第12話

 時は授業後まで遡る。僕は天城さんに連れられて学校の屋上へと足を運んだ。

 高く聳え立つ学園の屋上から見える街並みは絶景だった。近くで見ると大きいはずの建物は軒並み小さく見え、上を見上げれば橙色の空が綺麗に輝いている。


「それで僕は何に付き合えばいいのかな?」


 屋上で大きく羽を伸ばす天城さんを見ながら、僕は彼女へと問いかけた。


「八神くんは今日の様子を見てどう思う? 私としてはほんの少しの不安が脳裏によぎるんだ」

「それは今日もまたサボった生徒たちに対してのことか?」

「どうやら、考えていることは同じみたいだね」


 天城さんはこちらを振り向くとうっすらと笑みをこぼした。


「この学園には、優秀な人間が多く存在する。何かの才能に突出した生徒、ただ純粋に知能の高い生徒、人望の厚いリーダー的生徒と多種多様だ。だが、彼らは個々の能力が突出して高いのみで全体としての能力が高いわけではない。人望の厚い生徒に高度の知能が備わっていないこともあれば、高度の知能を持つ生徒が人望の薄いことだってありうる。そんな学園だからこそ、人の想像を超えたことをやってのける。それは革命的なことでもあれば、破滅的なものでもあるかもしれない。私は彼らの持つ才能を前者に適用させたい。だからこそ、後者へと成り果てるものを許してはおけないのだよ」


「天城さんにとって、彼らは破滅の道を作る因子となると?」

「私の中の倫理的観念ではね。サボった彼らの知能指数は秀でている。それは試験結果を見ればわかる話だ。ただ、彼らには感情指数が乏しい。あくまで私が日常生活を送っている上での知見ではあるが。そんな彼らだからこそ思いつく悲劇的な道」


「今日まで作られた小物・装飾類を全て破壊し、自分たち以外の係の士気を下げたところで今度は自分たちが作り上げる」


「ご名答。今回の件で利益は時間帯労働に変わった。50%の利益の分配は彼らに入ってくるが、もう50%の利益の分配はこのままいけば彼らには入らない。だから、彼らは働かなければならない。ただし、全員が作業に取り組めば、分配率は低くなる。自分たちがより多く利益を獲得するためには、自分たち以外の人の労働意欲を削ぎ、自分たちが頑張ること。そのための破壊だ。厄介なのは、彼らは破壊したものを自分たちでまた作り上げようとしているところ。これには彼らにとって二つの利益がある」


 天城さんは人差し指と中指を立て、身体でも数字を表現する。


「一つは彼らが犯人であることを悟らせないこと。壊したものをまた作るという非合理的な行動を取ることで他の生徒は彼らが犯人でないと勘違いする。賢ければ、賢いほど陥る思考だ。そして、もう一つが他の生徒からの信頼を勝ち取れること。犯人と思われていない彼らが頑張りを見せることで今までのサボりが嘘だったかのように称賛されることだろう。利益を得つつ、信頼までも得られる。ここまで自分たちにとってメリットのあることをやらないはずがない。もっとも、まともな倫理観があれば、そんなことはしないと思うが」


「でも、このまま黙認してもいいんじゃないか。結果としては文化祭までに準備は間に合う。全員が騙されていることで彼らは救世主として扱われ、クラスの絆は深まる。一応、悪いことは何一つなさそうな気はするが」


 天城さんは僕の意見に目を丸くする。次の瞬間には、息を漏らすと笑い声をあげた。


「はっはっは。君はかなり残虐な生徒だな。確かにそれも一理あるかもしれない。だが、もしばれた場合、傷はかなり深いものになる。それだけはどうしても避けたいところだ」


「仮に僕たちが彼らを捕まえたとして、告発はしないんだね」

「ああ。だからこそ、口が固く、私と同じ主観の持ち主である君に依頼をしたんだ。彼らの不正を防止し、彼らにとって不都合な情報を得ることで文化祭、いや今後の彼らの行動を制御する」

「……わかった。手伝うよ」

「そう言ってくれると思ったよ。まあ、私の杞憂に過ぎれば特に何もすることはないんだが」


 こうして、僕と天城さんの秘密裏での作戦はスタートした。


 ****


「八神、天城……」


 不正を見つけられた三人は引きつった表情で僕らを見ていた。涼しげな教室にも関わらず、頬には仄かに汗が流れていた。


「これは、面白い映像が撮れたみたいだ。私たちが懸命に作り上げた道具を破壊しようだなんて。クラスのみんなが知ったら、どんな気持ちになるかな?」


 僕の横に立つ天城さんはスマホを片手に彼らの様子を動画で撮影していた。前もってすぐに撮れるよう準備しておいたのだろう。これで彼らは確実な証拠を取られてしまった。


「天城……お前……」

「どうした? 続きはしないのかい。まあ、もしそんなことをすればクラスのみんなからのバッシングを受けるのは間違いなさそうだがな!」


 天城さんは悪魔のような笑みを浮かべながら彼らへと語りかける。絶体絶命の状況に男子生徒の一人が椅子を持ち上げる。


「ここでお前たちを痛めつけて、口を聞けなくしてやればいい。スマホも壊してしまえばこちらのもんだ」


 形勢逆転とでも言うように彼らは笑みを浮かべる。だがそれは苦し紛れの笑みであり、表情は引きつったままだ。

 

「天城さんは離れていて。ここは僕がやる」


 僕は一歩前へと出る。 


「いいのかい? 私も一応、武術は心がけているが」

「大丈夫だよ。それに味方は返って邪魔になるから」

「ははっ。怖いな。ならお言葉に甘えて、君に任せるよ」

「やれ!」


 リーダーと思われる男の一言で椅子を持った生徒が僕へと攻撃を仕掛ける。武器を持っているのだ。手加減はしない。

 目の前へと来て椅子を振り下ろす彼の攻撃に対し、降った椅子を手で制する。扱い慣れていないものを無闇に振り回しても僕には意味がない。


 力で椅子を取ると、強烈な一撃を喰らわせる。男は腹部に猛烈な一撃を食らうと唾を吐き、その場に崩れ落ちる。

 僕は何食わぬ顔で椅子を片手に残り二人を見た。


「次は誰がやる。せっかく武器を手に入れたから僕も使うとするけど」


 形勢は再び逆転する。彼らは近づく僕に対して後ずさりを見せる。


「今、君たちがここでこの場を去れば、情報は私たちだけの秘密で他言無用にする。見逃して欲しければ、小物を置いてさっさと出るんだな」

「卑怯だぞ。お前ら」

「卑怯はどちらだ。他人の頑張りをこけにして利益を得ようとするお前たちが言えることではない」

「……くそっ! 行くぞ」


 観念した彼らは教室を後にする。僕の攻撃を受けた生徒も腹を抱えながらも立ち上がり、僕を気にしながら素早く逃げていった。


「何もなくてよかったね」


 天城さんは教室の後ろまで歩くと彼らの触っていた小物を確認する。


「ああ、特に破れや傷は見当たらない。これで万事解決だな。あとはこの動画を使って、彼らに文化祭を手伝うよう交渉する。もちろん、今までの分含めてタダでね」

「天城さんは鬼だね」

「はっはっは。悪者には厳しいだけだよ。それと……」


 天城さんは持っていたスマホの画面を僕に向ける。画面には僕と彼女のチャットが映し出されていた。天城さんは送信のボタンを押す。そのタイミングでポケットのスマホが振動する。見ると、彼女から動画が送信されたことが通知されていた。


「これで私たちは共犯だ。もし、彼らが私だけを脅してきても、君が持っているから意味がなくなる」

「悪者だけではなく、正義にも厳しくないか」

「人に暴力をする人も悪者だよ」


「正当防衛なんだけどな」

「小さいことは気にするな。これでようやく不安は解消された。文化祭が楽しみだな」

「そうだね」


 為すべきことを終えた僕たちは教室を整理すると、出ていった。

 天城さんの言った通り、その後の不安は特になく、僕たちは一心不乱に文化祭の準備に励むこととなった。


 そして来る文化祭の日までに無事、準備を完了させることができた。

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