第11話

 翌日。昨日決まった案に関して、全員からの承諾を得ることにした。

 この日はHRがなかったため、授業後に特別HRを開催し、そこで案を伝えることとなった。


 帰ろうとする生徒たちがちらほら見られたため、彼らに対しては案に強制的に『承諾』してもらう条件でならば許容すると告げた。その結果、一部の生徒はその場に残り僕たちの話を聞いてくれることとなった。


 案の内容をみんなに伝えると、ほとんどの生徒は僕たちの意見に賛成してくれた。賛成しなかった生徒は文化祭に参加していなかった生徒だ。とはいえ、彼らは少数であるため、案は可決される形となった。


 僕たちの案を『文化祭が始まったタイミング』から適用したいと言う声があった。だが、昨日話した通り、労働時間を証明できる方法がないため、実行には至らなかった。

 

 僕たちは早速自分たちの案を実施することにした。

 勤怠管理にはタブレットを使用した。表の縦軸に生徒の名前を、横軸に日付を記述し、作業を始める前、終わった後に管理係に報告。管理係は報告を受けた生徒の名前の日付の部分に『報告を受けた時間』を記述することで管理することとなった。報告のし忘れは『勤務無し』とすることで各々の責任を強くした。


 HRが早めに終わったことで文化祭の準備に取り掛かる。

 準備を行う生徒は上地さんの元へ行き、名前を告げる。僕はその間、他の生徒の様子を見ていた。準備に取りかかった生徒は昨日とほぼ同じ。サボっていた生徒は教室を後にした。


「これでどうなるか実物だな」


 眺めていると天城さんが僕の元へとやってくる。


「だね。場合によっては、今日もまた残る必要が出てくるかもしれない」

「それは勘弁して欲しいな。だが、今日に関しては心配はないだろう。今見ている感じ、活気に満ち溢れている。あとはこれが文化祭開始まで保つかどうかといったところか」

「もってくれることを願いたいね。そういえば……」


 僕は教室を一瞥する。

 何だか静かだなと思ったら、人愛の姿が見当たらない。一体どこへ行ってしまったのだろうか。


「姫薙を探しているのか?」

「え……うん。どこに行ったのかなって?」

「彼女には昨日告げたことを実行してもらっている。今は別のクラスにいるだろう」


 どうやら、昨日の内緒話が関与しているらしい。それにしても別のクラスにいるとは、人愛は一体何をさせられているのだろうか。


「天城さん、助っ人連れてきたよ!」


 すると、廊下越しに人愛の元気な声が聞こえてくる。見ると、彼女は二人の女子生徒を連れてきていた。


「安藤、大倉! お前らなんでここに来たんだ?」


 驚きの声をあげたのは葛西だった。彼は彼女らを知っているようだ。昔同じクラスだったか。もしかすると……。


「人愛に言われて、手伝いにきたよ! 何だか楽しそうなことやっているらしいからね」

「うちらのとこの準備は少ないから多忙なこちらに来たんだ。頑張ったら、報酬もらえるらしいからね」

「服飾係の進捗はこれで巻き返せると思う! だから、葛西くんはデザインに集中して!」

「姫薙……ありがとう……」


 葛西のお礼に人愛は手を前に出し、親指を立てた。


「なるほど。だから役割ごとの報酬を撤廃させたんだね」

「ああ。進捗を巻き返せる方法は『作業時間を増やす』、『作業人員を増やす』、『作業単位を減らす』のどれかになる。一つ目は服飾器具の使用時間の観点で難しい。三つ目は葛西のプライドからして減らすのは躊躇われると予想した。だから、二つ目に焦点を与えるしかなかった。クラス単位で行っているため、作業人員を増やすという施策を普通は考えはしないだろう。だが、常識を捨てて考えれば意外とすぐに答えは見つかる。必要なのは、『利益』と『人望』さ」


 だからこその人愛と言うことか。あの短時間でよくそこまで考えられたな。流石は天城さんと言ったところか。


「これで服飾係の進捗問題も解消されるだろう」

「となると、あとは全員の士気さえ落ちなければ安泰といった感じになりそうだね」

「そうだな。ねえ、八神くん、今夜何か用事があったりするか?」


「いえ、特には」

「そうか。では、少し私に付き合ってくれないか。スリルのあることを君と一緒にやりたいと思ってね。安心しな、何もなければ穏やかに終わるから」


 天城さんは唇に手を当てると、微笑みながら僕の目を見た。おそらく、天城さんも僕と同じ考えにあるみたいだ。

 僕は彼女の提案に頷くことで肯定を示した。


 ****


 電気が落ち、真っ暗闇な空間に包まれる。窓を覗くと昨日と同様に無数の星が光り輝いていた。月はほんの少し満ち欠けている。


「何だかドキドキするね」


 外を見ていると、隣にいる天城さんが微笑ましく覗いていた。誰にも気づかれないように小さな声で僕へと声をかける。暗闇の中、緑色の瞳が輝かしく光る。僕は視線を彼女へと移した。


「ええ、まあ。このドキドキする原因が現実にならないといいけど」


 僕たちは今、校舎の廊下の壁にもたれかかっている。階段付近で身を潜めるように佇んでいた。校舎内を点検する警備員をうまくかい潜り、誰もいない校舎の中に入ることに成功したのだ。


「そうであると切に願うよ。頭に引っかかった不安だから、わざわざ危険を冒してまでここにいるが、無駄足であってくれた方がありがたい。まあ、もし無駄足だったら二人で楽しいことでもしようか。夜の学校というのは案外萌えるものだからね」

「階段にいるのはいいけど、もし彼らがこっちの階段から登ってきたらどうする?」


 僕は天城さんの話題には触れず、話題を変える。この階につながる階段は二つある。待ち人と下手に遭遇しないよう確率の低いこちらの階段で待つことにしたが、万が一の場合を考えて遭遇してしまった時の対策を練ることにした。


「ふっ、あんまりこういう話題は好きじゃないか。そうだね、その場合は私らも階段を登るとしよう。少なからず、彼らがこちらの階段を登る際は音がすると思うからね」

「了解」


 そういうわけで僕たちはなるべく沈黙の時を過ごすことにした。下手な音を立てて、彼らが階段を登る音に気がつかないという失態を防ぐためだ。

 長時間待っていると、足音より先に扉を開く音が耳に響いた。続いて電気のつく音が響く。


「どうやら、予想は的中したみたいだね」

「喜ぶべきか悲しむべきか、これで待ち人ではないというオチだと嬉しいのだが」

「だね。ひとまず、大事が起こる前に教室の近くまで行こう」


 僕たちは抜き足差し足で教室に入った人たちに気がつかれないように廊下を歩く。電気がついていたのは予想通り僕たちの教室だった。

 そこまで辿り着き、ゆっくりと中を確認する。


 相手にバレないように中を覗くと、三人の生徒がいた。

 やっぱり、僕と天城さんが不安に思った通りだったか。僕は心の中でため息をつきながら彼らの様子を確認する。


 決定的瞬間で彼らの前に現れるため機会を伺う。

 三人組は教室の後ろへと歩いていった。立ち止まり、あるものに手をかける。

 文化祭で使う小物、そして装飾の数々。それらを手に取ると破るような形で両手で掴む。


 今だ。僕は教室に入った。

 音を立てず、電気のスイッチを切る。そして、すぐ点けた。


「な、何だ!」


 三人組は戸惑いながら後ろを振り返る。

 そして、教室の前にいた僕と目があった。僕は彼らに無言の圧力をかけるように見る。

 目の前に映る男子生徒三人。彼らは漏れなく文化祭の準備をサボっていた生徒だった。

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