第6話 回答 ひとこと余計なお嫁さん

 太陽系第三惑星地球、我々人類の母なる大地、たとえ銀河中に旅立とうともその記憶は遺伝子に刻まれている。

 地球上では人口爆発の飽和状態の時期があったが、大宇宙開拓時代へと突入してからは人口流出によって穏やかな環境となっている。

 各国の伝統家屋が流行し、十分な広さのある庭、余裕のある居住スペース、その中に溶け込む最新設備機器で快適な住環境が整えられていた。


 私は、とある日本家屋の前で足を止めた。

 だが、あと一歩で敷地に入れるというところで足が動いてくれなかった。

 

「あら? フタヒロくん、いらっしゃい、良く来てくれたわね」

「え、ええ、まあ……」


 縁側から和服姿の女性が私を見て微笑みかけてくる。

 私はぎこちなく返事を返し、胃がキリキリと痛みを上げる。

 しかし、和服姿の女性、回収先である天地竜子あまちたつこは私の手を引き、家の中に連れて行く。


「ほらほら、こんなところで立ち話もなんだから上がっていきなさいよ!」

「い、いえ! わ、私は今日は仕事で……」

「もう! 遠慮なんかしないで昔みたいにゆっくりしていきなさい。なんだか不健康そうに顔色悪いわね。ちゃんとご飯食べてるの?」


 そう。

 彼女は私の昔なじみ、子供の頃からの知り合いだ。

 そんな彼女が私の会社の初めての顧客となり、新入社員(と言ってもカノウCEOと二人だけの会社だが)の私が回収に赴いたというわけだ。


「うふふ、この家にフタヒロくんがいるなんて昔を思い出すわ。あ、梅コブ茶でいいかしら?」

「え、は、はい」

「子供の頃から渋い趣味だったから今でも覚えているわ。火星の高校に留学に行った以来よね? 見違えるぐらい立派になったわ」


 どこか目元をうるませる竜子のせいで昔を思い出してしまう。

 近所に住んでいた私はもうひとりの母親のように慕っていた。 


 ……ダメだ!

 非情に徹して回収しないといけないのに。

 相変わらず、本当に余計なことを言う人だ。


「あの、そろそろ仕事を……」

「あ! そうだ、あの子に逢って行きなさいよ!」

「え! で、でも……」

「いいからいいから!」


 竜子はまた強引に私の手を取り、別室へと連れて行く。

 あの頃と何も変わらない普通の少女らしい部屋の前で胸が締め付けられる。


 竜子がそんな私が逃げ出す隙を与えないかのように、スッと襖を開ける。


 その中のい草の香りと留学前の前夜を過ごした時と何も変わらない部屋、そして、畳の上に敷かれた布団の中で目を閉じたままの少女

 全てが記憶の中と何一つ変わることの無い、時の止まった部屋

 

 唯一、目を閉じたままの少女が二度と眩しい笑顔を向けることがないだけだ。


「……沙羅」


 私は少女の名前をつぶやき、ただ立ち尽くす。


 幼馴染の少女、初恋の相手であり運命の相手、将来を誓い合った甘酸っぱい青い日々。

 私もまた、時が止まったままだったのだ。


「フタヒロくんには感謝しているわ。この子、沙羅がさそり座散開星団由来の未知の病気で倒れた時、何もかもが崩れ落ちたわ。こんなクソッタレな世界を呪った。でも、この力、万能薬を作り出す地竜ミミズの変態細胞核の移植ができると教えてくれた時は藁にもすがる思いだったわ」

「わかっています。もどうにかしたかった。変態細胞核のオリジナルを持つカノウCEOの協力を得るために必死だった。毎日のように変態の館に通い下働き、高校、大学、大学院では、変態細胞核の応用・一般人への実用化に青春の全てを費やしました。全てはこの会社をカノウCEOと設立し、沙羅をただ治したかった。でも、間に合わなかった。今日で期限が……」

「ええ、わかっているわ。私も今日という日が来る事を覚悟していた。地竜ミミズの身体をすこしずつ削って薬にしてきたけど、延命するだけが限界だった。だから、今日がお別れなのよ」


 竜子が覚悟を決めたかのように静かに目を閉じる。

 その瞳から一筋の雫がこぼれ落ちる。

 私もまた、ついに心が折れ、膝から崩れ落ち慟哭する。


 と、その時襖が大きく開かれる。


「話は聞かせてもらった! 沙羅は復活する!」

「「な、なんだってぇー!!」」


 カノウCEOは、この当時の変態細胞核の力ではまだ未完成だと予見していた。

 そして、地竜の変態細胞核で時間を稼ぎ、先手を打っていたのだった。


 変態細胞核と最新の科学技術との融合である。

 

「さ、沙羅、なのか?」

「うん、また逢えて嬉しいわ、フタヒロくん。……いいえ、わたくしだけの愛しいご主人様」


 沙羅の記憶と精神を司る脳の電気的信号を発する無数の神経細胞で形作られたネットワークを忠実に再現し、機械の身体へと組み込んだのだ。

 姿は、私と同じように成長し、妙齢の艶めかしい女性となっている。


「お、おお! さ、沙羅!」


 私は全てを捧げた時をも超える歓喜によって暴発したパトスのままに沙羅へと抱きつこうとした。

 が、ホログラムの身体をすり抜けて座席に顔面から激突して鼻血を流した。


「うふふ、残念ね、お二人共? あの最後の夜のように熱い抱擁はできないわね?」

「お、おお、お母さん!」


 クスクスと嬉し涙を流す竜子にひとこと余計な事を言われ、私と沙羅は赤面してしまう。

 だが、これでいい。

 私と沙羅は心と魂で繋がり、二度と離れることが無いのだ。


 こうして肉体の滅びてしまった沙羅は、小型スペースシャトルSARAへと生まれ変わった。


 これが私の初めての仕事の話、そして私とSARAの出会いの物語だ。

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