第12話 花かんむり姫
ある自然豊かな村に貧しいけれどとても品のある夫婦が住んでおりました。夫婦には一人のたいそう美しい娘がおりました。夫婦は娘のことを姫と呼びそれはそれは大切に育てました。
夫婦は貧しいとはいえ神様のくださった自然の恵みの豊かさによって暮らし、自分達で木の家を建て飴色の風合いになるまで磨き上げ、庭には大きなリンゴの木があり、毎年実をつけるのでした。また、ハチミツを採り、狩りで鹿を獲ったり、野草を採ったりしました。母親は機織りや刺繍の名人でたいそう美しい布を作りましたが、その布は物々交換で小麦や様々な品に変わり自分達で身に着けることはありませんでした。
それで姫も服はボロを身に着けていましたが、夫婦は決して姫に家が貧しいとは言いませんでした。
夫婦は姫に教えました。「本当の金持ちは見栄を張る必要はないから質素なんだよ。貧乏人ほど馬鹿にされまいとして着飾るんだよ」と。
姫は自分のボロボロの服を見るたびにひそかに優越感を感じ誇らしく思いましたが、他人を見下すのは品のない姫にふさわしくない行為であると自らをいましめました。
村の子供たちがボロの服を馬鹿にすると、気品ある微笑を浮かべ「そうね。ボロね」と答えました。村の子供たちは姫の、犯し難い気品に唖然として馬鹿にできなくなりました。
姫の好きな遊びは花の季節に花の冠を編んで頭に飾ることだったので、花かんむり姫と呼ばれるようになりました。
また、夫婦は姫にノブレス・オブリージュ、つまり「高貴さは徳高きを要す」ということを教えました。
例えば、ある日テーブルで父親が姫に勉強を教えている時、ペンがテーブルから落ちました。そこで父親は姫に
「どちらがペンを拾うべきだと思う?」と聞きました。
姫は答えて
「落ちた場所が自分に近い人では?」
と言いました。しかし、父親は
「あなたは姫だからどこに落ちてもあなたが拾うべきです」
と教えました。そして高貴な人は勤勉であるべきことも。
姫は機織りや刺繍を覚え母親以上の名人となりました。
姫は美人である以上に気品に溢れ、気位は高いけれど気立ての良い娘に育ちました。
やがて姫は年頃となり、思い立って王子様に会いに王都へと旅立ちました。
生まれ育った村から大きな町までは行商人の馬車に乗せてもらいましたが、町で宿屋に泊る時、初めてお金というものが必要だということがわかりました。
姫は自分で織って刺繍した美しい布のスカーフを二枚持っていたのですが、そのうちの一枚が大層な高値で売れて王都までの旅費を稼ぐことができました。
やがて王都に着くと王宮の前に行列ができておりました。
その日は王女様の十五歳の誕生日でお祝いの品を献上する人々の行列ができていたのです。
姫も行列に並んで王宮へ入って行きました。初めて見る王宮は煌びやかでした。
やがて列が進んでいくと前方に王女様を中心に王族の方々が見えました。
王子様は六人いましたが、姫は、一番優しそうで一番若い末の王子様に惹きつけられ、思わずじっと見つめました。
するとその王子様は姫に微笑みかけました。そして思わず姫も微笑み返しました。
二人はその時、一瞬で恋に落ちたのでした。
しかし、そんな様子を目にとめ、姫の美しさに嫉妬した高慢な王女様は、姫が献上した見事な刺繍のスカーフを素晴らしいものとは思いましたが、姫の身に着けていたボロボロの旅装を悪しざまに罵り、恵んでやると言って金貨を投げつけ追い出しました。
姫は、本物の姫である王女様の高慢で侍女たちにかしずかれている様子を見て、自分が偽物の姫であることを悟り何も言い返すことができませんでした。投げつけられた金貨は帰りの旅費のために涙をのんで使いました。
こうして姫は故郷の山奥の村へと帰って行きましたが、ぼんやりとした様子になってしまいました。
一方、末の王子様は姫を忘れることができずボロの旅装に身をやつし、誰にも真似することのできない見事な刺繍のスカーフを手掛かりに姫を捜しました。
姫が王都へ旅立った時、最初に旅費のため一枚目のスカーフを売った町が見つかりました。宿のおかみさんは王子様に
「あの娘さんのことなら行商人に聞くといいよ。あんたはボロを着ていても気品があって、あの娘さんにお似合いだね」と言いました。
それから王子様は行商人に尋ねて、山奥の自然豊かな村へ辿り着きました。
山村には春が訪れ、一面に紫のレンゲの花が咲き誇っておりました。姫はレンゲ畑の真ん中に座り、ぼんやりとレンゲの花の冠を編んでおりました。
自然の中で元気いっぱいに育った姫ですがそうしていると、たおやかに見えました。
村に辿り着いた王子様は、心配して姫の様子を見ている両親からいろいろな事情を聴きました。
王子様は姫に近づいて行きました。顔を上げた姫は驚き、ボロの旅装でも隠しきれない気品に気づき
「あなたは本物の王子様ですね」と言いました。王子様は
「姫様」と言いました。
「私は本物の姫ではありません」姫は気後れを感じていました。そんな姫に普段は優しい王子様が、珍しく強い調子で
「本物の王子である僕が姫様と呼ぶのだから、あなたは本物の姫様です」
と凛々しい様子で言いました。そして
「だけど王都の姫とは違って、この花の冠が似合う自然の中の妖精のようなお姫様ですね。僕も王都で王位継承争いに巻き込まれたりするのはまっぴらです。この自然豊かな村であなたと王国を作りたいです。僕の王妃になってくれますか?」
姫が頷くと王子様はレンゲの花の冠を姫の頭に載せ、隣に座り日が暮れるまでいろいろなお話をしました。
王子様は国元に諸国を放浪して帰らないかもしれないという手紙を書き送りました。
姫と王子様はささやかな婚礼を挙げました。姫は見事な刺繍のドレスを着ました。
やがて女の子が生まれて元姫は母親になるのですが、その女の子を姫と呼び、母が自分を育てたように育てました。
こうして、姫や王子が何代も続いてゆくのです。
これは自然豊かな村にひっそり続く王家の始まりの物語です。
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