第5話
休日。上地さんに誘われ、僕は校門近くへと足を運んだ。
日本帝都学園は全寮制となっており、学内にある寮に泊まっている。そのため、休日といえど学園にいる状態だ。
歩いていると、一人の女子生徒が見える。青と白のチェックのシャツにジーパン姿の少女。普段は制服姿しか見ていなかったので、私服姿の彼女を見るのは新鮮だ。
「おはよう、上地さん」
声をかけると彼女はこちらに目をやる。化粧はしておらず、普段と同じすっぴん姿だ。一つ違うのは黒縁の眼鏡をかけているところだろうか。おそらくデジタルグラスで視覚を通して情報を得ているのだろう。
「おはよう。私服姿は初ね。似合っているわ」
「ありがとう。そう言ってもらえて嬉しいよ」
特に何も考えず、普段と同じ服を着てきたわけだが。まあ、女性から似合っていると言ってもらえるのはありがたいことだ。
「それで天城さんは?」
「一応連絡はして、本人からの返事はあったから来るとは思うけど」
「普段の学校生活を見ていれば、遅刻する確率は高いかもしれないわね」
「それに関しては同感かな」
僕たちは天城さんが来るまでしばらく待つことにした。上地さんはパッドのスクリーンに目を当てながらイヤホンで何かを聞いている。動画でも見ているのだろうか。僕はそんなふうに思いながら近くの木へと目移りする。
小鳥が止まっており、囀りが聞こえてくる。自然音を聞きつつ、新鮮な空気を感じながら呼吸を繰り返す。上地さんとの静かな空間は僕にとっては心地のいいものだった。互いに気を遣うことなく、自分の世界に入り浸ることが出来る。
いつもなら、多少なりとも話題を提供するべきかと思考を巡らす。馴染みのない相手なら特にだ。だが、イヤホンをつけて聴く姿勢を見せない上地さんを前にそんな考えは無駄だと思わされた。
余計な口を開けさせてくれない行為は僕にとってはありがたい。
下手に喋るとあまり良いことは起きない。僕の人生における教訓の一つだ。
「すまない。遅れた」
しばらくして天城さんがやってくる。
白のTシャツにデニムジャケットを着飾り、黒のショートパンツを着ている。普段はつけていない片耳だけのイヤリングには彼女らしさがでていた。
「集合時間1分過ぎなら誤差よ。天城さんも今日は来てくれてありがとう」
「別に構わんさ。休日はいつも暇を持て余しているからね。それで何をするつもりかな?」
「まずはこれを二人に渡すわ」
上地さんは肩にかけていたバッグの中身を探るとポーチを二つ取り出す。それを僕ら二人へと手渡した。
「これは?」
「この前言っていた広告のデザインをA5のサイズで印刷したものが入っているわ」
チャックをあけ、中を確認すると紙の束が入っている。紙束を手にとり表紙を向けるとスマホで見た記憶のあるデザインが印刷されていた。裏は白紙となっている。束の厚さは太く、かなりの枚数があるのは確かだ。
「この学園から最寄りの3駅を中心に広告を配っていく。巡回ルートは私たち3人のグループを作成して、チャットに載せておいたわ。そのルートを辿りながら、通った家のポストに広告を入れていく。ルートはAIによって、一番多くの家を辿ることができる最短経路を導き出してもらったわ」
「巡回セールスマン問題ってやつだね」
「巡回セールスマン問題?」
「端的にいえば、『セールスマンがいくつかの地点を1度ずつすべて訪問して出発点に戻ってくるときに、移動距離が最小になる経路』を求める問題のことを言う。今回は地点を住居にしたと言ったところか」
「詳しく言えば、地点は住宅グループとしているわ。計算量の都合上、下手に多くすると導き出すまでに時間がかかってしまうから」
「なるほど。ひとまずはGPSで自分の場所と掲示された経路を照らし合わせながら進んでいけばいい感じかな?」
「ええ。それとこれも渡しておくわ」
上地さんがスマホをいじると、僕と天城さんのスマホの通知がなった。通知の内容を覗くと、上地さんからチャットで千円のデジタル通貨の送金申請が来ていた。これを承諾することで上地さんの口座から僕の口座に千円が移動する仕組みになっている。
「これは?」
「1日で回り切れるように担当の駅に着いたら、自転車をレンタルして巡回してもらおうと思う。最短経路を計算したのもちゃんと1日で終われるようにするためだから。2日かけると、余計な金額と時間を使うことになってしまうからね」
「時間というのは、文化祭で使える時間と捉えていいのかな?」
「ええ。構わないわ。何か質問はあるかしら?」
「「いいえ。特には」」
僕も天城さんも特に質問はない。上地さんの説明は分かりやすく、漏れもないため気になる点は特に出てこなかった。
「では、行きましょうか」
そうして、僕たちは校門の方へと足を運んでいった。
校門は、真ん中に車の通る道路があり、端が歩道となっている。校門を出る前には警備員のいる小さな戸建てがあり、歩道側から窓越しで話すことができる。
「すみません、三名外に出ます」
上地さんを先頭に僕らは警備員に声をかける。
暗そうな髭面のおじさんが振り向くとこちらに対して、声をかけてきた。
「外出期間と名前を教えて」
「今日中には帰ってきます。名前は、上地 桔梗、八神 結友、天城 紀美華の三名です」
「はいよ」
警備員のおじさんは目の前に置かれたデスクトップPCで情報を入力する。
キーボードとパッドの操作は手慣れた様子だった。何年もここで働いているのだろう。
入力を終えると、おじさんは三つの腕輪を窓越しに渡してくる。
「それぞれ、君たちから見て右側から上地 桔梗、八神 結友、天城 紀美華の腕輪だ。各々手首につけるように。どちらの手につけても構わない」
警備員のおじさんの指示に従い、腕輪を右腕にはめた。
GPSが搭載されており、何かあった際にすぐに探すことができるようになっている。貴重な生徒である僕たちは終始学園に監視されているのだ。強固なものとなっており、無理やり外すためには腕を切り落とすしかない。
また、腕輪に刻まれたロゴによって『日本帝都学園』に在籍している証を周囲へと告げる。自分で言うのもなんだが、日本帝都学園の生徒は地域の人々から優良な人間として崇められている。そのため、この紋章を見たら、色々と手助けをしてくれるのだ。
「では、お気をつけて」
案内を終えたところで学園を出る。学園からの最寄りの3駅のため、みんなで駅のほうに向かうこととなった。
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