多才よれば神の知恵?
結城 刹那
第1話
激しい暑さも過ぎ去った今日。
西に沈む夕日が作り出す紫と橙の幻想的な世界の美しさに目が惹かれる。窓から入ってくる秋風の涼しさに心惹かれる。そんな心地いい外の世界とは裏腹に、内の世界である教室はどんよりとしていた。
「文化祭の出し物どうするのよ〜〜」
目の前で泣き叫ぶ少女の声。僕は現実に戻されるように彼女へと目をやった。
茶色に染 まった髪をポニーテール状に結んでいる。綺麗な水色の瞳は今は見えず、見えるのは皺くちゃになった泣き顔だけだ。
姫薙 人愛(ひめなぎ とあ)。クラスの委員長を務めており、文化祭におけるクラスのリーダー的存在となっている。
最後の授業であるHRは文化祭の出し物決めだったのだが、思うように話が進まず、中途半端に終わってしまった。
人愛から視線を外し、彼女の後ろにある黒板へと目を向けた。黒板には数多くの記述がされている。ざっと見たところ案は20個ほどはあるのではないだろうか。
文化祭を決める際、クラスは実に協力的だった。去年のクラスでの記憶は10個ほどだったので、案出しは順調に行われたはずだ。だが……
「まるで『決定回避の法則』ね」
黒板の案を眺めていると右隣にいる女子生徒が声をあげた。
紺色がかったロングヘアに気の抜けたようなジト目が特徴的な彼女。
上地 桔梗(かみじ ききょう)。クラスの中では目立たない地味な生徒だ。しかし、頭脳明晰で理系科目のテストでは毎度の如く学年で1位を獲得している。
「決定回避の法則?」
「『ジャムの法則』と言った方が馴染み深いかしら。検討できる選択肢が増えると逆に選択が難しくなるという法則。24種類のジャムと6種類のジャムがあった場合、購入率は6種類のジャムの方が高くなる」
「なるほど。案が多いというのはむしろ逆効果なわけだ。にしても、珍しいね。上地さんがまだ残っているなんて」
帰りのホームルームが終わり、クラスのほとんどは部活や遊び等で教室にはいない。僕は人愛に無理やり残され、次の文化祭準備の作戦会議をさせられているのだが、上地さんも同じなのだろうか。
「調べ物に熱中してたら、気がつけば誰もいなかったの。それで黒板を見たら、馬鹿みたいにたくさんの案が出ていたから感想を述べただけよ」
「調べ物って?」
「最新のパソコンについての情報収集。私の使ってたのが古くなってきたから買い変えようと思ってね」
「上地さん調べるのはいいけど、文化祭の会議の時にやるのはやめてよね?」
「なら、もう少し有意義のあるものにしてほしいわね。意見だけ集めて、まとめる力のないリーダーのいうことを聞いているほど、暇ではないわ」
「なんだって!」
人愛は流した涙を一気に拭い去ると上地さんを強く睨みつける。対する上地さんは人愛の視線を全く気にする様子もなく、パッドを眺めている。やがて、人愛が先に折れ、僕を睨みつける。僕からも何か言ってほしいということだろう。とんだとばっちりだ。
「話を戻すけど、次はどうするの?」
「そうね。やっぱり、多数決かな。ただ、そうは言ってもこの量じゃ、人は散らばるよね」
20個の案は一人が多数発案したわけではなく、一人一人の発案が募ってできたものだ。そうなると、多数決を取ったとしても、ばらけるのは必然だろう。流石に発案しといて自分の案に手を挙げないのはどうかしている。
「天城さんは何か意見あったりしますか?」
人愛は僕から視線を逸らすと、後ろの席へと目をやる。僕も体を少し逸らし、後ろを向いた。視線の先には金髪に染めたショートヘアの女子生徒がいる。机の下部にある支えに足を置き、椅子の腰部に体重をかけることで揺籠状態にしている。
両腕を後頭部に添え、目を瞑る。きっと先ほどの僕と同じように窓から流れる秋風を感じているのだろう。
天城 紀美華(てんじょう きみか)。クラスの中で最も異彩を放つ少女だ。
彼女には誰も近寄らず、教室の中ではいつも一人だ。ただ、当の本人はそれを全く気にする素振りを見せず、日々を過ごしている。人懐っこい人愛も敬語を使ってしまうほど、他人を寄せ付けないオーラを放っている。
天城さんはゆっくりと目を開く。緑色に光る瞳はとても綺麗だった。
「すまない。全く聞いていなかった」
「なっ! 文化祭の出し物です! ちょっと案が多いので絞ろうと思うのですが、何かいい考えがないかと思って」
人愛の言葉を受け、天城さんは黒板を凝視する。
彼女の深く考える仕草で教室は針に糸を通すような緊張が走る。暫しの沈黙が訪れると、唸るような声を天城さんが上げる。
「すまない。全く何も浮かばなかった。秋はやっぱり眠気が勝るな」
天城さんの言葉に人愛はがっくりと首を垂れる。
「はあ……本当どうしたものかな……」
「まあ、そう焦るな。ところで、文化祭の費用の負担に関してはどうなるんだ?」
「えーっと、案が決まりさえすれば、大体の予算は決まるだろうから、それで生徒各々から徴収ですかね」
「そうか。仮にもし、模擬店のような来場者から代金を頂戴する出し物となった場合、利益はどうなる?」
「うーん、その場合はみんなで山分けかな?」
「なるほど。だが、それでは不公平ではないか。より文化祭に貢献した人間が多くもらえるシステムにしなければ崩壊するよ。社会主義国家のようにね」
「それは一理ありますね。ただ、貢献度って指標は測りづらいですね」
「わかったわ。その指標づくりは私に任せて。それと文化祭の案に関しても、私に任せてもらっていいかしら?」
人愛と天城さんが話していると横割りするように上地さんが言葉を発する。パッドから視線を外し、人愛を見ていた。
「いいですけど……」
「ありがとう。なら、また明日の授業後に会議を開きましょう」
そう言って上地さんは席から立ち上がると、帰りの支度を始める。最後にパッドで黒板に書かれた案を撮影すると、教室を後にした。
先ほどと打って変わった上地さんの態度に僕と人愛は思わず顔を合わせる。
「上地さん、なんで急にあんなにやる気になったんだろう?」
「さあ……」
「彼女、さっき新しくパソコンを買い換えると言っていただろう。そんな人間が文化祭のために貯金を叩くなんてことは望まないだろう。ただ、逆に模擬店などで利益を出せば、パソコンを買うための資金を調達できるとも考えたのだ。その二つが重なり彼女の原動力となったんだろう。『人間を動かす二つのてこは、恐怖と利益である』。ナポレオンの有名な名言だ。それを彼女は体現したのだよ」
天城さんの言葉に僕も人愛も「なるほど」と強く頷いた。どうやら、上地さんは天城さんの策略にうまくハマってしまったわけだ。
「では、私もこれで失礼する。明日、上地がどんな施策を考えてくるか今に楽しみだな」
天城さんもまた荷物を手に椅子から立ち上がると教室を後にした。
僕たちはそれを見届けると再び顔を見合わせた。
「うまく行きそうでよかったね」
「うん、まあ……。ただ、私ってもしかして不必要だった?」
人愛は自分の先行きを不安に思ったのか、苦い笑みを浮かべて僕に尋ねた。
それに関しては、僕はノーコメントである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます