袁煕立志伝withパワーアップセット おい、起きたら妻がNTRられる雑魚武将になってたんだが。いいだろう、やりたい放題やってやる!
おいげん
195年 袁煕転生
第1話 目が覚めたら袁煕だった
家賃四万のおんぼろアパートの扉を開ける。
ほのかに煙草の臭いが残る小さな部屋だが、大事な俺の城だ。
「あぁぁぁぁもう無理、残業時間おかしいでしょ!」
コンビニで買った缶ビールとイカゲソの入った袋を持ち、俺は幽鬼のようなふらつきを見せながら、ベッドにダイブする。
スーツは……Yシャツは……クリーニング行かなきゃな……。
ああ、何もかも面倒くさい。昔みたいに三国志ばっかり読んでいた、あの頃に戻りたい。そのままドアに鍵もかけず、俺は目を閉じる。
昔はよかった。
同じ三国志マニアの友人たちと三人で、夜を徹して遊んだ。
三人とも同じ女子を好きになり、順番に告白しては次々と振られたのもいい思い出だろう。
そんな悲劇を『桃園の誓い』などと呼んで笑いあっていたものだ。
「今はみんな、なにしてんだろうなぁ……またあの三人で遊びたいなぁ……」
疲労がやばい。もういい、このまま寝よう。
霞がかった思考は停止し、俺は意識を手放した。
◆
ん、ここはどこだ?
目が覚めた俺は、雲海の中にいた。周りはちぎれ飛ぶ白い雲が流れ、晴天と日光が降り注いでいる。
「気がついたか、
「だ、誰ですかっ!?」
年老いた男性の声が聞こえる。
え、まって、なにこれ。夢? 夢なのかな?
頬をつねろうとして気がついた。自分の体が透けていることに。
「ほっほっほ、大丈夫かの、稀人よ。お主は運がいい」
姿を現したのは、杖を手にし、白い導師服を着た老人だった。頭がぬらりひょんのように出っ張っている。
「儂は
「え……は、はあ……。ありがとうございます。それで……その、もう大丈夫ということでしょうか」
老人は悲しそうに、そして少しだけ愉快そうに首を振った。老人の諦めろという表情に、俺は猛烈に嫌なものを感じた。
「お主の魂は既に現世より切り取られてしもうた。残念ながら元の生活に戻ることはできぬじゃろう」
白くて長いあごひげを撫でながら、老人は俺を見据えてくる。
「もし生きることに未練があるというのであれば、世界に名を残してみんかの」
「待ってください。そんな、俺はもう死んでるんですか? それに名を残すだなんて大それたこと、考えたこともありませんよ」
身振り手振りで必死に抗議してみるが、体は透けていくばかり。
もう時間がないのか……?
「お主は輪廻の輪より外れた。このままでは完全なる無になってしまうのだ。儂に残った最後の力で、新たな人生を歩ませることが出来る」
俺の体はもう輪郭すらあやふやで、光の粒子が散るように、風にさらわれていっている。断る手はない……か。
「わかりました。是非お願いします」
「お主ならそう言うてくれると思ったわい。では目を閉じるがよい。あるべき環から外れた、不幸な世界を頼むぞ、稀人よ――」
南華老仙と名乗った老人の姿は掻き消え、代わりに小さな黒い穴が残った。
俺は砂塵が吸い込まれるように、黒点に向かって身を託すことにした。
◆
ひく、と鼻がなる。
アップルパイに入っているシナモンのような香りが漂っていた。
そして煙い。ついでに猛烈に喉が痛い。
「ぶえっくしょいっ! あいててっ」
大きなくしゃみを一つかましたのだが、反動で寝床と思しき場所に頭をぶつけた。
固っ! そして滅茶苦茶痛えっ!
くそ、どこだここは。俺はいつの間にこんな板の上に……これベッドなのか?
よくよく見れば中華風な四つ足の寝台だ。曲線を描く足と、直線で描かれる飾り彫りが美しい。かなり手間暇かけて作られているに違いない。
「あの爺さん、南華老仙……とか言ってたよな。確か黄巾族の首領である張角に、太平要術の書を与えた仙人だったような。まさかな、馬鹿らしい」
あたりを見回してみる。
そして目を押さえる。
「窓の格子が、中華料理のどんぶりとかについてるマークになってんだけど、えぇ……まさかな」
(※堀飾りの格子窓は『宋』から。ここでは中華風の味付けです。
猫足のように丸く反り返った脚の机に、簡素な木製の椅子。部屋は殺風景だが、一点だけ目を引くものがある。
蒼の香炉からはもくもくと煙が立ち込めている。
「シナモンくっさっ! って、これは肉桂の香か……燻製にでもなるつもりだったのか?」
香炉の蓋を閉め、俺はかろうじて姿が映る銅鏡を見る。
改めて見た自分の姿は、知っている顔ではなかった。
どうみてもアジア系の容姿だ。黒髪に黒い瞳、そして黄色人種特有の肌色。
なんとも頼りなさそうな覇気の薄い風貌の上に、自分を大きく見せようとしているような、ちょび髭が生えている。
これは舐められる顔ですわ。
「
白い麻の服を身にまとった、あまり化粧っ気のない少女が現れた。
「ああ、よろしゅうございました。顕奕様、お支度をなさいませ。御館様がお戻りに数刻後にはお館様がお戻りになられます!」
「あの……君は……?」
「夢心地のままでございますか? 侍女の
「あ、うん。ちょっと思い出してきた……かな……」
ぜんっぜんわかんねえ。
誰こいつ。そして誰、俺。ケンエキなんていうやつ……は……あれ?
「リンマオ……さん」
「さ、さんをつけられるほど、猫は身分が高くのうございます。どうぞ呼び捨てくださいませ」
「あ、はい。じゃあえとマオ、すまんけど一つ聞いていいかな」
「はい。何でもお聞きくださいませ」
「俺、誰だっけ?」
「はうあああああっ! け、顕奕様、顕奕様がっ!」
目に見えて焦るマオは、もう幽霊に近いような顔色になっていた。
まずったか。変な質問してしまったかもしれん。もうちょい無難なことを言えばよかったかな……。
「いや、ちょっと朦朧としていて。すまんがマオ、教えてくれないか」
「おいたわしや顕奕様……わかりました、不詳この鈴猫、顕奕様のご勇姿を述べさせていただきます」
目の前で
「生地は
「袁……煕……って、あの袁煕……なのか」
「猫にはわかりかねますが、袁顕奕様はこの世にお一人だけでございますよ?」
はてな、と鈴猫は首をかしげている。
肩口で切りそろえられた髪がさらりと揺れ、頭の飾り物がまるで猫の耳のようにも見える。
こいつ三国志でも屈指のヘタレ武将として有名だ。
優柔不断にして小心者。妻に傾国の美女と呼ばれる漢の名門、
だが幽州刺史として中国の北部に赴任するにあたり、妻である甄氏が着いてくることはなかった。
曹操に甄氏の住む鄴を攻め取られ、甄氏は曹操の息子である曹丕に見初められ、結婚することになる。
要はNTRを食らう、軟弱男がこの袁煕という武将だ。
ついでに言えば、逃亡先で弟と一緒に捕縛され、斬首される。
「は、ははは……」
ちくしょおおおおおおおおおっ!!
駄目じゃねえか、これ!
死亡フラグがバリバリ立ってる上に、脳が焼かれる運命が待ってるじゃねえか!
俺が頭を掻きむしっていると、突如聞きなれない電子音のようなものが鳴った。
【パワーアップセットがインストールされました。起動しますか?】
なん……だと……。
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