第11話 きつねうどん
夕飯はきつねうどん。熱いのが苦手な真珠のために、草世は幾分冷ましてから、どんぶりをちゃぶ台に置いた。
真珠は、初めて見るうどんに戸惑いを隠せないようだった。「この白い草はなに?」なんて、おかしな質問をしてきた。
「君たちは何を食べているの?」
「果物とかネズミとか鳥とかカタツムリ。わたし、柿が大好き!」
「柿かぁ……」
今は冬。柿の木に実はなっていないが、干し柿ならあるだろう。ただし、草世の家にはない。
草世はどこの家の軒下に干し柿が吊るしてあったか思い出そうとして……やめた。真珠を友人に預けると決めたのに、干し柿を与えて、懐かれては困る。
そういうわけで、草世はうどんを勧めた。口に合わないから出ていく、そう言ってくれと祈りながら。
真珠は不器用に箸を持ちながら、うどんを一本啜った。草世は緊張しながら、それを見守る。
「あ、おいしい」
「そっか……」
真珠は今度は、甘辛く煮たお揚げを齧った。一口齧った途端、驚きで両目を見開く。
「じゅわっとしたのが出てきたっ! おいしい!!」
幸か不幸か、きつねうどんは真珠のお口に合ったようだ。
(たぬきうどんにすれば嫌がっただろうか……?)
そんなどうでもいいことを考えながら、草世もうどんを啜った。その様子を、真珠がじっと見る。
真珠は草世の箸の持ち方を観察すると、箸をバッテンに持つという自己流をやめた。彼を真似て、正しい箸の持ち方をする。
それで油揚げを挟もうとしたが、油揚げは箸からスルリと落ちてしまった。うどんの汁が勢いよく跳ねた。
「ああっ……!」
草世は悲痛な声をあげた。真珠の美しい振袖に、うどんの汁が飛んでしまった。
「箸を使いこなすのは難しい。無理しなくていいから!」
手掴みでもいいし……という言葉は、すんでのところで呑み込んだ。白狐は神の使いだと言われているし、お姫様のような気品と美しさを放つ真珠が手掴みでうどんを食べる姿は、見たいものではない。
「食べやすいように、箸を持っていいから」
「ダメ! 練習する。草世のお嫁さんだから!!」
「ええっ⁉︎」
「草世のお嫁さんが、箸が使えないなんて、おかしい。わたし、頑張るっ!!」
「いや、あの……お嫁さんにした覚えはないのだけれど……」
「でも、お嫁さんになった。頑張るっ!」
「いや、そのー……」
君をお嫁さんにするつもりはないし、明日の早朝に村を出て、友人に預けるのだが……。
とは、この流れで言えるはずがない。いや、言わなくてはいけないのだろうが、うどんの汁を跳ねさせながらも、決して諦めようとしない真珠を見ていると、拒絶の言葉が出てこない。たどたどしい箸使いが、いじらしい。
真珠はうどんを一本挟むと、顔を近づけて勢いよく麺を啜った。
「できた!」
「……うん。上手だ……」
「やったぁ! 今度は、この茶色くておいしいのに、挑戦する!」
「うん……」
真珠は油揚げを挟むと、落ちないようにと急いで顔を寄せて、大口で齧った。
「うわぁ、おいしい! これ、好き!!」
「油揚げだよ」
「油揚げ、大好き。気に入った。また食べたい!」
「考えてみるよ……」
「ありがとう! 明日が楽しみ!!」
「考えてみると言っただけで、明日作るとは言っていない」
「そうなの?」
悲しそうな顔をした真珠。気の弱い草世は「あ……っと、じゃあ、明日の朝ご飯に油揚げを出そうかな……」と簡単に折れた。
「嬉しい! 明日が楽しみー!!」
無邪気に喜ぶ真珠に、草世は頭を抱えるしかなかった。
草世の本音としては、真珠がこの家に居座っても構いはしない。悪いもののけではないというのが、一番の理由。二番目の理由は、家族と同居おらず、独身であること。三番目は、あやかしなのだから、恋愛に発展することはないという安心感。四番目は……真珠が可愛らしいということ。
そこまで考えて、草世はさらに悩むことになった。
(四番目が問題だ。事と次第によっては……三番目がぐらつく可能性が……あるのか……? 僕って男は、見目が良くて愛嬌がある子ならあやかしだっていいというのか⁉︎)
草世は自己嫌悪に
その夜遅く。風が吹き荒れ、古い木造の家がギシギシと音を立てて揺れる。
不安をかき立てる鋭い風の音に、草世は真珠の様子が気になって、奥の座敷を覗いた。すると、ふかふかの綿布団の上に真っ白な毛並みをした子狐が体を丸めて寝ている。変身を解いたらしい。
「綺麗だな……」
こぼれ落ちた、素直な感想。普通の狐と違って、神の使いである白狐は手を合わせて拝みたくなるほどの神々しさがある。
草世は眺めていたい欲求を振り払うと、薬棚の前に敷いてある、せんべい布団の中へと戻った。それから、真珠のことを考える。
真珠は素直で可愛らしい。けれどそれは、恋や愛や情といったものではない。白狐が近寄ってきてくれたのだ。その純粋な気持ちを踏みにじりたくないという、いわばこれは、人間とあやかしの関係を良好に保ちたいという切なる願望が働いた結果。これが、真珠を邪険にできない理由。きっとそうだ。そういうことにしておきたい。
「室生なら、真珠と仲良くやれる。僕は誰をも必要としていない。一人で生きていく。それでいいんだ……」
冷たい隙間風に体がブルっと震えた。薄い掛け布団を目の下までかける。隙間風が心にまで吹いてくるようだった。
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