第39話 呪詛師の正体

 吟味するような希魅の目つきに、草世は腹を括る。


「嘘ではありません。真珠を大切にし、守り抜きます!!」

「強い意志が宿った目。かっこええやん。だが、まだまだやな。どうやって、真珠のことを守ると? あんた、剣の達人なわけ?」

「それは……違います……」

「この世の男どもは、口では、俺のすべてを賭けておまえを守ってやる。なんて、かっこいいことを言うんよ。うちも、千回ぐらい言われてきたわ。だが、守られた試しなし。いや、正確に言うと、男はうちを守ろうと命を張ったんよ。でも、死におったわ。あんたと真珠の場合も、そうなるやろな。真珠を守るために敵の前に進みでて、あっけなく殺されてしまう。真珠は敵を滅ぼした後、あんたの墓の前で泣き濡れる。想像がつくわ」

「敵というのは……。さきほどの白狐は、真珠が飲んだのは、この世に存在しない毒。毒を作った呪詛師を倒さない限り解毒できないと話していました。本当ですか?」

「白裂は、嘘と真実を織り交ぜるのが上手でな。真珠が飲んだのは確かに、呪毒卵じゅどくらんという非常に特殊な毒。呪詛師を倒さない限り、解毒できない。草世、さあ、どうする?」


 草世としては、希魅に助けを乞いたい。だが、「真珠を支える」「守り抜く」と意志表明をしたばかりなのに、希魅を頼るのは違う気がする。

 草世は必死に頭を働かせる。


「倒すには、敵の情報が必要です。真珠に毒を飲ませた呪詛師の正体と目的を知りたいです」

「そやね。正論やわ」


 希魅が深く頷いたことに、草世は心から安堵する。希魅は一筋縄ではいかない相手。迂闊な言葉で機嫌を損ねて帰られては、真珠を助ける道が閉ざされてしまう。


「宮中にな、使い狐をやっているんだわ。優秀なやつでな、人間どもが気づいていない情報を知らせてくれる。で、その使い狐によると、鴨橋かものはし行成ゆきなりという陰陽師の動きがおかしいと。表では国の安寧と人々を助ける呪術を行い、裏では人々を滅亡させる呪詛を行なっているそうやわ。三百年前に死んだ、堯正ぎょうせいという高僧の魂を呼び寄せ、形代におさめたそうだ。堯正は虚無僧の姿となって、全国各地に呪詛をばら撒いている。丹地風呂屋に呪詛を置いたのも、そいつの仕業だ」

「虚無僧って、まさか……」


 春子は、村にいた虚無僧から薬をもらったと言っていた。

 草世が興奮気味にそのことを話すと、希魅は知っていたらしい。「簡単に騙されて。馬鹿な女やな」と鼻白んだ。

 草世は握っていた手を広げた。土がパラパラと落ちる。

 白裂に土下座を強要され、そのままの姿勢でいた。地面につけていた手。無意識に力が入っていたらしく、土を握っていた。

 こぼれ落ちた土を見ながら、考える。


(鴨橋行成……。宮中行事で見たことがある。おとなしそうな顔をしていたが……)


 天皇家の主治医を務めている父の秘書として、草世も宮中行事に列席したことがある。草世は燕尾服で参加したが、陰陽師たちは束帯。

 近代化の波が押し寄せている昨今、人々の様相は昔とは変わってきている。束帯に着られているような陰陽師たちが多い中、鴨橋行成は実によく似合っていた。二十七歳という若さで幹部に就いていると知って、驚いた記憶がある。


「僕は鴨橋行成を知っています。話したことはありませんが……。彼を倒せば、真珠は助かるのですね?」

「そうなるわな。だが、あんた、確実に死ぬぞ。あやつは使役を何体も操っている。厄介な相手やわー。うちは関わりとうないわ。真珠にも、相手が悪い。呪われるって忠告してやったというのに」


 希魅は薄紅色の扇子を広げると、甘やかなため息をついた。


「あやつを倒すのは、お薦めせんわ。あんたの墓の前で真珠が三千年も泣くのは、さすがに不憫やわぁ」

「だったら、どうすればいいのですか⁉︎」


 希魅は広げた扇子の奥でにんまりと笑った。


「うちが意地悪で、真珠かあんたの命。どちらか選べと言ったと思っておる? あんたの意志の強さを確かめるために、あえて難題を吹っかけたこと、気づいているんやろ?」

「希魅さん!」

「希魅さん? いいわぁ。新鮮な響きやわ。うち、希魅様と呼ばれておってな。親しくなった男も、様づけで呼ぶんよ。希魅さんと呼ばれて、胸がきゅいーんとしたわ。あんた、よく見たらいい顔してるやないの。誠実そうなやさしい顔をしていて、いいやん。気に入ったわ」

「そういう話をしている場合じゃなくて!」

「いいや、大切な話だわ。うちの名を呼んでみよ」

「……希魅さん」

「真珠の名を呼んでみよ」

「真珠」

「はぁー。真珠のほうを好いているのが伝わってきたわ。絶世の美女よりも、幼い女のほうが好きなんて、けったいな男やわ。萎える」


 不機嫌な顔をする希魅に、草世は(想像以上に難しい人だ。思考回路が僕とは全然違う……)と、思わず遠い目になる。


「まぁええわ。あんたみたいな、なよっちい男を相手にしなくとも、男なら十分におるさかいな。あんたと会話するのに飽きたわ。本題に入るで」

「は、はいっ! よろしくお願いします!」


 今までの会話はなんだったんだ。まだ本題に入っていなかったのか……と草世は呆れるが、そんなことはおくびにも出さない。これ以上、無駄話をする気持ちの余裕はない。

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