第4話

 翌日、僕と人愛は食堂へと足を運んでいた。

 普段の昼食は教室で済ませることが多いのだが、今日に関しては違った。

 昨日のHRで散々な悪口を言ったことで不貞腐れてしまった人愛の気分を取り戻すため、食堂のスペシャルランチセットを奢ることとなった。


 4人用の席に向かい合わせになって座る。


「美味しそーーー!」


 人愛は自分の前に並べられたメニューを満足げに見渡す。

 ご飯に味噌汁のセット、メインにはロースカツと巨大なエビフライが付けられている。頼んだタイミングで揚げてくれたようで切られたカツから肉汁が出ている。見ているだけでよだれが出てきそうだ。


 せっかく食堂に来ることになったので、今日は僕も食堂のメニューを頼むことにした。人愛に多大なる金額を払ってしまったので、僕は質素に中華麺だ。普段なら美味しそうに見えるのだが、視線の横に入る豪華な料理を見ると相対的に見劣ってしまう。


「はい、結友」


 そんなことも言っていられないと、ラーメンに箸をつけると人愛が僕を呼ぶ。横を振り向くと彼女は僕に向けて箸を差し出していた。先にはカツが掴まれている。


「一応、私だって人情はあるから。口開けて」


 言われるがままに口を開けると、人愛は無理やりカツを入れてくる。噛むとパリッという固い音が聞こえ、すぐに柔らかい感触が僕を襲う。柔らかい感触を堪能すると噛んだことで出てきた肉汁が口の中に広がる。外はパリパリで中はジューシーをまさに体現していた。


 美味しく味わっている僕を横目に人愛も口の中にカツを入れる。口の中に含むと幸せそうに目を閉じ、頬を手で覆った。


「美味しいね! さすがスペシャルランチセット。これがタダで食べられるなんて人生幸せだわー」

「タダじゃなくて、相方がその分の負担を背負っていることはお忘れなく」

 

 仕方がない。今日の人愛へのランチ分は文化祭の利益で取り返すとしよう。


「相変わらず、仲がいいわね」


 二人で食べていると、お盆を持った上地さんがこちらへとやってくる。彼女の食べるメニューもまたスペシャルランチセットだった。


「隣座ってもいいかしら?」

「どうぞ、どうぞ。上地様」


 人愛は上地さんが座る椅子を丁寧に引く。上地さんのおかげで文化祭の進捗が順調であることを人愛は嬉しく思っているのだろう。それに、スペシャルランチメニューの満足感も少しばかり加わっているに違いない。


「ありがとうと言いたいところだけど、その幸せそうな笑みがなんだか気持ち悪いわね。それに、人のことをいきなり様付けするのも怖いわ」

「そんなことありませんよ。上地様には感謝してもしきれません」


 人愛の口調はだんだんおばあちゃんみたいになっていく。一体、人愛は何を目指しているんだろうか。上地さんは人愛の対応に怪しげな表情を見せつつも横に座る。特に何もないことに安堵すると、行儀よく「いただきます」と挨拶をした。


「上地さんはいつも食堂でご飯を?」

「ええ。ここの食堂のご飯は美味しいから。お腹いっぱい食べて、お昼に思いっきり寝るのが心地いいのよ。生きているって感じがするわ」

「確かに昼の授業はいつも寝ているもんね」


 彼女の隣に座っているから、何となく横目で何をしているのかが目に入る。寝ても学年でトップの成績を誇っているのだから、先生も怒るに怒れない状態だ。


「八神くんがここにいるなんて珍しいわね。いつも教室で食べているでしょう?」

「まあ、いろいろあってね……そんなことより、何かあったのか?」


 一人を好みそうな上地さんが僕たちのところにわざわざ来て食べるということは何か思惑があってのことだろう。


「鋭いわね。二つ用件があって来たの。一つは二人には管理係とともに執事メイド係もお願いしたいのだけれど、よろしいかしら?」

「僕は別に構わないよ。どのみち、天城さんから頼まれるだろうしね」

「私も大丈夫。むしろやりたいなって思ってたくらい!」

「ありがとう。そして、もう一つなんだけれど、管理係となった二人にみて欲しいものがあって……これなのだけれど」


 そう言うと、ポケットから携帯を取り出す。少し操作したのちに画面をこちらへと向け、机の上においた。目をやると何やら広告の表紙みたいなものが見える。


『執事メイド喫茶』と言う見出しに寛容なデザインがされている。文化祭の開催日や、メニューの一部表示、右下にはSNSのアカウントに繋がるQRコードが記されている。


「「これは?」」

「文字通り『宣伝用広告』よ。これを去年の来客の情報をもとに配ろうと思うの。今時、アナログは流行らないけど、デジタルが発達しすぎて、人目に触れづらくなっているからね。少しでも、人目に触れてもらうためには家へのポスト投稿が一番なのよ。簡易的にしているのはあくまでSNSのフォローをしてもらうのが目的だから。フォロワーがわかればある程度の集客率も見込める」


「これ、1日で作ったの!?」

「ええ。AIを駆使すれば造作もないことよ」

「流石、上地様ですね」

「気に入っていただけたみたいでよかったわ。それでここからが本題なんだけれど、明日の休日は空いているかしら? よければ、ポスト投稿を手伝ってもらうと思ったのだけれど」


「あー、私は友達と遊ぶことになっているから行けない。ごめん!」

「急な頼みだったのだから、別に謝る必要はないわ。八神くんは?」

「僕は特に用事はないよ。手伝えると思う。天城さんにも後で聞いてみるよ」

「ありがとう。天城さんにも伝えようと思っていたけど、八神くんが言ってくれるなら私は用無しみたいね。後で、ポスト投稿を行う家の経路をスマホで送るわ。それに従って」

「了解」


「あら、結友くん。こんにちは。今日は食堂で食事ですか?」


 話をしていると、ふと僕の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。明るくおっとりとした声音だった。僕は見知った声の主の方へと顔を向ける。

 黒色の長髪を真っ直ぐ伸ばした女性。まん丸な紺碧の瞳に穏やかな笑みを浮かべる様は接しやすさが伺える。


「り、理事長! こんにちは!」


 名前を呼ばれた僕よりも先に、人愛が颯爽と席を立ち上がり、彼女に挨拶する。

 七影 有紗(しちかげ ありさ)。僕の在籍する『日本帝都学園』の理事長を務めている。まだ35歳と言う若さで日本一の学校の理事を任されている秀才だ。


 彼女とは僕が幼い頃からの知り合いであるため理事長と生徒としての間柄よりも、年齢差の激しい弟と姉と言う間柄の方が強い。幼なじみである人愛も同じ感じだと思ったのだが、彼女はあまり七影理事長を好んでいないみたいだった。


 理事長という言葉を聞き、上地さんは彼女の方を見ると礼儀正しく一礼する。

 七影理事長も応対するように一礼をした。


「何か用ですか?」

「特には。結友くんの顔が見えたので、声をかけさせていただきました。クラスにはうまく馴染めているみたいで良かったです。随分と可愛い女の子たちに囲まれているのですね」

「気にしていただいてありがとうございます。一言余計ですが」

「理事長、こちらへ」


 短いやりとりをしているとスーツ姿の女性が七影理事長に声をかける。


「せっかくなら、私も混ざりたかったのですが、そうはいかないみたいで残念です。では、良い学園生活を」


 そう言って、七影理事長はテーブルを去って行った。

 僕としても、久しぶりに彼女に会えたのは嬉しい限りだった。最近は仕事が忙しいようであまり話すことができなかったから。


「八神くん、あなた一体何者? 理事長と随分仲が良かったみたいだけど」

「僕がまだ幼稚園児の頃にお世話になった人なんだ。その時に保育士だった彼女にいろいろと話を聞いてもらっていた。自分で言うのも何だけど、意外と口うるさい子供だったから」

「今の外見からは想像ができないことね」


 上地さんはカツを箸で掴み、一口食べる。静けさが訪れ、カツを噛むサクサク音が僕にも聞こえてきた。

 昔と比べれば、口数は減ったかもしれない。懐かしく思いつつも僕は麺をすすった。

 散々話したことで、すっかり冷めてしまった麺の味は何とも言えないものだった。

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