第1話 回答 幼少にして大黒柱の男の子
ペルセウス座に属する植民惑星、マンクロスペニー69では、レトロブームになっている。
街の外観はまるで日本の昭和中期、TOKYOの下町のような雰囲気だ。
どこかの三丁目のような夕日を背に浴びながら、私は重い足を引きずり歩く。
はぁ、SARAがいないと調子が出ないなぁ。
私は一見何の変哲もない腕時計をさすり、勇気を振り絞って足を踏み出す。
そして、今にも潰れそうな木造平屋建てのガラスの引き戸をノックする。
まるで待ち伏せていたかのようにすぐに引き戸が開いた。
「……え? えっと……君、オオグロ・ケイくん、だよね?」
私は目を零れそうなほど見開き、声をつまらせた。
資料によれば幼少の男の子だったはず、しかし、そこにいたのは大きく黒い柱のような男の子、いや、火星ゴキブリにしか見えない。
「じょ、じょう……え? 違う、よ。僕は、大黒柱、だ」
あ、ヤバいな、自分の名前も忘れかけている。
彼の名前は大黒柱じゃない、大黒桂だ。
早く返してもらわないと中身まで火星ゴキブリ化しそう。
「……なあ、ケイくん、聞いてくれ。君に貸したその力、今すぐに返してもらうことになった。元金と利子もつけて、だ」
「……いやだ。僕が力を返してしまったら、みんなをどうやって食べさせていける? 弟と妹はまだ小さい、お父さんも妹が生まれる前に死んじゃったんだ。お母さんだって働きすぎて体を壊して寝込んでいる。僕がこの力で働かないとみんなが……」
火星ゴキブリ化し出した大きな目から人の欠片を残した雫がこぼれ落ちる。
ケイの大きな背の影から、病床でやせ衰えた母親と小さい弟妹たちが不安そうに見つめる。
その瞳と目が合ってしまい、私は罪悪感から胃が締め付けられ、鉄の味の液体が喉をせり上がりそうになっていた。
そうだな、どれだけ科学技術が発展し、宇宙という大海へ飛び出そうとも人というモノは何も変わらない。
いつの世も弱者は搾取されるだけ、力あるものは他者を蹴落とし踏みにじる。
私だってそうだ。
会社のイヌとして、うまい話にまんまと唆された弱者から富を搾り取り、最後の搾り滓になったところで債権を回収して、ポイだ。
我が身可愛さに会社の非道な方針に従うだけだ。
「すまない、ケイくん。仕方がないんだ、君はもう、限界なんだよ。この惑星の探索をするために適した生命体に変態するための力『変態細胞核』には、実は大きな副作用があるんだ。その力を使い続けるとその変態した生物と同じ化け物に……」
「いーやーだぁああああ!」
ケイは完全に暴走し、私を吹き飛ばしながら街を破壊していく。
やがて、街の外壁に当たる生命維持ドームの壁に到達しそうになっていた。
「クッ?! マズイぞ、壁を壊してしまったら、この街の住民は全滅してしまう。……SARA! すぐに転送してくれ、頼む!」
私は腕時計型の通信機でSARAに救援を呼びかけた。
『はい、もちろんでございます、ご主人様!』
SARAの返答があると同時に私たちは光に包まれた。
目の前からは街が消え、生命なき荒野へと移り変わった。
砂嵐が吹き荒れ、空には電磁波が迸る。
この空間では、命あるものはすぐに消え去ることだろう。
だが、私もケイと同様に会社から変態の力を与えられているから、常人よりは多少頑丈な体の作りをしているので無事だ。
「嫌だいやだイヤだ」
ケイはもう、手遅れだ。
完全に自我を失いかけてしまっている。
私は、どうすれば……
その時、轟音とともに風も光も切り裂く飛行体が現れた。
SARAだ!
どうやら私の危機に自動操縦で駆けつけてくれたようだ。
『ご主人様、ご無事で……このクソガキャ、わたくしの愛しい方に何をさらしとんのじゃぁああああ!』
「じょ、じょおおお?!」
SARAの怒りの爆撃で荒野にクレーターができた。
火星ゴキブリと化したケイはクレーターの底で息も絶え絶えに這いつくばっていた。
私はやるせない気持ちでクレーターの底に降り、ケイから力を回収しようとした。
しかし、私は呆然と立ち尽くし、その手を止めてしまった。
「……こ、これは……ああ、SARA、やはり君は私の女神だ!」
『え? ご、ご主人様? い、いけませんわ、こ、こんなところで……』
SARAはオーバーヒートしたように機体が熱くなってしまったが、私は構わずにSARAを抱きしめた。
それから、ケイの方へ振り返った。
「ケイくん、私を信じてその力を返してくれ」
「う……で、も……」
「大丈夫だ、頼む」
ケイは私と目を見つめ合いながら、崩れ落ちそうな手を差し出した。
私は手を取り、ケイの胸から力の源である変態細胞核をえぐり出した。
ケイは穏やかな顔で目を閉じ、肉体が崩壊していった。
☆☆☆
後日のことである。
ケイから債権を回収した私は支社へと戻り、ビッグベンに報告を済ませた。
あまりの利子の大きさにビッグベンはどこまでも気色ばんだ。
例によってモザイクで顔も見えないがな。
そう。
SARAの爆撃したクレーターには、宇宙開拓に欠かせない反物質燃料エンジンに必要な素材、スーパーレアメタルの大鉱床があったのだ。
その莫大な利益は図り知れず、ケイが暴れたことで破壊された街の一部の復興費も楽々賄え、ケイの債務は暴利の利子すらも支払いが完済できたのだ。
ついでに私にも臨時ボーナスが入り、密かにケイの家族に仕送りをしている。
そして、肉体の崩壊したケイは……
『あ、おかえりなさい、関川さん!』
SARAがあの時、ケイの遺伝子情報を回収していたのだ。
そのおかげでホログラムではあるが、SARAの中で生き残ることができた。
元の幼少にして大黒柱だった男の子として、だ。
ケイの家族には、私の仕事を手伝うことになったと伝えている。
『うふふ、何だかわたくしに子供ができたみたいですわ』
SARAがホログラムの体で慈愛に満ちて微笑む。
私は、フッと口端を上げて答える。
「違うだろ、SARA? 私たちの子供だろう?」
ケイもどこか照れくさそうに頷く。
任務を終えた私たちは、ほんの一時のバカンスを楽しむために天の川を駆け抜ける。
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