02

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「まったく遺憾だな。エレベーターくらい設備しておけよ…」


エレベーターくらい設備されているだろうと確認を怠った自分にも非があるが、思わず文句が出るほどのアナログさだ。

築15年と資料には記載されているが、それは絶対に嘘だ。モルタルとコンクリートでできているこの建物は、古び具合から推測するに築40年以上は経っているだろうに。

……くそ、とんでもない詐欺だ。こうなっては、住んで都にするしかあるまい……。

古びた濃鼠のコンクリートが不気味な階段を2階まで昇り、廊下に面している端から3番目の部屋が今日からの我が家だった。


「そういえば…」


さっき視線を感じたエントランス前が、現在地メゾンハイツ2号棟-203号室から真直ぐに見える。

間違いない。視線の主が居たのは、おそらくこの部屋の前だ。


「エントランスが、ここから見えるんだな」


ボロさ具合は半ば諦めて、冷たく湿ったコンクリート独特の匂いが充満する玄関を抜けたソラは、真っ先にベランダに面した窓を空け放つ。

吹き込む風と扉の立て付けの兼ね合いで物凄い音をたてて玄関扉が閉まった。


「…いい風だ」


強く押し寄せてくる、夕暮れ間近の少し冷たい風が心地よい。


「さて…と」


滔々と清流のごとく流れ込んでくるイスナの記憶を閲覧しつつ、ソラは本日何度目かの溜息を吐いた。

流れ込んでくるのは、寂寞感と志半ばに没してしまったイスナが生前懐いていた自身へ対する怒りと、遺してしまった仲間たちへの心配ばかり…。

どうやら、想像に違わず責任感の強い女性だったらしい。


「故人のためにも引き摺ってはいけない、ということは理解しているのだがな……まだ後ろ髪を引かれるとは、自分もまだまだ甘い」


“今もなお、本家に恩を売り付けたい親類が虎視眈々と期を狙っているから気をつけろ”と丁寧に映像+氏名付きで「敵」を教えるイスナ(の残滓)にソラは苦笑する。

触れた胸部の奥から尚も滲み出す怒りの感情から察するに、イスナは責任感も然ることながら随分と苛烈な性格をしていたのだろう。


イスナの記憶によると藤咲家は由緒のある旧家で、藤咲家が所有する多くの土地財産に目が眩んだ不届きな遠縁の一家が執拗に養子縁組を申し出るなどして、とんでもなくタチが悪かったらしい。


“とにかく、さもしい奴らだったんだ!”と言わんばかりに、尚もイスナの残滓は胸の奥から赤々と明滅する。

さらに記憶へ意識を合わせると“遠縁のさもしい一家”の忌わしい肉声記録が脳裡で再生された。


『いくら容姿が良くても、あんなに性格がキツくちゃ…今まで貰い手がつかなかったのも納得だわ』


『そんな事を言うものではない、あの子は親を亡くしたばかりで可哀相なのだから』


『だってしょうがないじゃないの、事実なんだから! 莫大な財産以外で使えるものなんてないんだろっ』


奴らの目的は財産目当ての政略結婚でしかなく、イスナよりも一周り年上の末息子と籍を入れさえしてしまえば後はどうにでもなるという目論みだった。

イスナを軽んじ侮蔑する“声”は聞き手のソラにも確かな悪意として伝わってくるもので………当然いい気はしない。


(ハア? ふざけんのも大概にしないと三枚におろすぞ!)


薄笑い混じりの浅ましい声を聞いたその時、ソラの中で憎悪が砕ける音がした。

イスナ自身、最初から遠縁一家で世話になる気など毛先程もなかったのだ。

“どうしてもどうしても”と拝み倒され、果てには泣き落とされ…最終的には意のままにならないから、と遠縁一家から追い出された。

この守銭奴共が! まったく、さもしい事この上ない。

“悪意を向けるくらいならば最初から引き取るなどと軽々しく言わなければよかったのだ!”


「大変だったな、お前も」


胸中で返せば“他人事ではない、また来るとも限らないぞ”とイスナの残滓が激励(?)する。

ヤツらはイスナが死んだことを知らないのだから、まあその可能性もなきに在らずだ。

ソラは再度、深く短い溜息をついた。

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