04

啓司のことも含め、調べなければならない情報ことは、山ほどもある。

まずはイスナの職場に本人として紛れ込んで、成りすましつつ手数を増やしていくべきだろう。それから、ワタリギツネの仔を親許に帰す。

やはり幼獣こどもは肉親の中でこそ、健やかに成長するというものだ。


「まったく。賑やかになったものだ」


【なあ、こういう“繋がり”も悪かねえだろ?】


セミダブルベッドへ横たわったソラの傍らに、ワタリギツネの仔を抱いて戻ってきた啓司が腰掛ける。

まさか一緒に休む気だろうかと見遣ると、視線の意図を理解してか彼はワタリギツネの仔だけを渡してベッドを離れた。


【異形だから、しがらみ…絆を編めないって訳じゃねえ。誰だって、やろうと思えば難しくないもんさ】


「そう、だろうか…」


【なんも覚えてない俺が、人様のことあんまし偉そうに言えねぇけど…だからって、なにもかも全部お前一人で苦しまなくても、いいんじゃねぇのかな…】


今度こそふざけのない、真摯な濃茶の双眸がソラを静かに搦めとる。


【世界に一人ぼっち…そんな顔してるぜ。でも心配すんな、いつまでだって、俺が一緒にいてやるから】


「バカを言うな…。そんなこと、させられるワケなかろうが…っ」


なにを、なんというバカな申し出だろう。

自ら進んで異形の餌食になりたいだなど、まったくもって承服しかねる。


「記憶喪失が、生意気を云うなっ!! 」


昂る感情のまま反動で上体を起こし、睨みつけるが……啓司は視線を逸らさなかった。


「……すまない……違う、そんなことが言いたいんじゃない…お前には、お前の真っ当な“人生”がある。こんな…私みたいな異形のせいで、棒に振っては勿体ないだろう」


ソラは掠れ声で云いながら、短く咳払いする。


【まァた、お前はそうやって自分を卑下する。俺はそれでも気にしないし、お前だから、一緒にいたいんだよ! 分かれよ、それくらい……ここまで言わせんな、恥ずかしい……】


真っ赤な顔で半ば怒鳴る啓司が直視できなくて、ソラは両手で顔を覆う。

凍った心が感情の熱に溶かされて生まれた水が、抑えようもなく溢れて、溢れて止まらない。


「…ぁ…」


異形だから認められず、孤独を貫くべきと頑なになっていたのは自分だけだったのだと、いま初めて理解した。


「…すまない。こんなつもりでは…」


愛されることを望む反面で、恐れていたソラは、漸く止まった涙を拭うと悄然と俯く。


【あんま気負いすぎんな。辛かったら呼べよ…。すぐ飛んでく】


相変わらず温もりのない大きな手が丁寧に撫でつけてから、ゆっくり離れようとするのが勿体なくて、咄嗟に引き留める。


「…啓司…」


【ん?】


「……その、行かないで…いいから…」


何だかとても、胸が騒いで、震えて止まらない。

空いた隙間から冷たいものが沁みてきて、今にも沈没しそうなソラはきつく手を握り込んだ。


【……わかった。お前がいいなら、そうする……】


啓司は、見つめる眼差しに含まれるデリケートな感情を読んで、やがてじんわりと顔を赤らめる。


「……ああ」


月が融ける春の夜、ソラは初めて啓司に心を許した。

繰り返される心地よく甘い会話の応酬をよそに、菩薩の顔をした夜は滔々とうとうと更けていくのだった。

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