第11話 断罪

「外に出ろ」


 冷や汗を流しながら私を見つめるイノゲ。他にも大勢の人が私の牢にやってきては、私を連れて行こうとする。


 それに何も答えず素直に従って牢を出た。


 私は首と両手を鎖で繋がれ、とある場所に向かった。




 お城から街に出て向かったのは、クマーデン街の聖堂。


 その前には既に大勢の人でごった返しになっていた。


 その中には私が知っている顔も多くいて、心配そうに両手を握り閉めて私を見つめていた。


 聖堂の中に入ると、礼拝堂には豪華な服を着こんでいる人が座っており、祭壇には一人の初老の男性が鋭い目を光らせてこちらを見下ろした。


 私は祭壇の前に連れて行かれた。


「これより異端審問を始める!」


 神官が声をあげると並んでいた白い鎧を着ている兵士が持っていた槍で地面を叩いて、開始の合図の音を響かせた。


「汝は女神様がもたらすポーションが世の多くの人に行き渡ることを阻止した罪状がある。認めるか?」


 やっぱり論点は【ポーション】に置かれるんだね。


「いいえ。私はポーションをより広く大勢の人々に行き渡らせたいと考えております」


 神官の冷たい目が私を見下ろす。


「商会に卸されるポーションはどんどん値段が吊り上げられ、多くの人はもちろん冒険者たちも買うのが難しいです。そもそも転売を繰り返して自分達の懐ばかり温める者がいる現状こそがポーションを広められない原因になっているはずです!」


「ふ、ふざけるな!」


 後ろからイノゲの怒りの声が聞こえる。


「ポーションをここまで運んで守るためには多額のお金がかかるんだ! それを載せたギリギリの額で売っている!」


「それが大銀貨一枚にもすると?」


「当然だ!」


 もはや異端審問というより、商売の戦いになっている気がするが、神官は気にする素振りすら見せない。


 なんせこれ・・は、ただの建前で私を潰そうとしているからね。


「女神様がもたらしたものを卸してくれる商会には奇跡が起きるだろう。かの商会が教会のために血と汗を流して頑張ったからこそ、大きく繁栄したとも言える」


「いいえ。私ならもっと安価でできます。より多くの人々にポーションを行き渡らせることも可能です」


「それは詭弁きべんである。女神様に愛されたものは最初から女神様の恩寵を持って繁栄することが約束されている。だが今の其方は繁栄どころか反逆罪で捕まっている。それは女神様の恩寵を得た者ではない」


「だから異端だと?」


「そうだ」


 おかしくて顔が緩んでしまう。


「ならば。一つ聞きましょう。繁栄こそが女神様が教会に与えた恩寵ですか?」


「そうだ。女神様の恩寵があればこそ、その人は繁栄する。アーデンシェル王国の国王のように!」


 アーデンシェル王国は、多くの国の中心地となり交易が盛んな国だ。大陸で最も流通の多い国とも言える。


「ではアーデンシェル王国にとって私が教会よりも繁栄をもたらした場合、私の方が女神様の恩寵を受けたと言えるんですね?」


 神官の顔が一気に強張る。


 女神様は教会のシンボルだ。それを否定・・した言い方には彼も感情を表に出さざると得ないようだ。


「私は大勢の人に平和と安寧をもたらしたい。そのためにケガを治す薬は欠かせません。教会は大勢の人に平等に分け与えるのではなく、自分の懐ばかりを優先する貴方たちこそが女神様の教えに背いた異端ではありませんか!」


「黙れ! 私達は常日頃女神様に祈りを捧げ、女神様から授かった治癒の力で世界の大勢の人を治している!」


「でもそれはお金を払える人だけでしょう! 平等とは言えません!」


「女神様を信仰するものは繁栄する! 繁栄したものなら女神様の恩寵を受けることができる! それができない信仰無き者に慈悲はいらないのだ! 貴様は女神様を愚弄ぐろうした! この時点で貴様は異端であることは明白! 異端として――――」


 神官が顔を真っ赤に染めながら怒りを口にする。


 しかし、その言葉を終えることはできなかった。


 聖堂の玄関が勢いよく開かれて、そこから大勢のアーデンシェル王国の貴族が入って来たからだ。


「なっ! いまは異端審問の最中だ! 貴族とはいえ許されることではないぞ!」


「失礼。アスボール枢機卿すうききょう


 私のすぐ隣に立つのは――――アーデンシェル王国の伯爵。バルバロス・フォン・アデルシア伯爵様だ。


「この異端審問。我々に相談もなく進められては困るぞ?」


「何を! 我が教会にあだなす異端を捌くのに――――」


「異端ならポーションの値段を吊り上げているゲナス商会であろう」


 バルバロスさんは手に持っていた紙の束を神官の前に置く。


「値段の吊り上げ。それによって我が国のポーションを必要としている層へ行き渡らない現状。その全てがこの二年分・・・の調書に全て書かれている。隣国のエメラルド王国と大変仲良し・・・のようだな? 枢機卿」


「!?」


 調書を手に取って慌ただしくページを開けると、枢機卿の顔が真っ青に変わっていく。


「我々はこれから其方を女神様の異端として教会に抗議するつもりだ」


「ま、待て! こ、これは何かの間違いだ……! そ、そうだ! 私ではない! その後ろにいるゲナス商会のイノゲが全て仕組んだのだ!」


「違う! 俺は何もやってない!」


 急に枢機卿と私達を見守っていた人達が言い争いを始める。


 その時、バルバロスさんの隣に立つ男性が手に持っていた斧の柄部分で地面を強打した。


 轟音が聖堂に響き渡り全員がバルバロスさんに注目する。


「こちらには冒険者ギルドの証言もある。回復飴という画期的で素晴らしいものを作る小さな英雄を異端と罵り、自らの懐を温めることしか能がない腐った者達よ。貴様らは全員我が国の反逆罪で捕まえる!」


 バルバロスさんの号令で一斉に騎士たちが中に入ってきて、聖堂にいた全ての者を捕まえ始めた。


 みんな口を揃えて自分に非はないと声をあげるが、ここにいる以上全員が仲間であるのは明白だ。


 のちにゲナス商会やアーデンシェル王国内の全ての教会にも軍が押し入ることとなったこの一件は、【アスボール枢機卿のたくらみ】と呼ばれるようになる。




「此度の活躍、国を代表して感謝する」


「いえいえ。まさか伯爵様も調べていたとは思いもしませんでした」


 正直に言って、回復飴がバルバロスさんに認められるとは思っていた。でも、その裏に暗躍している連中のことをアーデンシェル王国の側がずっと追っていたのは知らなかった。


 あの日、私が作った回復飴が本物であると納得してくれたバルバロスさんは、一つ提案をしてくれた。


 この一件で繋がっている連中を一斉に捕まえたいと考えたようで、この作戦を考えてくれた。


 こうしてアーデンシェル王国内で私利私欲のために裏で暗躍していた連中を一斉に捕まえることができ、教会にはアーデンシェル王国で販売する回復飴を正式に認めてもらうことで決着がついた。


 その後、さらにもう一つ大きなことが決まったのだが、それはまたの機会に。

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