第14話

「「「「かんぱ〜い」」」」


 文化祭が終わり、僕たち管理係で『お疲れの会』を開くこととした。

 ここは学園内にある居酒屋。日本帝都学園内には様々な施設が設備されている。その一つを利用して、会を開くこととした。


 もちろん高校生である僕らは酒を頼むことはできない。各々ソフトドリンクの入ったジョッキを手に乾杯する。


「ぷはー! やっぱり、一難終わった後のドリンクは最高だね」


 乾杯し終わってからの飲み方には性格が出ていた。

 人愛はジョッキの底を天に向けて豪快に飲み、一口で容器を空にしていた。

 上地さんはジョッキを飲み慣れていないのか、取っ手を持ちつつももう一方の手を添え、上品に飲む。

 僕と天城さんは取っ手を握り、適量飲んだところでテーブルへと置いた。


「まさか上地さんが来てくれるとは思ってもみなかったよ!」

「そんなに珍しいかしら? 三人には色々と手伝っていただいたのだから、これくらい参加するのは当然のことでしょ」

「義理堅いんだな。上地らしいといえば上地らしいが」


「そんなことより、文化祭の件に関して、どうもありがとう。私一人ではきっとここまでいいものにはできなかったわ」

「いやいや! むしろお礼を言うのはこっちだよ! 上地さんがいなかったらどうなっていたか。考えただけで冷や冷やするよ」

「利益も相当出たみたいだし、それに全学年の中で一番の好成績を修めたらしいな」

 

 文化祭では全クラスの中でどの出し物が一番良かったかのアンケートをとっていたらしい。そのアンケートで一番となったのが僕たちのクラスの出し物だったようだ。これは人愛から聞いた情報だ。


「利益としてはどれくらい出たの?」

「数十万ほどね。分配の計算方法が複雑だからアバウトにはなるけれど、一人当たり二万とかはいくのではないかしら?」

「おおー、結構な金額だね。これで新しいパソコンが買えそうだね」


「馬鹿を言わないで。二万でいいものが買えるわけないでしょ」

「え? 四万じゃなくて?」

「何を言っているの?」


「だって、上地さんと私の分含めて四万?」

「あなた何を言っているの?」

「四万ではなくて、八万の間違いではないか。なあ、八神くん」


 天城さんが僕へと投げかける。どうやら、抜け駆けは禁止みたいだ。おそらく天城さんも人愛の意見に乗っているのだろう。そして、僕も一緒に巻き込もうとしているようだ。


「正確には八万から今日の飲食代を引いた金額だけどね」

「はははっ。そこはきっちり取るんだな」

「あなたたち、さっきから何言っているの?」

「だから私と天城さんと結友の分合わせて八万ってことだよ!」


 人愛は上地さんの理解力を疑うように呆けた口調で言う。人愛にとっては当たり前のことかもしれないが、普通にそんなことを言われれば疑いたくもなるだろう。現に上地さんは答えを言われても、怪訝な表情を浮かべたままだ。


「あなた正気で言っているの? あなたではないわね。あなたたちと言っておこうかしら」

「えっ……だって、パソコンが欲しくて頑張ってたんでしょ。じゃあ、私の分も上地さんにあげる」


 上地さんは人愛の言葉を聞くと、特に何も言うことなく僕と天城さんの方へと顔を向けた。人愛の事は諦めたのだろう。まあ、互いに相容れない性格の持ち主のため理解できないのは無理もない。


「彼女の言った通りだ。何を疑う必要がある?」

「……疑うに決まっているでしょう。じゃあ、あなたたちは何のために文化祭を頑張っていたわけ?」

「楽しいからかな?」


「私は利益よりも重要なことを得られたから満足だ」

「僕も天城さんと同じ意見」

「……あなたたちって狂っているわね。後で見返りを求めるのはなしよ?」


 利益を渡す代わりに別のことを要求しようと言う魂胆で言っていると思ったみたいだ。論理的に考えて、僕たちが上地さんにあげるメリットは何もないのだから疑うのも無理はない。ただ、人は論理だけで動くほど簡単な生き物ではない。


「でも、ありがとう……とても助かるわ……」


 上地さんは僕たちから視線を逸らし、横にある壁を見ながらジョッキを飲む。僕たちを見習って、取っ手だけを持って飲んでいた。照れを紛らわせるために飲んでいるらしく、ドリンクの量はみるみるうちに減っている。


「へへへ、これでいいものが買えそうだね!」

「そんなわけないでしょ! いいものは何十万も何百万もするわよ」

「そんなに高いんだ!! ねえねえ、今度一緒に観に行ってもいい?」


「ネットで頼むから行く場所はないわよ」

「ええー! そんなー!」

「……じゃあ、別の目的になるけれど、今週の休みに私の用事に付き合ってくれるかしら?」

「今週の休みだね! 何も予定ないから大丈夫!」

「決まりね。そこで何かお礼をさせて欲しいわ」


「はははっ。さっき、見返りを求めるなって言っていなかったか?」

「……私から言う分には良いのよ。あんまり穴をつかないでくれる」


 上地さんはそう言うと再びドリンクを飲み始める。アルコールは入っていないはずだが、彼女の言動が普段とずれていたり、頬が赤く染まっていたりと、酔っているような振る舞いを見せていた。


「上地と姫薙が二人で遊ぶらしいし、私たちもどこかに行こうか?」


 天城さんが僕へと視線を向ける。僕は特に何も言わず、ドリンクを一口飲む。触らぬ神に祟りなしだ。


「ダメだよ! 結友はこっちに来るから!」


 すると人愛が誘いに反応する。隣にいる僕の腕を両腕で握り、離さないと言ったような素振りを見せた。ああー、これはややこしくなる予感がしてきた。


「良いのか、上地? 八神くんもついていくとなるとお礼品が多くなるぞ?」

「流石に看過できないわね。来れるのは一人までよ」

「だそうだ。残念だったな、姫薙。まあ、八神くんとは前にも一緒にデートしたんだ。それに夜を一緒に過ごしたこともある。今更、止めたところで無駄だぞ」


 その言い方はかなり誤解を生む気がするんだが。人愛の方を見ると上地さん以上に顔を真っ赤に染めていた。僕の腕をより一層強く握りしめ、強く睨む。


「どう言うこと、結友? ちゃんと説明して」

「えーっと……」


 これはかなりまずいことになった。デートの方は弁解できるが、夜の方は弁解ができない。やらしい意味ではなく、天城さんと僕だけの秘密に押し留めなければいけないものなのだ。人愛や上地さんのいる前では話せない。


 そうなると、自然にデートの方も弁解できなくなる。デートは違うと言って、夜は違うと言えなければ、僕はただ単に嫌な人間へと成り果てることとなるのだ。


「沈黙は強い肯定だね」


 追い討ちをかけるように天城さんが言葉を漏らす。それが人愛の感情へと拍車をかけた。


「どういうつもりよ!!」


 人愛は僕の襟を掴むと前後に揺らす。これでは弁解もできない。僕はアルコールを飲んでいないにもかかわらず、吐き気を催しそうになった。

 僕たちの様子を見て、天城さんも上地さんも満足げに笑みをこぼしていた。


 この文化祭を機に僕たちの友情は強く芽生え始めたみたいだった。幼児組と入学組の天賦の才を持つ人間が混ざり始める。これこそがこの学園が目的とするものだった。

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