第7話 大きくなった女の子

 声が聞こえたほうを見ると、開け放してある門口に、十七、八歳ぐらいの少女が立っている。

 少女の腰まで伸ばしてある髪は純白で、肌も白い。卵に目鼻ということわざがぴったり。形の良いつぶらな瞳は澄んでいて、頬は桃色。うっすらと開いている唇は紅を差したように赤い。

 少女が着ている着物は、ここいらの女性が着る素朴な木綿の着物ではなく、正絹で織られた赤い振袖。頭には花文様のくしを挿している。

 華やかな赤い振袖と色白の肌。相まっているせいか、妙な色っぽさを放っている。都でもちょっとお目にかかれないほどの美少女だ。

 心をすべて持っていかれてしまいそうな魅惑的な美しさに、草世は(人間離れした美しさだ)と衝撃を受け、だがすぐに(ん? 人間離れ? 髪が白いぞ)とハッとする。


「もしかして、いや、でも年齢が……」


 昨夜の白狐の女の子は、五歳ぐらいだった。目の前にいるのは、春子と同じぐらいの年齢に見えるから、十七歳前後だろう。

 一晩で急成長するわけがない。女の子のお姉さんなのだろうか? 

 草世が考えていると、少女は恥ずかしそうに微笑み、胸を上下した。


「わたしです。真珠まじゅです。草世のおかげで大きくなりました」

「僕のおかげ? どういうことだい?」

「わたしたちには不思議な力があって……」


 真珠は説明しようとして、自分を見ている者が草世以外にもいることに気づく。

 困惑で表情を曇らせた真珠に、草世は察する。急いで土間に降りると、春子が手にしている皿を受け取った。皿には漬物が盛られている。


「差し入れをありがとう! 助かるよ。お客さんが来たので、帰ってくれるかい?」

「どのようなお客さまなのでしょう?」


 春子の、朗らかながらも剣呑な声の響き。

 春子は今日まで、自分を美しいと誇っていた。その自惚れが、一瞬にして吹き飛んだのだ。

 突然現れた女は、田舎育ちではないと一目でわかる垢抜けた容姿をしている。桜のように人心を掴んで離さない、可憐な美しさ。

 魅惑的な少女を眼前にして、春子は、自分はありふれた蒲公英たんぽぽなのではないかという屈辱を突きつけられた。

 春子から発せられる怒りに、草世は頭を掻く。


「あの……悪いんだけれど、帰ってもらえるかな……」

「この人、先生のお嫁さんになりに来たって言いましたよね?」

「そ、そうだった、かな?」


 春子は敵に動揺を見せてはならぬと、笑顔を貼りつける。


「お嬢さん、見ない顔ね。どこから来たの? 先生のお嫁さんになるだなんて、冗談でしょう?」

「冗談じゃありません。本気です。草世、昨夜はありがとうございました。おばあちゃん、元気になりました。恩返しをしておいでって、おばあちゃんに言われたんです。だから、お嫁さんになりに来ました。家は追い出されました。だから、草世の家に住んでもいい?」

「へぇー……昨夜ねぇ……。そう、昨夜……。へぇ……この子となにかあったみたいねぇ……」


 氷がひび割れてその下にある泥沼が姿を表すように、取り繕っていた春子の笑顔がピキッと割れて、鬼のような形相へと変わった。


「こんなの認めないっ!! 絶対に結婚させない! 邪魔してやるっ!!」


 春子は草世の手にある皿をひったくると、力いっぱい土間に叩きつけた。皿が割れ、白菜と人参の漬物が散らばる。


「村中に知らせて、こんな女、すぐに追い出してやるっ!!」


 春子は怒鳴ると、草世の家を飛び出した。



 ◇◇◇


 


 

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