第22話 にんにくニンニン!

 真珠は水を飲みながら、考える。


(草世。どうして、変なしゃべり方をしたのかな? 油揚げが欲しくなったのかな?) 


 草世のうどんには、ネギしか乗っていない。


「草世は、油揚げ、食べないの?」

「ああ。僕は油揚げよりもネギのほうが好きなんだ」

「そうなんだ。ネギと、わたし。どっちが好き?」

「ううっ、ごほんっ!!」


 うどんを噛んでいた草世は、危うくむせそうになった。


「なんだ、その質問は⁉︎」

「変?」

「じゃあ、真珠に聞くが、油揚げと僕。どっちが好きなんだ?」

「どっちも好き」


 あどけない顔で答えた真珠に、草世は(思いつきで聞いただけで、たいした意味はないらしい)と、慌てた自分を恥じる。


「では僕も、どっちもいいという答えにする」

「わたし、今度、ネギに変身できるかやってみる」

「……しなくていい。間違って料理に使ったら大変だ」

「ふふっ」


 真珠はにこやかに笑うと、油揚げを口いっぱいに頬張った。真珠はお姫様のような可憐な容姿なのに、一口が大きい。


「草世。さっきの変なしゃべり方、おもしろかった。もう一回やって」

「やらない」

「やって」

「やらない」

「じゃあ、わたしがやってみる。……わしが油揚げを食べちゃうのであるー!」

「違う。わしが油揚げを食べてやるのであーる、だ」

「油揚げ、もっといっぱい食べたいのであーる!」

「残念ながら、ないのであーる」

「作ってなのであーる!」

「簡単に言うな、無理であーる」


 中身の薄いこの会話はなんなんだ……と、草世は呆れ果てる。だが、摩訶不思議なことに楽しい。

 真珠も楽しくて、声に出して笑う。心が弾む。


(あ、わかった! わたしのために、変な人のしゃべり方をして、楽しませてくれたんだ!!)


 草世の丸眼鏡の奥にある、やさしい瞳。笑うと、目尻に柔らかな皺ができる。その皺も含めて、この人が好きだとしみじみと思う。


「草世に出会えて良かった。大好きであーる!」

「ふむふむ」

「あれ? あーるって言わないの?」

「言わないでござる。にんにくニンニン!」

「なにそれ? どういう意味?」

「聞かないでくれ。流してほしい」

「気になる。聞きたい。教えてござる……えぇと、にんにくニンニン!」

「いいから、さっさとうどんを食べなさい」

「知りたいでござんする。にんにくニンニン!」

「別に意味はない。気の迷いで言っただけだ」

「もう一回聞きたい。言ってでござんくる。にくニンニン!」

「言いたくない。忘れてほしい」

「忘れられない。真似したい。教えてでごじゃんする。にくニンニン!」


 軽い気持ちで言ってしまった冗談が尾を引いていることに、草世は深い反省をする。しかも真珠は「言わないでござる。にんにくニンニン!」を、どんどん言い間違えていっている。


「もう一回聞きたい。言ってでごじゃりんこまる。にくニコニコ!」

「僕は、真面目で常識的で陰湿な人間なんだ。真珠が元気がないから、おどけてみただけだ。ふざけてしまったことを、僕は今、非常に後悔している」

「草世、やさしい。大好き」


 草世はため息をつく。


(話の通じない、困った女の子だ。なにかにつけすぐに、やさしい。大好き。と言ってくる。言う回数が多いものだから、もしかしたら自分は、そんなに悪い人間ではないのではないか。真珠がいなくなったら寂しいだろうな。と、思ってしまうではないか!!)


 草世は両手で顔を擦ると、仕方なしに覚悟を決める。


「わかった。もう一回だけ言おう。だが、これで最後だ。どんなにお願いされても、もう絶対に言わない。いいね?」

「うん!」

「あと、村の人たちの前では絶対に言わないでくれ。笑われるだけだ。いや、笑われるならまだいい。しらけた顔をされるのがオチだ。特に、春子さんの前で言わないほうがいい。馬鹿じゃないの、と冷たい目で見られること確実だ」

「ふふっ。わかった」


 草世は深く息を吸うと、ゆっくりと吐く。それからもう一度息を吸い、息とともに言葉を吐き出した。


「言わないでござる。にんにくニンニン!」

「ぷぷっ! 草世って、世界一おもしろいね!!」

「この話は終わり! うどんを食べるぞ!」

「わかったでござる。にんにくニンニン!」

「こらっ、真珠! にんにくニンニンのことは忘れるんだ!!」

「無理。忘れられない。気に入った」

「忘れないなら、真珠のどんぶりにネギを山ほど入れてやる!」

「きゃあーーっ!」


 ネギの脅しで、真珠をにんにくニンニンから引き離すことができた。

 真珠はようやく箸を持ち、うどんを食べ始めた。お腹が空いていたらしく、夢中で食べている。

 草世もうどんを啜る。うどんはすっかり冷めていた。


(おかしい……)と、草世は思う。真珠との心の距離が縮まっている気がしてならない。

 最初、真珠は警戒心が強かった。表情がこわばっており、口数が少なかった。だが今は、よくしゃべるし、よく笑う。

 まぁ、それはいいとする。問題なのは、自分だ。女性が泣いたからって、冗談を言う人間ではなかったはずだ。菊音には冗談を言ったことなど、一度もない。

 問題はまだある。ネギと真珠。どちらが好きかと問われて、どっちもいいと答えるなんてどうかしている。孤独に生きていくと決めたはずじゃなかったのか。


(真珠の暗示術によって、村人たちの態度が軟化した。出ていけと罵る人はいない。だったら真珠を友人に預けることなく……そばに置いても、いいのだろうか……?)


 決意した気持ちが揺れる。



 ◇◇◇

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