第2話
「それでは、昨日の続きを始めましょうか」
翌日の授業後、再び文化祭に向けての会議が行われることとなった。
昨日とは打って変わり、上地さんが教壇へと立つ。今日の仕切り役は上地さんが務めるようだ。
後ろを向くと、天城さんも昨日と同じように律儀に自分の席に座っている。
昨日の横暴な態度はせず、椅子にしっかり座り、肘をついて穏やかな表情でこちらを見ていた。
「姫薙さん、記述ありがとう」
上地さんの横では、人愛が疲れ切った様子を見せる。昨日発案された20個の案を全て記述し、腕への疲労を蓄積させたようだ。
「なんで私がこんな役目を……」
悔しがりながらも、僕の右の席へと腰をかける。
人愛が座ったところで上地さんは文化祭の説明を始めた。
「発案された20個を考慮して、私が1つの案を提示させてもらうわ」
「いいけど……文化祭は上地さんだけのものではないよ。他の生徒の意見も聞かないと」
「そんなのだから、昨日のうちに案が決まらなかったのよ。まとめる能力もない人間が変な口出しをしないでくれる」
「なんだと、こらぁ!」
人愛は上地さんの煽り文句に怒りをあらわにする。二人の間には修復できないほどの大きな傷ができそうな感じだ。この先が思いやられる。
天城さんは二人のやりとりに介入することなく、「はっはっは」と笑い声を上げている。
「論理的に考えれば、私の出す案は可決されるものとなっているから安心して。まず、私が掲示する文化祭の出し物なのだけれど、ずばり『メイド喫茶』よ」
「「メイド喫茶……」」
僕と人愛は上地さんの提示した案をなぞるようにゆっくり口にする。メイド喫茶ということはいわゆる女性が特殊な衣装を着て接客するということだろうか。
「ええ。文字通り、女子生徒がメイド服を着て接客を行う喫茶店よ。もちろん、お酒や長時間の会話はNG。メイドの衣装、お店の雰囲気、料理をメインに楽しんでいただくというものよ」
「内容は分かったけど、それが何で可決されるものとなるの?」
「八神くん、いい質問ね。これを見てもらえればわかるけれど……」
そう言って、上地さんは黒板に書かれた案を指差す。
「発案されたものの多くは飲食系が多い。つまり、これらの飲食を一斉に行うことができれば、それが可決対象となるわけ。私たちのクラスは30人。我々を覗くと26人になる。発案されたものが20個なので、この中の4つ以上を合わせることができれば、それが可決対象となる」
なるほど。20個の案に関しては、全て違う生徒から発案されたものだ。これにより、最初に20個の案に賛成数は1票が入る。残りは10票。ここにいる4人は誰も発案していないため、残りの未知の票数は6票。未知であったとしても、最大値は全てが同じ場所に集まった場合の7票になる。
ならば、4つ以上の案をまとめることで4票を獲得し、僕たち全員が投票することで8票にできるため、可決がされるというロジックか。
「4つ以上を合わせるということはわかったけど、わざわざメイドにする必要はなさそうな気がするけれど」
「それに関しては簡単。ただ単純に利益を求めた結果たどり着いたものよ。過去の文化祭の実績を見た感じ、3年前に行われたメイド喫茶の利益が一番高かった。やはり、日本の文化としてかなり需要があるみたいね」
「まあ、そうなるよね。人愛は何か意見ある?」
先ほどから全く発言をしなくなった人愛が気にかかり、横を向く。すると、彼女は我を忘れたように明後日の方向を見ながら、黄昏ていた。
「メイド服か……私に似合うかな……」
「思った以上に乗り気なんだね」
「どうやら、私の案で決まりみたいね。天城さんは何か意見あるかしら?」
僕たちに反対意見がないことがわかると、上地さんは天城さんに視線を向けた。案を合わせるにあたって、天城さんがメイド喫茶に1票を入れる必要がある。彼女に反対意見があれば、それは果たせないと思ったのだろう。
天城さんの方を向くと、彼女は考えに耽っていた。昨日のように「何も考えていなかった」にならなければいいが。
「そうだな……メイド喫茶だけでは、女性の集客率が悪くなる可能性がある。執事喫茶も同時にやってみるのはどうだろう。八神くんに紳士服を着せてみたいという私的な思いも込めてだが」
この人は何を言っているのだろうか。僕は呆れたような表情で彼女を見る。
「天城さんの言う通りね。メイド喫茶でも、女性の集客はある程度望めるとは思うけれど、執事喫茶もあったほうが確率的には上がりそうね。費用もそんなにかからないだろうし。流石ね」
「そんなことはないさ」
僕の意見を聞かずに、上地さんは勝手に話を進めていく。
「執事服を着て接客なんてしたことないけど、大丈夫かな?」
「為せば成る、為さねば成らぬ何事も。上杉鷹山(うえすぎ ようざん)の引用だ。君が頑張ってやろうと思えば、何事も成し遂げられる。私のために頑張ってくれ」
「クラスのためにね。できる限りは頑張ってみるよ」
「最悪の場合、横にいる浮かれた女に任せれば何とかなると思うわ」
「何が浮かれた女よ。でも、そうね。結友の執事姿、私も見てみたいかも!」
人愛は瞳を光らせ、僕の方を覗いた。これで見たい人間は二人目。僕の執事役は決定したも同然だろう。天城さんの言う通り、何とかなるという精神で頑張るしかない。
「よっしゃ! じゃあ、執事メイド喫茶で決まりね! そうなると、次は役割分担とかその辺が必要になってくるか」
「一応、次のホームルームで可決するまでは待ちましょう。万が一のことを考慮するべきよ。役割分担に関しても、私の方である程度まとめておくわ」
「了解。ようやく文化祭が本格的に始まりそうだね。燃えてきたよ!」
特に何もやっていない人愛が情熱のこもった声で喋る。陽気な彼女とは反対に他の二人は終始クールな様子を見せていた。
おそらくではあるが、彼女たちも内心はひと段落ついたと思っていることだろう。
まだ文化祭の準備は始まったばかり。勝負はここからだ。
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