第10話 反撃

 とある屋敷の玄関に見慣れない物体が入っていく。


 その出来事に大勢の兵が彼らを囲んだ。


「急な訪問申し訳ない! 俺はAランク冒険者ハリー・グランエッドと言う! バルバロス・フォン・アデルシア伯爵様にお願いがあって参った! 俺の名前と緊急時ということを伝えてくれ!」


 彼らに剣を向けた兵達の中からリーダー格の騎士がその件を了承して中に入って行った。


 ハリー・グランエッドと言えば、アーデンシェル王国で知らない人はいない。彼はかつて王国に迫った危機を救った英雄だからだ。


 兵達の中にも彼に憧れている人は多く、他国ですら彼に憧れる人は大勢いるのだ。


 暫く待っていると、アデルシア伯爵本人がやってきた。


「バルバロス様。急な訪問申し訳ございません」


「よい。其方の訪問ならむしろ歓迎するところ。こういう形で訪れたということは、王国にとって・・・・・・危険が迫っているのだろう?」


「その通りでございます。話は向かいながらいたします。これから私と共に――――クマーデン街に来てくださいませ」


 アデルシア伯爵は何一つ迷う事なくハリーの話に頷いて、そのままスライムバイクに乗り込んだ。


 得体の知れないものですら伯爵が身を任せるほどにハリーは信頼に値する人物だった。




 ◆




 牢に入って二日。


 私の前には顔を真っ赤に染めたイノゲがやってきた。


「あの飴をどこに隠した!」


「これはこれはイノゲ様でございませんか。こんなカビ臭い牢までなんのご用でしょうか?」


「ふざけるな! 貴様が作ったあの飴をどこにやった!」


「あの飴は受注生産ですからね~依頼されてから作ります。だから現物はもうないはずです」


 二日前に彼らがやってきた時点で在庫は全てスライムたちの中に隠した。


 さらに、世に出回っている回復飴もこっそり全部回収した。


 というのも、転売屋を駆逐するために回復飴を作る際にスラちゃんにとある魔法をかけている。その魔法の名前は【トラッキング】という魔法で、回復飴をいつでも追跡できるようにしている。


 二日前にイノゲたちがやってきた時点で、世界に散らばっていた回復飴を全て回収させた。ハリーさんたちを除いて。


 恐らく現物を押さえたかったイノゲたちは、それが叶わないと知って、ここまで乗り込んだようにみえる。


「ふざけるな! あれだけ流通していた飴がなくなるわけがないだろ!」


「はて? みんな食べてしまったんじゃないですか?」


「くっ……! この小娘が!」


 そう言いながら牢の鉄格子を蹴り飛ばすイノゲ。


 そこで看守さんが近づいてくる。


「失礼。彼女はまだ罪人ではありません。乱暴は許容できません」


「なんだと! 貴様! 俺が誰なのかわからないのか!」


「私は王様直属の騎士です。貴方が誰であっても私の忠義は王様にしか向きません」


「っ……! ちくしょ!」


 イノゲは悪態をつきながら牢を後にした。


「はあ……あんなやつが街の流通を牛耳っているとは……」


「大丈夫です。それもすぐに終わります」


「…………なるほど。それなら、僕も僕のなすべきことを成そう」


 看守さんはまた背を向けて、懐から回復飴を食べ始めた。


 回復飴って全部回収したはずなのに、この看守さんはどこから持ってくるのだろうか。




 その時、牢の廊下に大勢の人がやってくるのが聞こえた。


 そして私の牢の前に大勢の人が立った。


「バルバロスさん!?」


「なるほど。あの時の勇敢な少女だったか。名を確かルナと言ってたな?」


「はい。ルナでございます。サビネさんもお久しぶりです」


「ええ。久しぶりね」


 久しぶりに会うサビネさんに色々聞きたいし話したい。でも今はぐっと我慢だ。


「其方の罪状は回復飴とやらで国民をあざむき、毒薬を振り撒いたこと。異論はあるか?」


「ございます。あの飴は毒薬ではありません。どこでも採れるセル薬草にラズベリーを私のスライムが混ぜて作った飴です。そこに毒成分は何一つ入っておらず、薬草を濃縮させているので効果が高くなっているんです。もし毒を入れるなら毒物を入れるのも見えるはず。私達はお客様の前で製造していますので、品質には自信があります!」


 スラちゃんも一緒にバルバロスさんにしっかり自分の言葉を伝える。


 人に言葉を伝える時は真っすぐ目を見る。それは前世で散々教わったことで、ブラックな環境の企業だったけど、人への接し方を学べたのは良かったのかもしれない。


 バルバロスさんも私の目をじっとみつめる。


「では目の前で作ってみよう」


「はい。材料はこちらになります」


 事前に準備しておいた薬草とラズベリーを牢の前に立つサビネさんに渡す。


 鉄格子を通して私の手を握り返したサビネさんは、微かに笑みを浮かべていた。会った時間はすくないかも知れないけど、サビネさんは信頼に値する人だと信じている。


 薬草とラズベリーを受け取ったサビネさんは、後ろにいた男性にそれを渡した。


 男性の目に片眼鏡のように魔法陣が浮かび上がる。


「鑑定スキル……!」


「ああ。彼は優秀な鑑定士でね。薬草とラズベリーは本物かどうか見分けをしてくれるのだ」


「さすが伯爵様です。優秀な人材を雇っているようですね」


「そうだとも。陛下のためにもなることだからな」


 鑑定を終えた男性が伯爵様に何かを耳打ちする。


「よいだろう。ルナ。実物を作ってみせよ」


「はい」


 またサビネさんから手渡された薬草とラズベリーをスラちゃんに預ける。


 みなさんによく見えるようにスラちゃんを目の前に出した。


 薬草とラズベリーがスラちゃんの体の中からぐるぐると回り続ける。


 鑑定スキルが使える男性は、ずっと鑑定スキルを発動させたままでスラちゃんを眺めていた。


 数秒が経過し、ぐるぐる回っていた薬草とラズベリーが濃縮され、淡い翡翠色の輝きを放つ回復飴に姿を変えた。


「こちらが回復飴となっております」


 同じくサビネさんから鑑定士さんへ。


 暫くして鑑定を終えてそれをバルバロスさんに渡して何かを耳打ちする。


「いいだろ」


 そして――――バルバロスさんは何一つ迷うことなく回復飴を口にした。


「なるほど。噂には聞いていたが、中々に味も良く、効能まで良いな」


「はい。当店自慢の商品でございます」


 ニコッと笑った私に、牢の外にいるみなさんが笑顔に染まった。

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