第7話

「それで、なんで天城さんは僕を付き添いにしたんだ?」


 天城さんは住宅の前に立つとバッグから広告を取り出す。ポストの口を開け、広告を入れるとポストを閉める。閉まるときの甲高い音が僕たちの周囲に響き渡った。

 歩き出す彼女に従い、僕も止まった足を前に進めた。


「君と二人きりで話がしたかったんだ。言い換えるなら、『デート』をしたかったといってもいいかな」

「はあ……なんでまた僕と? 天城さんとの接点はあまりない気がするけど」


 前を行く天城さんはこちらを振り返ると優しげな笑みを浮かべた。彼女の瞳は明らかに僕への興味を示していた。


「こういう場合、多少なりとも顔を赤く染めて照れていただきたいものだったのだがな。それとも、私はそこまでに値する女性ではなかったかな?」

「いえ、そんなことは。天城さんは十分魅力的だと思う」

「ふっ。ありがとう。照れさせるつもりが、こちらが照れてしまいそうだね。質問に戻ろうか。私は君に興味があるんだ。だから話がしたい。私が二日も一緒にいたいと思う人は極稀だよ」


「話と言っても、僕にできることは特にないよ」

「そうでもないさ。君は日本帝都学園に幼児の頃からいるんだよね。私は高校入学組なんだ。だから、小さい頃からこの学園にいた人間の私見を聴きたくてね。幼児組は意外と闇が深いと聞く。そういう話は意外と好物なのだよ」

「私見と言われても、特にはない。入学組と違うのは、父母がいないことくらいかな。仮にいたとして、彼らはただの生産機でしかなかった」


「ふふっ。平然とそんなことが言える君はやはりどこか狂っているね。君たち幼児組は外の世界に住む人々のことをどう思っている?」

「さあ。多種多様だと思う。あるものは好意を抱き、あるものは興味深いものとして見る。共通しているものとすれば、僕たちと彼らは全くの別種と認識している点かな」

「見た目は一緒なのに、別種としているのはどうしてだい? 場合によっては差別としても捉えられる事柄だな」


「それに関してはわからない。そうプログラミングされているというのが、一番かな。そして、これは差別ではなく区別みたいなもの。多種多様とは言っても、誰一人として彼らを軽蔑することはない。むしろ、彼らがいて、この社会が成り立っているのだとそう教わっている。」

「なるほど……だからこそ、入学組ともうまくやれているわけか。むしろ、我々入学組の方が害悪になっているわけか。君はもしかして、そこまで悪い人ではないのかもしれないね」


「どういうこと?」

「本人の許可なく、盗み聞きをする形になって悪いが、君の中学時代に起こした不祥事について聞かせてもらったことがあるんだ。3人の集団相手を病院送りにするほどの不祥事を起こしたことにね」

「ああ、その事か」


「ははっ。病院送りにするほどの出来事をそんな些細なことのように言うとはね。なぜ、そんなことをしたんだ。私はてっきり入学組に対して敵意を抱いていたのかと思ったが、君の言葉を聞く限りは違う気がしてきた」

「そうだね。あの時に関しては敵意を抱いたのは僕ではなく、彼らの方だったから」

「君は返り討ちにしたわけか。どうして彼らは君に敵意を向けたんだ?」


「さあ。彼らがここにいる自分たちは勝ち組だとか、外の世界の人たちを軽蔑するような発言をしていたから、理由を聞いたんだ。その回答を聞いても納得ができなかったから、さらに深掘りをした。そしたら、彼らは怒って僕に攻撃をしてきたんだ」

「はっはっは。それは傑作だな。君はまるでソクラテスだ」

「ソクラテス?」

「偉大なる哲学者の名前だよ。君は相手の言葉に対し、質問を投げかけ続ける『問答法』を実践したわけだ。相手が怒って暴力と言う選択肢をとるのは無理もない。彼らは自分たちの優勢を認めさせたいがために特に理由もなくそう言っているんだから。それにしても、よく3人相手に勝てたものだな」


「小さい頃から武術を心得てたから。僕は議論が好きなんだ。他人の思想がどのように構成されているのかに興味がある。それを話した際にある人に言われた。『議論が好きであるならば、まずは体を鍛え、何者にも負けない肉体的力を有する必要がある』ってね」

「なるほど。どうやら、その先生は哲学者であるパスカルの教えを君に授けたのだろう」

「パスカルの教えとは?」


「『正義は議論の種になる。力は非常にはっきりしていて、議論無用である。そのために、人は正義に力を与えることができなかった。なぜなら、力が正義に反対して、それは正しくなく、正しいのは自分だと言ったからである。このようにして人は、正しいものを強くできなかったので、強いものを正しいとしたのである』。だからこそ、議論するにあたっては自身が相手よりも力を有する必要がある。もしそうでなければ、相手は力で自身をねじ伏せようとするのだから。そう言う意味で、その人は君に言ったのではないかな」

「それは一理あるかも。天城さんの言葉は何だかすごく腑に落ちる」


「ありがとう。きっとそれはハロー効果のせいだろう。私自身は何者でもないが、偉大なる著名人の言葉を引用することで、最もらしい言葉を並べているように見えているだけさ」

「なるほど。あとは、喋り方とかも聴いていて心地がいいかな」

「それは親に感謝だね。そうか、君とは仲良くやれそうだよ。私も議論は好きだ。この二日間、いやそれでだけではない。文化祭までの君といられる期間は楽しそうだ」


「別に文化祭終わった後でも、話くらいはできるよ」

「そうだな。ただ、君と話す際はできれば二人きりがいいかな」

「なんでまた?」


「気分的な問題さ」

「天城さんって変な人だね」

「君が言うなよ。変な人は君も同じさ。いや、みんな誰かにとっては変な人かもしれないね」


 僕は彼女と話す時に確かな高揚感を覚えていた。人愛とはまた違った思考を持つ彼女は話していてとても楽しいものだった。とても知性的な彼女と話すことで自身の理解を深めることができていた。論理的であり、心理的である彼女はどこか僕と似ている気がした。


 僕たちは互いの過去や考え方について二日間に渡って話した。

 この二日間できっと僕たちの友情は大いに深まっただろう。僕にとってはかけがえのない二日間となった。

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