第15話
会が終わり、解散となったところで僕は学園の屋上へと足を運んでいた。
屋上は涼しい風が吹いており、食事等で熱くなった体を冷ますにはうってつけであった。むしろ少し寒いくらいだ。
空を見上げると綺麗な秋の夜空が広がっている。
ここ最近は快晴続きで星々ははっきりと地球に姿を現し、その輝きを示していた。来週からは雨が続くようでこの夜空も見納めになるだろう。
晴れの日が続く間に文化祭を終えられて本当によかった。
僕は目を瞑り、文化祭の記憶を呼び起こす。全員とまでは行かずとも、ほとんどの生徒が自分の持ちうる知恵を存分に発揮し、より良い出し物を作ろうと躍起になっていた。
ある者は構想を練り、ある者は実際に作り、ある者は問題を発見し、ある者は問題を解決する。定められた期間の中で各々が力の限り、課題に向けて取り組んでいた。
そして、課題に真剣に取り組む生徒を他所に、自分たちの利益だけを考えて尽力する者もいた。
集団で生活する以上、一定数は出てくる反逆者だ。だが、彼らもまた己の知恵を使って力の限り課題に向けて取り組んでいた。向いてる方向が他の生徒と違っただけでやっていることは変わらない。
そうした彼らの行動全てを総じて『人間らしさ』であり、僕が必要とするものだ。
「こんな所にいたらダメですよ。夜の学園は原則として侵入禁止なのですから」
後ろから女性の声によって、自然と目蓋が開く。
僕は体をひねり、彼女の様子を伺った。厳格な言葉とは裏腹に朗らかな表情を漏らす女性。鮮やかな黒髪が秋風によって煌びやかに揺れている。
「それはあくまで入学組の話であって、幼児組の僕には関係のない話です」
僕は目の前にいる七影理事長へと返答をする。
学園にある規則はあくまで入学組を対象としているものであって、幼児組には適用されない。理由は単純、僕たちは学園にとって特別な存在であるから。
「そうでしたね。失礼。でも、この前のように入学組の生徒を招き入れるのは厳禁ですよ」
「すみません。まさか知っているとは思いませんでした」
「冗談はダメですよ。結友くんが介入すれば、情報は全てこちらに流れます」
七影理事長は自分の頭を人差し指でつつく。僕たちが特別扱いされるのは脳に埋め込まれたチップに由来している。僕の外界から取り入れた情報は全てチップを通して、学園で作成している『汎用人工知能』の栄養分となっている。
汎用人工知能は人間が実現可能なあらゆる知的作業を理解・学習・実行することができる知的エージェントのことを言う。これを作成するために最も重要なものが『データ』だ。
ブラックボックスである算出方法でデータを解析し、人間の思考・行動パターンを解明する。それが学園における汎用人工知能の持つ使命である。
どうしてそんなことをするのか。
『神は死んだ』
偉大なる哲学者フリードリヒ・ニーチェの言葉だ。
技術が進歩し、今まで『神の災い』と呼ばれたものが科学的に証明されてしまった。これにより信仰宗教における神の絶対的立場は失われてしまった。
だが、人々は神に祈ることをやめなかった。
未だに宗教を信仰し、幸福なことや不幸なことに巡り合えば「神の祝福」や「神の災い」と言う。結局、人々は神という存在にすがることでしか自身の精神を安らぐことができないのだ。
だからこそ、今度は科学の力を使って人間によって『神を創る』こととなった。
全知全能の神。それを創る一つの要素となるのが『人間が話し、聞き、気持ちを抱くというプロセスのデータ』。
何が幸福となり、不幸となるのかという思考パターンを解析することで個々に啓示する役目を担う人工知能を開発することとなった。その開発の礎として、僕たち幼児組が存在する。
「その情報で一つ気になったことがあるのですが、聞いてもいいですか?」
七影理事長。開発プロジェクトのリーダーを務める彼女が僕に対して、問いかける。
「どうして、文化祭の道具を壊そうとした彼らを見逃そうと思ったのですか?」
天城さんとここで話した時に僕が言ったことを気にかけているらしい。
「天城さんに言った通りです。黙認しても文化祭自体には何の問題もないと思ったので、提案してみました」
「でも、彼女の言ったようにもし仮にバレた場合、クラスに深い傷がつくことは考慮していましたよね? それでも、黙認を提案した理由は何ですか? 私は結友くんの深い信念をお聴きしたいんです」
理事長は紺碧の瞳を輝かせ、僕の瞳を覗く。
きっとこの質問をされた時から僕の思考はデータとして人工知能の糧となっているだろう。だからこそ、ここでは正直な感想を話すことにしよう。
「まだ神がいると思われていた時代のある人物の言葉です。『どうして神様は飢餓や疫病で苦しんでいる子供達を助けようとしないのか?』。神聖でありながら、なぜ不幸な人間に対して施しを見せなかったのか。僕は『神は全てを知りたいと考えていたから』だと思うんです。飢餓や疫病で苦しむ彼らが一体何を見せてくれるのか、全知とうたわれるほど好奇心の強い神はきっとそう思ったのでしょう。おそらく、神の中では僕たち人間における幸や不幸は同じ事象としてしか考えていないと思うんです。だから僕は、彼らの行為によってクラスがどうなるのかを見てみたかった。きっとそれは大事な神の栄養分となってくれると思ったからです」
僕の言葉に理事長は表情を固める様子もなく、ただただ朗らかに頷くだけだった。
「結友くんはやはり『非人道的』ですね。でも、だからこそ私たちのプロジェクトにふさわしい人間です」
屋上に強風が吹き荒れる。涼しかった秋の風が少し肌寒く感じた。
「聴きたいことは聴けました。寒いので、中に入ろうとも思います。結友くんも風邪をひかないうちに早くここを出たほうがいいですよ」
理事長は後ろを振り返ると室内につながる扉へと歩いていく。コツコツとヒールの心地いい音が流れる。それは徐々に小さくなっていき、静かに消えていった。
最後に夜空を見上げる。真っ暗な夜闇に星が点々と輝いている。
多才の集まる日本帝都学園。彼らによって創られる人工知能は『神』となりえるのか、それとも『悪魔』となるのか。
僕は微かに頬を緩めると前へと歩き出した。
多才よれば神の知恵? 結城 刹那 @Saikyo-braster7
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます