第10話
「では、会議を行うわ」
文化祭の作業が終了し、他の生徒たちが帰ったところで管理係のみの会議が始まった。
赤と紫の幻想的な世界は幕を閉じ、今は暗いヴェールに包まれている。まん丸に光る月と無数の星が街を照らしていた。
「まずはこんな時間まで残る形になってしまったことを謝罪させて。ごめんなさい」
教壇に立った上地さんは深々と頭を下げる。まさか上地さんが謝るとは。僕たち三人は顔を合わせる。天城さんは自分の席ではなく、僕の左の席に腰をかけていた。
「ぜんぜん! 私なんてこの前の休日、広告配りできなかったからようやく頑張りどころが来たって感じだよ!」
「どうせ帰ったってやる事はないんだ。今日くらいは多少なりとも有意義に過ごそうと思うよ」
「ありがとう。では、早速始めていきましょう」
上地さんはペンを取ると、黒板に文字を書いていく。
『問題点』と大きく記述し、番号をつけて箇条書きに書いていく。
問題点は以下の二つだった。
1.進捗の問題
2.クラス全体の士気の問題
「問題点は大きく分けて二つ。『進捗の問題』と『クラス全体の士気の問題』よ。前者に関しては服飾、装飾・小物係が大きく目立つわね。特に、服飾は前々日までには完成させて、SNSで実際に洋服を着た執事、メイドさんを載せておきたいところね」
「今のところは料理ばかりだからね。それでも、かなりの評価がされている。ここに執事やメイドが加われば、集客はかなり期待できる。ただ、料理の評価が高い分、下手な服飾のデザインを見せれば、客は減る可能性が高いわけだが」
天城さんは自分のスマホを覗きながら、上地さんへと言葉を述べる。
「そうなると、クオリティを保持しつつ、前々日までに完成させられるようにって言う感じかな? ねえ、上地さん。どうしても前々日までじゃないといけないの?」
「そうね。ただ、一つ方法が有るとすれば、前々日に『執事』を。前日に『メイド』をSNSにあげることによって、負担を減らす事はできると思うわ」
「了解! そう言う事なら、今は二手に分かれた人員に対して、比重をかける事でうまくやれるかもしれないね!」
「服飾に関しては僕らでは知識が足りない。葛西くんや他の服飾のメンバーに任せる以外の方法は取りづらいだろうから、彼らには引き続き、服飾に専念してもらおう。二番目の士気の問題は服飾係には当てはまらないと思うからね」
「うん! 今日だって、みんなすごく頑張ってたから。まあ、葛西くんは危なかったけど。ははは……あっ……」
人愛は「しまった」と言ったような表情を見せながら、前の教壇に目をやる。葛西の士気を下げる原因となった生徒がすぐそばにいることを忘れてしまっていたらしい。
上地さんは特に人愛の言動を指摘する事はなかった。彼女もそれは承知の上なのだろう。
人愛は上地さんの様子を見て安堵するように息を吐いた。
「服飾はいいとして、問題は装飾・小物係だな。特に男子生徒の何人かは作業に全く参加していない。他行事で忙しい生徒もいるが、一部はただ単にサボっている様子だ」
「そうね。面倒なのは、そのサボっている生徒が影響して、他の生徒のやる気が削がれているところ。だからこその全体の士気問題よ。最初に手掛けた利益配分の方法が良くなかったわね。ごめんなさい」
「まあ、そう自分を追い込むな。やってみないとわからない事はある」
「けど、想定できることではあった。論理的に考えて、利益が変わらないのであれば、仕事を如何にやらないかを探るに決まっていた。まだまだ考えが足らなかったわね」
「それはあくまで結果論に過ぎない。無利益だとしても、誰かのためにと働く人間は山ほどいる。論理だけでは説明できないのが人間だよ。過ぎたことを考えるより、これからのことを考えよう」
「ええ、そうするわ」
「前もって利益の分け方を決めたらサボったと言う事は、利益の分け前を考え直す必要がありそうだね! 働いた時間と役割から割り出せばいいかな?」
「一番手っ取り早い方法はそれでしょうね。でも、一つ問題点がある。元々、役割で分配しようとしていたのだから、今までの労働時間を測ってはいなかった。それに、いきなりそんなことをしたら、不満を漏らす生徒たちがいるでしょうね」
「特にサボった人間はそれが顕著に現れるだろうな。下手な説得は無駄な労働時間を引き起こす。ただでさえ時間がないのにそんなことをされたら溜まったものではない」
「できることなら、有無を言わさないような理由を作りたいわね」
「何かいい方法はないかな??」
三人はしばらく考える素振りを見せる。しばしの沈黙が教室に起こる。先ほどまでの熱気のある議論の余韻を感じながら、僕は彼女らの考えを待った。
「ねえ、結友!」
黄昏ていると、不意に人愛が僕を呼んだ。顔を彼女の方へと向けると、人愛はムスッとした様子で僕を見ていた。
「何かあった?」
「さっきから何も発言してないけど。ちゃんと考えている?」
ぷくっと頬を膨らませて、僕に怒りの表情を見せる。今の人愛の怒り方には全くもって嫌な感じを抱かない。むしろ心地良さを覚えてしまうほどだった。なんだか平和な世の中を感じさせてくれる。
「人愛よりは人一倍考えているよ」
「うっ!」
怒った人愛に一筋の矢が刺さる。彼女は呻きながら胸を抑えた。僕の一言でかなりの損傷を負ってしまったようだ。
「君の中では何か考えがあるようだね」
「私から見ても、そう思えるわ。悪いけれど、教えてくれないかしら?」
「一つのアイディアとしてなら。多少アバウトだけど、文化祭の準備に本格的に取りかかってから文化祭開催までの期間に対して、今日でちょうど半分。だから、『今日までの分配』と『明日からの分配』で分配方法を変えればいいかなと。利益を半分に分けて、半分は従来の分配方法で、もう半分は新しい分配方法」
「確かにいいアイディアかもしれないわね。明日から労働時間を取れば、先ほど姫薙さんが言っていた方法を取ることができる。流石ね、八神くん。これなら、全員の納得を得られると思うわ」
「……一つ私からも提案したいのだが。これからの方法では、あくまで労働時間のみの換算で、役割に対しての分配はなしにするのはどうだろう?」
「理由を聞かせて」
「簡単な話さ。係ごとの流動性を持たせる目的だ。料理係の進捗状態は順調でこのままいけば、いずれ空き時間が出る。メイド・執事は今も時間を持て余しているだろう。仮にサボっている連中が引き続き、サボりを見せたとしても、他の人間が取って代わることができる。その際に役割ごとに分配が決められているといろいろと面倒くさいからね」
「なるほど。それは良いアイディアね。流石は天城さんと言ったところかしら」
「八神くんがベストな考えてくれたからね。私も負けてはいられないさ」
天城さんは笑みを浮かべながら僕を見る。正直、僕は天城さんと知恵比べをするのはごめんだ。彼女を失望させかねないのだから。
「まずいな……私だけ何も考えられていない。このままじゃ、役立たずになっちゃう……」
隣の人愛が僕たちを眺めながら、落ち込んだ様子を見せる。矢が刺さったり、落ち込んだりと忙しい人だ。
「そんな事はないさ。むしろ、姫薙が一番役に立つことになると思う。少しこっちに来てもらって良いか。私から頼みたいことがある」
「一番役に立つ!」
人愛は目を光らせながら、天城さんのところに行く。天城さんは内緒話をするように人愛の耳に口を近づけていった。もしかして、天城さんは上地さんに言った理由以外に何かを企んでいるのだろうか。
「そう言うことね! ふっふーん、これは私にしかできないことかも!」
内容を聞いて、人愛は得意げな表情を浮かべる。もちろん、内容は僕にも上地さんにも聞こえていない。
「でも、大丈夫かな? 忙しかったりするかもしれないよ?」
「まあ、物は試しさ。もしダメだったら別の方法を考えよう」
「了解!」
「少し気になるところだけど、あなたたちに任せるわ。二人が良い考えだと思うのなら、心配する必要はないでしょう」
「うん、任せて!」
「では、今後の方針が決まったところで会議は終わりとしましょうか。悪いけれど、引き続きよろしく頼むわ」
「「「了解」」」
決まったところで僕たちは荷物を持って、教室を後にした。
「天城さん、さっきの人愛との話。一体何を話していたの?」
僕は二人が話していた内容が気になり、天城さんに声をかけた。天城さんは僕に対して、得意げな素振りを見せた。
「それは今後のお楽しみ。ヒントを出すなら、『大事なことは、君の頭の中に巣くっている常識という理性を綺麗さっぱり捨てることだ。尤もらしい考えの中に新しい問題の解決の糸口はない』かな。偉大な発明家トーマス・エジソンの名言さ」
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