第12話 スラム街

「ルナちゃん~! 早く早く~!」


 リオネちゃんが楽しそうに先頭を走り、私とハリーさんと何人かの冒険者さんが追いかける。


 ようやく教会とのいざこざが終わり、平穏が訪れたので真っ先に向かう場所は――――とある場所の広場だ。


 すぐにスラちゃんの中に保管していたテントとテーブルを設置して、大きな鍋や材料を取り出す。


 今度は冒険者さんたちが調理を始める。普段から冒険者として野営をするから調理は意外と手慣れたものだ。


 私達が作業をしていると興味を示したこの地に住んでいる人々が恐る恐る集まって来た。


「みなさん~! 【ハイレン】という店の店主です~! 今日はみなさんにお話しがあって来ました。これから炊き出しを始めますので、どうぞよろしく~!」


 私が声をあげると、少し怪しみながらもゆっくりと近づき始めるのは――――ここ、スラム街の人々だ。


 クマーデン街は交易の中心都市の一つだけど、その分、大きくなりすぎて中には仕事を失った者から悪徳だったゲナス商会によって落ちてしまった人々が生き残るためにスラムを形成していた。


 私が冒険者になってクマーデン街に住み着いて暫くしてその存在を知り、いつか何とかしたいと思っていた。


 今回の事件で予定よりも随分と早く店舗拡大・・・・のチャンスが訪れたので、本日はそのためにこちらに来ている。


「あ~! ルナお姉ちゃんだ~!」


「こんにちは~」


 私と顔見知りというか、時々ラズベリー採集を手伝ってくれる子供達が私のところにやってきた。


「ここに来るなんて珍しいね?」


「そうだね。やっとハリーさんの許可が出たから!」


「俺のせい!?」


 聞き耳を立てていたハリーさんが声をあげると、みんな一斉に笑い声をあげた。


「今日からみんなにはあれを正式的に頼みたくて来たんだ。その話は後にして、先にご飯にしよう? お腹空いたでしょう」


「わ~! ご飯作ってくれるの?」


「そうだよ。みんなが食べる分量も十分あるから遠慮せずに食べて」


 それから次々食事を作り、仕切りプレートにそれぞれを乗せて人々に渡し始めた。


 最初は様子を見ていた人達も真っ先に手を上げた子供達が美味しそうにご飯を食べるのを見て、次々手に取ってくれた。


 全員分が行き渡った後、私達もその場で同じ食事を頂く。


 スラム街は希望を無くした人が多くいて暗い雰囲気だけど、子供達は常に笑顔だし、とても明るい。


 子供達と私とリオネちゃんで話に花を咲かせていると、少しずつ人々の表情が緩み始めた。


 食事が終わってもその場を離れず、意外にも片付けを手伝ってくれたりとみんな優しくしてくれた。


 片付けが全て終わり、今日ここに来た一番の目的を話す。


「みなさん。これから私がここでみなさんに話すのは決して強制ではありません。みなさん一人一人が考えてください。先日、ゲナス商会が淘汰とうたされたのはみなさんも知っていると思います。そこに私のお店【ハイレン】も関わっております。まだ詳しくは言えませんが、ハイレンはこれから国内に規模を拡大することが決まっています。ですがどうしても人手が足りていません」


 ハリーさんたちが薬草とラズベリーを取り出す。


「これからここに見えるセル草とラズベリーを――――無限に買います! みなさんが好きなだけ私達のお店に売ってください。それぞれ一つを持ってくだされば銅貨一枚支払います」


「う、嘘だ! セル草なんてどこにでも生えているやつじゃないか! それをそんな高値で買ってくれるはずがない!」


「今までならそうですが、これからセル草は世界で一番重要なものとなるでしょう。もし嘘だと思うなら、これから好きなだけ採って来てください。それをその場で全て支払わせて頂きます。そして、私達ハイレンが信用に値すると思ったら、私達ハイレン商会の従業員になってください。その際の細かいことはお店でいつでも聞いてください。絶対に後悔はさせません!」


 あまりにも急な言葉に、みんながざわつき始める。


 ハリーさんが一歩前に出た。


「俺はAランク冒険者ハリー・グランエッドだ!」


 ざわついていた人達がより驚きの声をあげた。


 あれ……? ハリーさんってAランク冒険者だったの?


「俺の名にかけても構わない。彼女が話していることは全て本当だ。一度でいい。もう一度だけ人を信じて欲しい。彼女は誰もが諦めた『誰もが幸せに生きる』を平然と話す大バカ者だ!」


 大バカ者!?


「だが、俺はその言葉に心の底から――――感銘を受けた。彼女の事はここ二年間親のように見守って来た。誰もが躊躇ちゅうちょする依頼を率先して受けて、相棒のスライムとともに無理難題の依頼をこなし、今では薬草とラズベリーで回復飴を作っている。この飴は格安で多くの平民の味方になるであろう。我々冒険者の希望にもなる。だから俺も冒険者も貴族でさえ彼女を応援している!」


 少しずつだけど、ハリーさんの声に反応してみなさんの顔に希望の光が灯り始める。


「だが今のままでは彼女の夢は達成できない。作る力はあっても素材は一人じゃ取れないからだ! そこで、慣れているみんなに協力して欲しいんだ! これは彼女一人だけの夢ではない! 今では冒険者も大貴族も王様でさえもが彼女に希望を託した! だから頼む! 一度だけ自らの足で彼女に歩み寄ってもらいたい! まだ遅いってことはない! ここから……ここから希望を掴み取っていこうではないか!」


 すぐに冒険者さんたちが声を上げて、今度は子供達も声を上げた。


「私達はルナお姉ちゃんを信じる~!」


「みんな……」


 それから集まったみなさんは次々手を上げて協力してくれると話した。




 次の日。


 朝早くにスラム街のみなさんがそれぞれ薬草とラズベリーを籠いっぱい持ってきてくれた。


「あれ? みなさん。どうしてそこにいるんですか?」


 正面玄関ではなく、玄関から少し離れた裏路地に近い場所に立つ。


「お、俺達、あまり清潔じゃないから、迷惑にならないように――――」


「そんなこと気にしないでください! みなさんは材料を採って来てくださった仲間・・です! ちゃんとこちらから入ってくださいっ!」


 先頭の男性の手を引いて、玄関の方に引っ張ってくる。


 確かに普通よりは臭いと思う。でもそんなこと気にもならない。


「みなさん。今日からうちに素材を卸してくださるみなさんです。買取は事前に告知していた通りにしてください。従業員採用の件もちゃんと対応をお願いします」


「「「かしこまりました! 店長!」」」


 買取と回復飴売店が始まって店の中が人でごった返しになる。


 店を訪れてきた人々は冒険者が多く、スラム街のみなさんに嫌な顔一つしない。そもそも匂いくらいは慣れているというか、狩りに出ると自然と臭くなるものだから。


 買取が終わる度にみなさんは本当にこんなに貰っていいのかと尋ねるけど、店員のみなさんが一つ一つ丁寧に笑顔で答えていく。


 買い取った素材はもちろん目の前で売る分をすぐに作るけど、それでも余った分は倉庫に持っていく。


 地下の倉庫では大勢のスライムが卸すための分を作っている。ここで作った回復飴はいずれアーデンシェル王国を通して世界に広がるのだ。

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