第2話 回答 やたらドラマチックなお婆さん

 ペルセウス座に属する人工惑星コービーセック19、この星系最大の歓楽街を要する欲望渦巻く暗黒のスペースコロニーだ。

 動力源は太陽光であるが、内部にその光が届くことはない。

 闇の中にギラつくネオンがまるで擬似的な太陽のように永続的に照らし、永遠に眠ることのない退廃的な世界を造り出す。


 私は肩で風を切ってこの暗黒街を歩いている、わけではない。

 ズルズルと重い足を引きずり、このまま泡風呂で身も心も軽くなりたいと現実逃避をしかけているところだ。

 しかし、気持ちとは裏腹に足は目的地へとやってきてしまった。


 鼻息荒いオスたちが通りを埋め尽くしている。

 この通りの建物は全面ガラス張りのショーウインドウで、中には様々な種族のメスたちが艶美な姿で愛想を振りまいている。


 通称飾り窓街、地球本星のオランダ・アムステルダムが銀河無形文化遺産に登録されていることは教科書に載っているほどだ。

 このコロニーの飾り窓街は、そのアムステルダムを模倣している。


 私は「接客中」ではない、カーテンの開いている一室に近づいていった。

 もちろん楽しむためではない、仕事だ。


「……おや? 交渉していないのに勝手に入ってきたらダメじゃないかい、お兄さん?」


 部屋主である老婆が室内に一歩踏み出そうとする私を見咎めた。

 上半身は老婆だが、下半身は蜘蛛、アラクネというモンスターと化している。

 これも『変態細胞核』の力によるものだ。


「とぼけないでくれよ、吉原メロウさん? 今日が回収日だって分かってるだろ?」

「……何だい、アンタだったのかい、関川さん? こんな忙しい稼ぎ時に来るなんて営業妨害だよ!」

「稼ぎ時、ね。この街は年中無休、一日中開店営業状態じゃないか。それに貴女はココに住んでいるのだから、他に会える場所は無いでしょう?」

「へん! アンタらがあたしから家も何もかも取り上げたせいじゃないかい! ……うう、こんな老骨にまで体を売らせてどこまでも搾り取ろうなんて、アンタらは血も涙もない悪魔だよ、シクシク」


 今度は泣き落とし、やはり一筋縄で行く相手ではない。


 御年182歳になる吉原メロウ婆さんが体を売ってもこの時代ならば需要がある。

 その理由は人類史のせいでもある。

 

 二千年紀にLGBTQというものが急速に力を持ち、性の垣根が次々と取り払われていった。

 さらに現在の三千年紀となると、年齢や種族ですら忌避されるものは無くなっていた。

 人間たちは性の自由化を叫び、動物や植物、さらには異星の生物たちとも交わっていったのだ。


「泣いてごまかしても無駄ですよ? 我々にはメロウさんの収益は筒抜けです。貴女は一般人受けはしませんが、昆虫マニアの太い客がいますよね? ……いえ、何も言わないでください。私も手荒な真似はしたくありませんので」


 私が毅然とした態度を表すと、メロウ婆さんは観念したように大きなため息をついた。

 そして、商売道具の仕舞ってある化粧台をしおらしく指さした。


「……持っていきな。今月分はあるはずだよ。ああ、また来月も頑張って稼がないといけないのかね。いつになったら老後の楽しみがあるのかねぇ?」

 

 私は同情心に惑わされないように無言で今月分の債権と利子を回収しようと化粧台の前に立とうとした瞬間だった。

 

「グゥ?! か、身体が、動か……」


 私は目には見えない何かで全身を絡め取られた。

 まるで亀の紋様のような形で全身が締め付けられていくのを感じる。


「ヒェッヘッへ! 騙されたねぇ、関川さん?」


 メロウ婆さんが本性を現し、狡猾に獲物を見る目で嗤っていた。

 その指には、ネオンを反射させる透明な糸が邪悪に光る。

 私は平静を装っていたが、背筋に冷たいものが流れるのを感じていた。


「クッ! 流石は女郎蜘蛛の変態者、だな? 見事に狡猾な罠だった。だが、どうするつもりだ? 私を殺したところで本部に不良債権として闇の葬られるだけだぞ?」

「そんなこと分かっちゃいるさ。アンタを骨抜きにしてこの世の自由を謳歌したいのさ。いや、そんな御大層な言い訳は嘘さ。あたしはただ、アンタを味わいたいのさ」


 メロウ婆さんは、皺くちゃな顔を桜色に染めながら私に迫ってきた。

 変態細胞核に支配され、蜘蛛の本能が芽生えてしまったようだ。


 こ、これは、マズイ!

 く、喰われる?!


 私は人としての尊厳と大事な何かを失うことを覚悟した瞬間だった。

 腕時計型の通信機から非常事態警報が鳴り響いた。


『緊急、緊急! 非常事態特別警報が発令されました! 今すぐ現場に急行してください!』

 

 非常事態警報発令とほぼ同時だった。

 部屋の中に次元の歪みが発現した。


 ダダンダンダダン!


 全裸、ではないが、艶やかな着物に身を包んだ黒髪ロングの美女が地面に拳を付きながら雷鳴とともに現れた。

 

 た、助かった!

 SARAが助け……助けて、くれますよね?


「……ご主人様、浮気、ですか?」


 ユラリ、と宇宙の闇を背負うかのようにSARAがブラックホールを彷彿される殺気を放つ。

 

 パン!


 飾り窓が次々と砕け散り、街路では悲鳴が上がる。

 このままではこの一帯、いや、このスペースコロニーが焦土と化してしまう。


「ま、待つんだ、SARA! わ、私は何もやましいことをしていないぞ!」

「あら? ……うふふ、当然ですわね。ご主人さまがわたくし以外を愛することはありえませんもの。……ああ、そういうことか。貴様があられもない姿のご主人さまを弄ぼうとは羨ま……断じて許さん!」

「ぎょえええええ?!」


 SARAの怒りの鉄拳でメロウ婆さんは吹き飛ばされていった。

 私は色々な意味で助かると、債権と利子を回収してそそくさと去っていった。


☆☆☆


 その後のことである。


 私は無事に?メロウ婆さんから債権を回収し、上司ビッグベンに提出した。

 債権である売上は当然のこと、利子である蜘蛛の子を回収していたのだ。


 債務者によって、与えられる変態細胞核が違うので、利子の種類も様々なのだ。

 メロウ婆さんの場合は、異形の身となったことで超高齢出産も可能かどうかの人体実験をされていたのだ。


 そう、利子とはメロウ婆さんの産んだ卵だったわけだ。

 その卵がどうされるのかは、私の知るところではない。


 メロウ婆さんはSARAにやられながらも、しぶとく今も生きていて、この瞬間も体を売る日々を送っていることだろう。

 ただ、本人は若い頃の性春を思い出すかのように仕事を楽しんでいるらしいので、何も悲観することは無いと思う。

 31世紀は21世紀とは倫理観も貞操観念も違うのだから、快楽に身を委ねても何も悪いことは無いだろう。


『……ご主人様? わたくし以外の雌豚に手を出さないでくださいね?』


 SARAがどこかツンとした口調で私に話しかけてきた。

 私はコクピットに腰をかけながらニッと笑う。


「当然だろう? 私が愛しているのは君だけだよ、SARA」

「まあ! ご主人さまったら!」


 ボンッとSARAの反物質エンジンが最高潮に唸りを上げる。

 が、男の子のホログラム、ケイがどこか呆れ顔で私たちを見ている。


『……ボクのことも忘れないでよね?』

「もちろんだよ、ケイ。私たちは三人で家族だ。……さあて、次の仕事にイクぜ! ヒィハァアアア!!!」


 ハンドルを握り、人格の変わった私の雄叫びとともに銀河に綺羅星が駆け巡る。

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