第6話
「さて、では誰がどこをやろうかしら?」
駅に着いたところで人員の割り振りについて上地さんから話が始まった。
「私は右隣の駅に行くよ。八神くんもこっちにこないか?」
「別に構わないけど。じゃあ、僕は左隣の駅で」
「わかった。では、終わり次第、ここで待ち合わせしましょう」
「ああ、それなのだけれど、広告を配り終わったら、その時点で解散ということでどうだろう? せっかく隣町に行けるのだから少し寄り道したいところがあるんだ」
「わかったわ。集合しても特に何かあるわけではないから大丈夫よ。八神くんもそれでいいかしら?」
「異議はない」
決まったところで僕と天城さんは改札の方へと足を運んでいった。上地さんはスマホを片手に別の方向へと歩いていく。
改札へと足を運ぶと、学生証をICカード置き場へと置く。日本帝都学園の学生証にはチップが入っており、国が運営している物に関しては無料で扱うことができる。
「んじゃ、僕はこっちで」
互いに両隣の駅に行くため、向きの違う電車に乗る必要がある。だから天城さんとはここでお別れだ。
「何を言っている? 君もこっちだろう」
だが、天城さんは呆けた表情を見せ、僕の言葉を否定した。何を言っているのは天城さんの方だろう。
「いや、両隣の駅だからさ。天城さんが右で、僕が左。だから向きの違う電車に乗らないと」
「はあ、君は察しが悪いみたいだね。あまり女性を困らせてはいけないよ。私が君を誘ったのは君と一緒に行動をするためさ」
「え? でも、駅が違うんじゃ」
「一緒に回ればいいだろう。そのために終わった時点で解散や時間について上地さんに確認したんだ。プライベートの時間なら無駄にしていいと」
「……もしかして、最初からこれが目的で?」
「当たり前だろう。私がなんの目的もなしに働くと思うか。君が私を誘ったから私はここにいる。なら、君が私に付いてくるのは当然の義務じゃないか」
「でも、二人で回って、終わる量かな?」
「明日も休日なんだから、終わらなかったら明日も回ればいい。明日は都合が悪いかい?」
「いえ、別に。ただ、それでは上地さんがせっかく用意してくれたものは意味をなさないね」
「そんなことはないさ。敷かれたレールに従うのはあまり好きじゃないが、楽ではあるからな。行き当たりばったりで動くと道を選ぶのに気を取られて、メインのお話に集中できなくなるか。それに上地としては、ありがたいことだと思うぞ。なんせ使うはずだった二千円が自分の元に返ってくるわけだからな」
「まあ、それもそうだね」
そう言うわけで、僕は足の向きを天城さんへと向ける。そして、二人で同じ方向の電車に乗ることとした。
ホームにたどり着くと、そこにいた人々が僕たちへと一礼をする。
学園からここに来るまでの間もずっと同じ体験をしてきた。僕たちもまた、彼らに挨拶を返す。天城さんについていくように僕は歩を進める。彼女は誰もいない番号へと歩いていった。
「わざわざ誰もいないところに行かなくても、僕たちが止まれば人はいなくなるよ?」
「電車に乗ると、いやでも人が離れていくからね。せめてホームくらいは人が離れないように努力するまでだよ」
「天城さんって、人に気を使うタイプだったんだね」
「意外かい?」
「まあ。授業中に寝ていたりとかで、先生を困らせていたりするから」
「ふふっ、そうだね。彼らに対しては、全く気を使うつもりはないよ。対等である人間だからね」
「ここにいる人たちは違うと?」
「ああ。私たちのために一定の自由を奪われた彼らを対等と言えるはずはないだろ?」
「なるほど。差別的な意味ではないんだね。むしろ敬意を抱いていると言った感じかな」
「そう思ってもらえて光栄だ」
話していると電車がやってくる。風を切るように猛スピードで通り過ぎる列車は次第に遅くなっていく。最初は見えなかった中の様子がどんどん鮮明になっていく。やがて、列車が止まると僕たちを窓越しに見た人たちは軒並み扉を後にした。
さらに、列車に座った人もまた立ち上がり、隣の列車に乗り移る。
外の世界に出るときは日常的である光景を覗きながらも、僕たちは列車に乗った。
がら空きとなった列車に二人でポツンと座る。隣の列車を見るとぎゅうぎゅう詰めになっていた。
「上地さんがいたら、『なんて効率の悪い人たちなの』と言いそうだね」
「はっはっは、確かにな。理系思考が高ければ、そう思うのも無理のない光景だな。ただ、これは避けようのない事象だからね。効率よりも社会規範を優先した結果さ」
天城さんは自分の腕にはめられた腕輪を覗く。腕輪の機能の一つに、一般市民の脳に埋め込まれた『ニューラルシステム』への介入がある。腕輪とニューラルシステムが一定距離まで近づくと市民に通知がいく。
僕たち『日本帝都学園』と外世界に住む人々の間には、明らかな階級が定着している。彼らは僕たちを崇め、僕たちの行動を優先させるように動く。その結果、不平等な列車密度を生み出している。
「まあ、新に効率を重視するのであれば、我々が乗らないと言うのが一番だろう。隣駅ぐらい歩いて行けとな」
動き出した列車が止まり、隣駅についたことを知らせてくれる。
僕たちは立ち上がると、電車の外へと出た。出る際もまた、扉越しに映る人たちが一礼をして横へとスライドする。
「おそらく、一定数の人間は僕たちが出た後にそう思うだろうね」
「間違いない。そうでなければ、私としては不安で仕方がないよ。ただ、そう思ってしまう人間はこの先不幸になるだろうね。『なぜ、自分はあいつらにこんなことをする身分なんだ』とね。そして、その不幸を他の人間たちにも押し付ける。『戦争、国家間の憎しみ、階級闘争ーこれら人類の敵は圧倒的な劣等感から逃げ、それを補償したいという願いが元である』心理学者アルフレッド・アドラーの言葉だ」
「戦争の引き金になると?」
「そうだね。ただ、この場合はデモが正しいかな。おそらく、この国の何処かでは起こっているのではないかな。うまく私たちに情報が行き渡っていないだけで」
「そうなると、今ここに僕たちがいるのは案外危険だったりするのかな。でも、もしそうであれば、僕たちを外に出すのを禁止する気はするけど」
「我々は上流階級ではあるが、必要不可欠な人間ではないと言うことだろう。いくらでも代わりはいる人間であり、その気になればいくらでも作り出せる人間である。私としてはそのほうが気が楽だし、自由であるから嬉しいのだけれど。過度な保護はそのものの自由を奪う」
「誰かの言葉か?」
「いや、これは私の心の中にある言葉だよ」
再び改札へと赴き、出口に出た。天城さんはポケットからスマホを取り出すと操作する。きっと、上地さんからもらったルートを見ようとしているのだろう。
「さて、では回ろうか。歩くと言っても、下手に遅くすると2日で回りきれないからな」
そうして、僕ら二人は街を歩いた。
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