第13話
「ねえねえ、結友。どう、似合うかな?」
横にいる人愛が目を輝かせながら僕を見る。彼女の動きに合わせて視線を向けると釣れたと言わんばかりに人愛は体を一周回し、自分の服を見せびらかした。
赤を基調としたワンピースでスカート部や腕部には白色のフリルがつけられている。スカートは制服と同じく膝丈くらいまで伸ばしており、露出は控えめだ。胸と腰のあたりにつけられたリボン。それにもまたフリルがつけられている。
「昨日も見たから別にそんな見せびらかさなくても」
昨日の朝の試着の際に一度見たことがあるため、特に驚くことはないのだが。
「昨日の感想がなってなかったからやり直ししてるの」
「なるほど」
どうやら難題を突きつけられてしまったみたいだ。
昨日は「似合ってるよ」だけ言ってムスッとさせてしまった。おそらく人愛は具体性を欲しがっているのだろう。
「人愛の人柄がより一層引き立つ色だね。愛に溢れる赤色と全てを包み込む優しさを持つ白色のヴェールのようなフリル。それらが合わさって、人愛の魅力が溢れる作りになっている。とても似合っているよ」
どうだろうか。彼女の特性を色で表して見せたのだが、人愛は気に入ってくれただろうか。
「うーん、40点ってところかな」
「昨日も確か40点だった気が。何が足りなかったんだ?」
「『お似合いです、人愛お嬢様!』がなかったので、大幅減点。自分の役になりきらないと! 私を労りなさい」
どうやら、内容ではなく言葉遣いに問題があったみたいだ。普段言い慣れていない言葉遣いのため、不意には出てこない。
「わかりました。人愛お嬢様」
「よろしい! ご主人様もお似合いですよ」
人愛は両手を胸に当てると僕の服を眺めて、笑顔でいう。
白のワイシャツに黒のロングコート。ネクタイではなく黒色のリボンをつけ、手には白色の手袋をつけている。
「もうすぐ開催するよーー」
廊下の方からクラスメイトの声が聞こえる。僕たちは互いに顔を外へと向けた。いよいよ、文化祭が始まる。いつものように緊張感はまったくない。自分自身も楽しめたらいいなと期待を抱きつつテーブルのある方へと出る。
教室は2対1の比で仕切られており、大きい方はお客さんの食事場、小さい方は料理や準備をするキッチンとなっている。
「おっと……」
キッチンから食事場に出ようとすると、不意に誰かと鉢あった。反射的に「すみません」と声が出る。
「申し訳ございません、お嬢様……じゃないのかな?」
彼女は僕を見ると得意げな笑みを浮かべて言った。
「天城さん……今はオフなんだよ」
「あら、それは失敬。ただオフであるのならば……」
天城さんは僕の肩に腕を乗せて顔を近づけてくる。柑橘系の甘い香りが鼻腔をくすぐった。片手にスマホをもち、カメラを内側に設定すると『パシャッ』と音を鳴らした。
「良い写真が撮れた。これで満足だ。その格好、とても似合っているよ。私が見込んだとおりだ」
満足げに写真を見ると肩に乗っかった腕が背中へと注がれる。
「そういう訳で行ってらっしゃい。八神 結友くん」
背中に添えた手に力が入り、僕はゆっくりと押し出される。見えるのは部屋を飾る綺麗な模様にケーキスタンドが真ん中に置かれたお洒落なテーブル。そして、主役であるメイドと執事の姿。
こうして、僕たちの文化祭が幕を開けた。
****
「お待たせいたしました。こちらが『ホットコーヒー』になります。お熱くなっておりますので、お気をつけてお飲みください」
教室はたくさんのお客さんで溢れかえっていた。テーブルは終始満席となっており、並んでいる客は後を絶たない。あまりにも並びすぎていたので、急遽、『時間制・予約制』という形で運営することとなった。
とはいえ、僕がやることは何一つ変わらない。テーブルに座る生徒に対して、丁寧に接するだけだ。
「ではこれから、美味しくなるおまじないをかけたいと思います。私と一緒に『美味しくなーれ、萌え萌えキュンッ』をお願いしますね。せーの、美味しくなーれ、萌え萌えキュンッ! ありがとうございます! これで美味しくなりましたので、冷めないうちにお召し上がり下さい」
接客をしていると、しばし人愛の元気な声が聞こえてくる。大勢の客に対し、手を抜くことはなく全力かつ笑顔で行う彼女に尊敬の眼差しすら覚える。僕には到底できなさそうだ。
それにしても、後どれくらい『美味しくなーれ、萌え萌えキュンッ』を聞くことになるのだろうか。明日の分も考えると、50は超えそうな勢いだ。最初は癒されていたが、途中からゲシュタルト崩壊を起こし始めている。きっと夢にまで出てくるのだろう。
「こんにちは、結友くん」
人愛の様子を伺っていると、見知った声が聞こえる。反射的に彼女へと顔を向けるとこちらを見て朗らかに笑う女性の姿があった。
「七影理事長……何かご用ですか?」
「ふふっ。七影お嬢様じゃないんですか?」
今日は全員揃って、呼び方を訂正してくるな。
「七影お嬢様……何かご用でしょうか?」
「結友くん、お似合いですね。用という訳ではないのですが、全クラスを回って様子を見させていただいているんです。ここは他のクラスよりも気合が入っていますね」
「ええ。せっかくの文化祭ですから」
「そうですね。特に君たちが主役となって行うのは数が限られています。だから今日はもてなされる側ではなく、もてなす側での経験を育んでください。それと、せっかくなので、チェキというものを撮っても良いでしょうか? もちろん、結友くんと」
「是非是非、撮っていってください」
僕が返事をするよりも早く天城さんが七影理事長に声をかける。手にはカメラを握りしめていた。用意周到だな。
「ありがとうございます。あなたは?」
「天城 紀美華と言います。八神くんとは先月くらいから仲良くさせていただいてます」
「そうだったんですね。天城さんも学園祭を楽しんでいってくださいね」
「はい。もちろん。では、八神くん。理事長を案内して」
彼女の指示に従い、理事長をチェキ撮り場までご案内する。二人横一列に並ぶ。
「それだと、全体が入らないからもう少し近づいてもらっても良いですか?」
天城さんはカメラの画面を見ながら、僕に指示する。いつもなら、この辺で大丈夫なはずなんだが。
「ではっ!」
理事長は微笑ましげに僕の腕に両手を組んで体をくっつけてきた。まるで中学校の入学式の子と母だなと思いながら、されるがままにチェキを撮ってもらった。
撮ったチェキに対して、サインと日付を書いて、理事長に渡す。
「ペンが乾いていない可能性があるので、注意してくださいね。七影お嬢様」
「ふふっ。ありがとうございます。結友くん、これはサインですか?」
「れっきとしたサインです。シンプルが一番かと思いまして」
「結友くんらしいですね。でもこれは、サインではなく、署名だと思いますよ」
誰かさんと同じセリフを七影理事長が言う。その誰かさんは僕の後ろで人知れず笑いを堪えていた。どうやら、僕のサインは誰も認めてくれないらしい。
「では、文化祭を楽しんでくださいね!」
理事長はチェキを撮って、満足げに帰っていった。
「八神くんは理事長と親しいんだな」
「ええ。僕がまだ幼児の頃に、一度担任になったから。その時に仲良くなったんだ」
「なるほど。幼児組の特権というわけか」
「まあ、そんな感じかな。さて、続きをやるとしよう」
僕は軽くあしらうような口調でそう言うと、再び接客に入っていった。天城さんとこの事について話すのは、あまり良くないと考えての行動だ。不自然のないように振る舞ったが、気づかれなかっただろうか。気づかれた場合、少し厄介な事になりそうだ。
そう思いながらも、僕は何食わぬ顔で接客へと徹した。
二日にわたる文化祭は大盛況だった。準備も含めた一ヶ月という期間の経験は僕にとってかけがえのないものだったように思う。仕切ってくれた上地さんや天城さん、人愛には感謝してもしきれないだろう。
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