第6話 感情税

「だいぶ前に注文したステーキセットはまだなのかよ! もたもたしやがって客を待たせるんじゃねえよ!」


 その客は嬉々として怒りまくっていた。

 このファミレスでバイトするようになってから、時々こんなクレーマーを見かける。

 無理もなかった。たぶんその人達は高いお金を払って、怒る権利を買ったのだろう。

 私はポーカーフェイスで対応し、バイト先の経費で賄える範囲で微笑んだ。


 政府の財政は逼迫し、「感情税」というものが導入された。喜怒哀楽、あらゆる感情を表す度に税金がかかる。ただし、いちいち取り締まり税金を徴収するのも大変なので、「感情権」というものを設定し、一括で前払いすれば割安になる決まりを作った。

 微笑む権利は安く、大笑いする権利はそれより高い。一番高いのは怒る権利で、ほとんどの人は怒りの感情を表に出すことは出来ず。ポーカーフェイスでやり過ごした。しかし、うっかり怒りの感情が漏れているのが取り締まりに見つかれば、高い感情税を取られてしまう。見つからなければ感情税は取られないのだが……。


 全ての感情の感情権を一生分購入して、感情豊かに過ごす生活は人々の憧れだったが、大抵は誕生日など記念日に一日分だけの感情権を買って感情豊かに過ごしたり、笑う権利などの特定の感情権だけを購入して過ごした。


 今日はバイトの給料日で、私は役所に駆け込んで「悲しむ権利」を1年分購入した。長年病気療養をしていた母がとうとう死んでしまったから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る