じゃあこの犬猿フラグを外して……あれ、できない。おかしいな、クリックは出来るけど……。
あ、なんか動かそうとするとエラーが出る。何々?
『犬猿解除には金1000が必要です』
システムメッセージとともに、なんかコインを入れる穴みたいなのが出てきた。
え、金とるのこれ。リアルマネー?
財布、財布の場所なんてわからんよ。そもそも個人で管理してるのかすら不明だ。
他に何かないか、手段は。相性値はすごく近いんだが、どうにもこの犬猿設定がネックになってる。
部屋を漁ってみたが、銅銭が五枚しか出てこなかった。これは一体どれくらいの価値なんだろうか。
『金50を確認しました』
すっくな! こんな課金方式とは思いもよらんかった。南華老仙さん、もうちょっとユーザーフレンドリーな設計にしてくれてもよかったのよ?
『システムメッセージ』
はいはい、もううるさいな。金が足りないのは分かってるよ。
『トロフィー:はじめての入金 を達成しました』
そういう要素あるんだね。まあ実績解除してもなぁ……。
『武将の性別変更がアンロックされました』
なん……だと……!?
『金25で性別変更できます』
これは……ゴクリ。
気がつくと俺は一心不乱に兄と弟の性別を『女』で鬼クリックしてた。
まさか本当に変わるのか……? そんな馬鹿な話はないよな。
やり切った感を出しながら、俺は再び硬い寝台に横たわった。
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