第9話 牢

 その日は雨が降る日だった。


 昨日までは晴れだったのに、空の向こうからやってくる黒い雲は予想通り雨をもたらした。


 異世界での雨は意外に大敵で、日本のような傘が存在しないので、雨の日は多くの人は働けずにいる。


 いつもだと回復飴を求めたお客様が列を作るのに、今日は全然いない。


「今日は雨だからお客様も少なそうですね。ゆっくりやっていきましょう」


「「「はいっ」」」


 掃除も普段からスライムたちがやってくれるので、手無沙汰になった従業員はスライムたちの仕事をゆっくり手伝い始めた。


 在庫を増やすことに越したことはないので、回復飴を次々作っていく。


 そんな時だった。


 玄関が乱暴に開かれて、中に全身鎧で武装した騎士たちが入って来た。


「店主はいるか!」


 急いでカウンターから身を乗り出した。


「はい。私が店主のルナです。騎士様。何かご用でしょうか?」


 一番前に立つリーダー格の騎士が一枚の羊皮紙を見せてきた。


「貴様とこの店には我が国を脅威として逮捕状が出ている」


「っ!? そんなはずはありません。何かの間違いです!」


「それはこれから我々が調べる。抵抗した場合、敵対と見なす」


 スライムたちが戦闘態勢に入っているのを感じ取ったのか、事前にこちらに引導を渡す。


「わかりました。ここは素直に従いますが、従業員には手を出さないでください」


「いいだろ。ではこの娘を連れて行け! ここで作ったものを押収してもらう!」


「っ…………」


 作った回復飴をこっそり回収するようにスライムたちに念話を送って、私は騎士たちに連れられ雨の中、お城に連れて行かれた。




 ◆




 壁高くに設置された鉄格子から冷たい風が中に吹いてくる。


 まさか、生きていて牢の中に入る日が来るとは思いもしなかった。


 お母さん……私が信じた道はダメだったのかな……?


 毛布一つない牢の中で体を丸めて体温を確保する。


 私の胸の中に極小サイズとなったスラちゃんが隠れているが、牢の前に常に看守がいるので、出てくることができずにいる。スラちゃんさえ出てこれれば、暖を取るのも容易なのに…………。


 その時、廊下から多数の人が歩いてくる音が聞こえて、私が入った牢の前に多くの人が立ち止まった。


 その中には、私も知る一人の顔がいた。


「っ……ゲナス商会…………」


 商会頭のイノゲが後ろから私をニヤけた顔で見下ろしていた。


「貴様は我が国にスライムに作らせた毒薬を販売した罪がある」


「毒薬!? あれは毒薬などではありません! ちゃんと回復の効果――――」


「黙れ!」


 騎士の威圧的な態度に一瞬体が竦む。けれど、イノゲがここにいるということは、彼らが何らかの繋がりがあって、私を嵌めようとしているのが容易に想像できる。


 このまま負けてたまるものか……!


「スライムという魔物を大量に使役していることから、貴様は魔女の類なのだろう」


「魔女!?」


「教会に背いた貴様は異端審問にかけられる予定だ」


 異端審問というのは、教会が異端かどうかを問う裁判だ。ただ……異端審問で覆った例は存在しない・・・・・


「スライムに薬と称して作らせた毒薬を安価で売りさばくことで、女神様がもたらした聖なるポーションの流通を阻み、じわじわと我が国民を毒で溺れさせる。これは歴とした罪だ。これから異端審問で存分に罪を暴いてやる」


「…………」


 そういうことか。やはり教会にも裏で繋がっている人がいるってことね。


 イノゲはその一端であり、この騎士も、一緒にきた人達もその一団だと見るべきだ。


「ではそれまで牢の中で大人しくしておくがいい」


 そう言い残し、彼らは牢を去っていった。


 悔しくて涙が溢れる。でも、ここで立ち止まってる暇はないし、負けたくない。ここで諦めたらまた多くの人が回復する手段を無くし、彼らの独占による被害を受けるはず。


「げほげほっ!」


 その時、牢の前の看守が咳をした。


「あ~最近なんだか体がだるいな~」


 私の牢に背を向けて、わざとらしく話し始めた。


「最近街で大人気のがあったな~俺も買っといたからな。どれどれ」


 彼が懐から取り出したのは――――うちの店で売っている回復飴だった。


「これこれ~効き目抜群だし、美味しいし、安いし、平民の味方だよな~」


 そう言いながら何のためらいもなく回復飴を口に入れた。


「ん~これこれ~美味い!」


 私は流れる涙を拭いた。だって……ちゃんと分かってくれる人がいる。それがどれだけ素晴らしいことなのか。


「そういえば、バルバロス・フォン・アデルシア伯爵様が回復飴に大変興味があると仰っていたな~」


 !? バルバロス・フォン・アデルシア伯爵様!?


 その名前を私は知っている。この国に住んでいてアデルシア伯爵を知らない人はいない。正義の味方アデルシア伯爵。そう言われている貴族様だ。


 でも名前を聞いたのは初めて。その名前。バルバロスというなら…………。


「看守さんありがとう!」


「なんのことかな~僕はただ独り言を言っているだけだからな~」


 ふふっ……この恩は必ず返すね。看守のお兄ちゃん。


 急いでスラちゃんを出して、手紙を書く。


 スラちゃんの中に便利グッズを入れておいて大正解だった。


 すぐにハリーさん宛てに手紙を書くと、鉄格子の窓からスラちゃんの分体を放った。

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