第8話 商売仇

 私のお店【ハイレン】が開店してから一か月。


 この一か月で販売している回復飴の噂が街だけでなく国内にも響くようになった。


 それに伴い、色んな街から注文が届くようになったけど、その全てを拒否。あくまで店舗で売っている分だけにしている。


 さらに回復飴を転売しようとした輩がいて、在庫全てを売れと脅迫まがいなことをしてきた商会までもあった。その名をゲナス商会。街で唯一ポーションを売っている商会だ。


 ハリーさん曰く、今まで仕方なく買っていたポーションは全く要らなくなり、冒険者ギルドでも初めての冒険者には回復飴を無償で渡して性能を知ってもらっているので、クマーデン街でポーションを買う人は誰一人いなくなったそうだ。


 できることなら効き目抜群のポーションを安価で売るようになって欲しいけど、どうやらうちの店を丸ごと買いたいらしい。


 そして、今日もやってきた。


「おいおい。小娘」


「はいはい」


「早く店を引き渡せ。ついでにスライムもだ!」


 顔を真っ赤に染めて怒るのは、ゲナス商会のかしらのイノゲ・スラタさんだ。


 毎日贅沢に食べているのか、その腹は山なりとなっていて、全身から常に脂が落ちている。


 来るなと言っても毎日こうして姿を見せるので、いい加減にして欲しい。


「あのですね。この店は住民のためのお店なんです。商売のためだけではないんです」


 開店以来、転売したがっている人達の対策として、一人に売る量を決めている。


 ゲナス商会だけでなく、色んな人が回復飴を他の街に持っていって高値で売ろうとしているのだ。


 薬草さえあれば、いくらでも作れちゃうんだけど、人海戦術をするにはまだ少し難しい。


 薬草やラズベリー採集は簡単そうに見えて意外と難しく、ある程度森に慣れた人が適任だ。もちろんそういう人はそう多くない。


 うちで正式に雇っている人達もまだ六人くらいしかいない。


「ぐぎぎぎぎ……いい加減にしないと痛い目に遭うぞ!!」


「へえ。もう散々聞いていて飽きました。そんな脅迫をするくらいなら商売に力を入れてください。そもそも回復飴が売れている理由ってポーションが高いからでしょう! それを商売努力でもっと安くするべきです!」


「何を! 小娘の分際で!」


「ポーションがぼったくりなのは私でもわかりますよ? ゲナス商会さんこそいい加減にしてください」


 イノゲは机を叩いて悪態をつきながら店を後にした。


 はあ……異世界でもああいう人はいるんだな。


 それをいうなら、私の生みの父も似たものか。お母さんが病気になってからは全く姿を見せていないし、政略結婚のために私を育てただけだから、人を何とも思ってないんだろうね。


 クマーデン街に来て、ハリーさんたち冒険者と触れていい人ばかりだと思ったのに、中にはああいう自己中心的な考えの人もいる。


 でも悲しいことに、ああいう人が得をする世界なのは間違いない事実でもある。


「店長……あまりゲナス商会を刺激するのは……」


「大丈夫。こっちには冒険者ギルドが付いていますから。それにスライムたちは強いので強行策で来られても絶対守りますからね」


 みんなにはのびのびと働いて欲しいのに、こういうことがあると溜息が出てしまう。


 次の日からゲナス商会の頭が来なくなった。




 ◆




 とある夜会。


 そこには豪華な服を着こんでいる人達がテーブルを囲っていた。


「ごほん。本日はお集まりいただきありがとうございます。定例会議を始めたいと思います」


 イノゲ・スラタはテーブルに向かって大きな声で声を上げた。


 みんなワイングラスを持ち、乾杯のジェスチャーをする。


「イノゲ殿。最近大変らしいですな?」


 狐目の男性がワインを口にしながらイノゲに声をかける。


「ええ……あの忌々しい小娘の商会のせいでポーションが全然売れなくなってしまいましてね」


「その件ですが、教会からノルマ分を売れないと、もう卸さないと言っています」


「!? そ、それでは困ります!」


「ええ。イノゲさんだけでなく俺達も困ります。早急に何とかしないといけませんね」


 一人の男が手をあげた。


「イノゲ殿。その娘は【スライムテイマー】と聞いていますが、本当ですか?」


「ええ。忌々しい飴もスライムで作らせています」


「ふむ……それなら私に妙案がありますぞ」


「それは本当ですか!」


 男の吊り上がった口が開く。


 彼の提案を聞いた全員が「賛成」と口を揃えた。


 イノゲは勝ち誇ったように笑みを浮かべた。

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