第21話 真珠を元気づけるために
草世は(とりあえず今は、きつねうどん。食欲を満たすことが優先だ)と、思考を切り替えると、うどんをわけ、ちゃぶ台に置いた。
どんぶりから立つ湯気。つややかなうどんの上に乗っているのは、汁をたっぷりと吸ってふくらんだ油揚げ三枚。
「どうだ、おいしそうだろう?」
油揚げ三枚乗せに瞳を輝かせるかと思いきや、真珠は沈痛な面持ちになった。
「わたし、役立たず。草世の友達、助けられない。だから、うどんを食べちゃ駄目だよね? 食べないことが、一番役に立つことだよね?」
「なに馬鹿なことを言っているんだ。そんなことあるわけないじゃないか」
「だって、兄様がそう言った」
「大馬鹿野郎な兄さんだ!! どんどん食べなさい! 僕の分も食べていい!」
「ふわ〜ん! 草世、やさしいーっ!!」
真珠が着物の袖で涙を拭こうとするのを、慌てて止める。草世は引き出しから清潔な手ぬぐいを出すと、涙に濡れている真珠の顔を拭った。
「真珠は十分に役に立っている。恩返ししている」
「ぐすっ。どこが?」
「一人で食べるご飯は味気ない。でも真珠が一緒だと、ご飯がおいしくなる。真珠の笑顔を見ていると、嬉しくなる。幸せってこういうことかもしれないって、思うんだ」
「でもわたし、友人のこと、助けられない」
「気にするな。僕がなんとかしてみせる」
真珠は口を閉ざし、手ぬぐいを目元に押しつけた。
呪詛は強い。草世にはなにもできない。友人もその家族も助からない。自分の身を守るために、風呂屋に行かないのが一番の策。
そう、白狐の勘が訴える。けれど、言えない。草世の笑顔が消えるとわかっていることを、告げる勇気はない。
真珠の顔は晴れない。うどんにも手をつけない。
草世は、壁に掛かっている振り子時計がチクタクと時を刻むのを聞きながら、考えあぐねる。
兄のいじめが相当に陰湿なものだったのだろう、と推測する。相手が人間なら仕返しを決意するところだが、残念ながら、相手は白狐。話が通じるのかさえ怪しい。
真珠の大好物の油揚げを三枚出しても笑顔が戻らないのだから、どうすればいいのか。時間の流れに任せて、悲しみが薄らぐのを待つという手もあるが……。
草世は真珠を元気づけるために、自分の殻を破ることを決意した。
正座をし直すと、丸眼鏡をずらして左右の高さを変える。(僕は馬鹿か?)と内心呆れながらも、胸を張って腕組みをする。
草世は、威張っている人の物真似を始めた。
「えー、真珠さんや。食欲がないようだねぇ。それならわしが、油揚げを食べてやるのであーる! ウヒヒヒヒっ」
「……? 草世、どうしたの? しゃべり方、変。眼鏡、ずれてる」
「わしはなぁ、油揚げが大好きでなぁ、三枚ペロリと食べてしまうのだ。真珠さんが食べないなら、わしがいただくのであーる!」
草世は殻を破る羞恥心に耐えながら、心の中でツッコミを入れる。
(威張っているくせに眼鏡がずれていて、なおかつ人の油揚げを狙うという姑息さを演出しながら、しゃべり方のおかしさで笑いを取ろうと思ったのだが……。真珠、ぽかーんとした顔をしているぞ。やはり僕には、人を楽しませる才能がない)
だが、始めてしまったものを今さら止めることはできない。
草世は腕組みを解くと、箸を持った。真珠のどんぶりにある油揚げを狙う。
「いただくのであーる!」
「だめぇーーーっ!!」
真珠は慌てて箸を持つと油揚げを挟んで、急いで前歯でかぷっと噛んだ。熱い汁がじゅわーっと口の中に流れる。
「熱っ!!」
「ははっ! ごめん。もらったりしないよ。冗談。油揚げは全部、真珠のもの。ゆっくりお食べ」
「うー、口の中やけどしたぁ」
「水を飲んで」
真珠が油揚げに手をつけたことに安心し、草世はずれた眼鏡を直した。おかしな真似を止めることができてホッとする。
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