第28話 箱の中にある呪詛
草世が家を飛び出してすぐ、真珠は子狐の姿に戻った。
呪詛を放つとき、瞳が赤くなる。真珠の黒い瞳が赤く染まり、白狐の飛行術を使って空を飛ぶ。
草世より早く風呂屋に到着して、元凶を断たなければならない。
(草世を助けないとっ!!)
真珠は丹地風呂屋の前に降り立つと、草世が入ってこないように、白狐の結界術を張ることにした。
妖術には難易度がある。容姿を変える変身術は、なにに変身するかにもよるが、比較的簡単な部類に入る。そのため野狐や狸は、人間やお地蔵様や幽霊などに変身しては人間を騙して遊んでいる。
そういった妖術と違い、結界術は空間組織を変える必要があるため、難しい。誰もが使えるわけではない。
真珠は以前より霊力が高くなったが、
指を複雑に動かして交差させる。交差する指は印を結び、空間に細やかな霊力が放たれる。霊力は白く輝く光線を描き、空気がしなる。空気の組織が変わり、丹地風呂屋を囲う結界が張られた。
結界は、外側にいる者の侵入を閉ざす。
「できた! 草世、待っていてね。恩返しするからね!!」
結界がうまく張れたことに真珠は気を良くし、建物の中へと入った。
それを上空から見ている、形代。風に煽られて、形代の手足がぴらぴらと揺れている。
虚無僧のしゃがれ声で、それは言った。
「忠告してやったのに、馬鹿な娘だ。死にたいようだ。はっ!」
嘲笑は風にさらわれ、霧散し、真珠の耳に届くことはなかった。
丹地風呂屋の中は、重くうねる、ねっとりとした黒い
外は太陽の日差しが降り注いで暖かいというのに、建物の中は冷えていた。
真珠は白狐の姿のままで、奥へと進む。足の爪が床にこすれて、チャッチャッと鋭い音を鳴らす。
憎悪と悪意に満ちた禍々しい臭いに、真珠は黒鼻に皺を寄せた。
奥の部屋から、「ウガァァァーーっ!!」という気味の悪い唸り声と、激しい衝突音が響いている。
ドンッ、ドンッ、ドンッ……!!
「体当たりしている?」
真珠は足を急がせた。体に絡みつこうとする黒い靄を吹き飛ばしながら、感覚を研ぎ澄ませて、靄の発症地点を探す。
「あった!! この上だっ!」
真珠は狙いを定めた。天井板の奥にそれはある。
「どうやって行こう? ……そういえば、瓦が剥がれているところがあったはず!!」
風呂屋の外で、草世が出てくるのを待っていたとき。屋根の瓦が落ちている箇所を見つけていた。
真珠は窓から外に出ると、塀に飛び乗り、そこから軽やかに跳んで屋根へと上がる。
屋根には、地震で瓦が落ちてしまった箇所がある。真珠は溜めた霊力をぶつけることで、木材に穴を開けた。
できた隙間から小さな体を潜り込ませて、屋根裏へと侵入する。
屋根裏は暗かった。空気が澱み、三年分の塵と埃が積もっている。ベニヤ板は薄く、ところどころに釘が出ている。靄は濃く、まるで月のない夜を歩いているような錯覚を起こす。
真珠は鼻を頼りに、梁の上を器用に歩いていく。
「見つけた! ここだっ!!」
黒い靄を吹きだしている源を見つけた。それは、長方形の小さな箱だった。箱は
子狐の姿だと箱に手が届かない。真珠は人間に変身した。両腕を精一杯に伸ばして、箱に手をかける。棟木から長方形の小箱を、力づくで剥ぎ取った。
「なにが入っているんだろう?」
悪意ある粘着質な靄なのだから、おどろおどろしいものが入っているのだろうと、真珠は思った。
だが、おそるおそる箱を開けてみると、木彫りの人形が一体、収められているだけ。
小箱の中や蓋の裏を調べたが、呪詛らしき文字や札はない。
「この人形が、呪詛なんだね」
人形には髪がなく、頭がつるんとしている。顔は丸顔で、純和風。線がスッと引かれた目鼻と、小さなおちょぼ口。
首に、黒い線が書いてある。墨で書かれたその線は、着物の奥へと続いているようだ。
真珠は、人形の赤い着物の帯を解いた。
着物がはだけた瞬間。真珠の全身のうぶ毛が逆立ち、鳩尾の辺りがキュウっと縮んだ。
人形の体に細かくびっしりと書かれているのは──怨念が込められた思念文字。
「そういえば、希魅様が言っていた。言葉には力がある。良いものにも、悪いものにもなるって。人形の体に書いてあるのはきっと、呪いの文字……」
人形の体に書かれている思念文字を、真珠は読むことができない。だが、文字に込められた怨念は感じることができる。
真珠は人形を左手に持つと、妖術を使った。真珠の瞳が赤く光る。
白狐の
暖をとりたいときによく使う、炎焔術。この術だけでは人形を焼くだけで、呪いを消すことはできない。建物に充満している靄を消滅させなくてはならない。
真珠は、呪いを無効化する
「ギャラさにシテにヒルにヒルさヒルにさら……」
口の中でぶつぶつ唱えながら、言霊の中に滅呪術を入れ込む。真珠の口の中で、言霊は飴玉のように丸くなった。その丸くなった言霊を、赤い炎に吹きかける。
炎が燃え上がり、白い炎へと色を変えた。滅呪の紋様が火中でぐるぐると回る。
真珠は躊躇することなく、頭上高くまで燃え盛った白い炎の中に人形を投げ入れた。木彫りの人形は爆ぜながら焼けていく。
靄が薄くなっていく。呪いが消滅したのだ。
「やった、成功した! 草世の役に立てた!!」
真珠は無邪気に喜んだ。
◇◇◇
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