第7話 回復飴

「スラちゃん~!」


 私の呼び声でスラちゃんが分裂を始めて店内に十体の分体が作業場に付く。


「じゃあ。練習いくよ~?」


 みんな軽く跳ねて応えてくれる。


「――――開始っ!」


 私の号令でスライムたちが一斉に動き始めた。


 まず最初のスライムが棚を器用に開いて中にある薬草を取り出して後ろのスライムに渡す。


 薬草を渡されたスライムは作業台に乗っているスライムに薬草を渡して、作業台の下にある棚から一枚の紙を取って次の作業台に持っていく。


 薬草を渡された三体目のスライムが薬草を体に取り込み、作業台に置かれている赤い果物のラズベリーも一緒に取り込む。二つはまるで洗濯機のようにスライムの体の中でぐるぐる回り始める。


 これがスラちゃんの新しいスキル〖超濃縮〗だ。


 ぐるぐる回った薬草と果物は、一つになりながら姿を変えて一つの飴玉サイズに姿を変える。淡い翡翠色を輝かせて美しい宝石にも見える。


 完成した翡翠色の飴玉は【回復飴】と名付けている。


 スラちゃんの力を使えば、薬草だけでも回復飴を作ることはできるんだけど、どうしても薬草の苦みが強すぎてとても舐められたものじゃないし、食べると胃の中がとても薬草臭くなって耐え難かった。


 そこで簡単に手に入れることができて、甘酸っぱい味と匂いが強烈なラズベリーを一緒に混ぜることで、薬草本来の苦さを減らすことができ、ラズベリーの強烈過ぎる酸っぱさも抑えて美味しい飴にすることができた。



 どうして私がこの回復飴を作ろうと思ったのかというと、他の冒険者たちが依頼中にケガをすることが多々あった。回復魔法があれば簡単に治せるはずだけど、回復魔法が使える人は数少なく、殆どが教会に所属しているのでパーティーメンバーに回復魔法使いは殆どいない。


 となるともしもの時のために回復薬を持たないといけない。そこで大活躍なのが【ポーション】だ。


 特殊な瓶に入った綺麗な青色の液体は、一口飲んだだけでも傷がみるみる治る。これは異世界らしいなと思う。


 ただ、一つだけ問題がある。


 その問題というのが――――値段だ。


 ポーションは教会でしか作ることが許されず、かなり高額で購入が難しい。さらにポーションを卸す商会によっては多額の追加価格に吊り上げているので、ポーション一瓶買うのにも結構なお金がかかり、場合によっては依頼額をも超えてしまうのだ。


 そうなると何のためのポーションなのか分からなくなる。


 そこを何とかしたいとずっと考えていて、何でもできるスラちゃんに色んなことを試してもらった。


 実をいうと、スラちゃんはポーションを量産できる力を持っている。やろうと思えばポーションを大量生産して売ることもできるんだけど、ポーションは教会でしか作ってはいけない法があり、それを破った場合は、異端として教会から狙われる立場となる。


 それは避けたいので何とかならないか色んなことを試した結果、傷薬として多用されていた薬草を濃縮して食べてしまえば、内側から治せるなと思ったので思いついたのが回復飴だ。


 薬草は山に入ればわりと簡単に手に入るし、次の日にはまた生えてくるのでたくさん試すことができた。


 色んな果物や食べ物を混ぜてみたけど、森の中で一番簡単に採れるラズベリーと混ぜた時が一番相性がいいと分かった時は、歓喜よりも溜息が出たんだっけ。



 完成した回復飴は一枚の紙を持ったスライムに渡されて、丁寧に包み始める。この包み紙も格安で卸してくれる業者が見つかったので、これからたくさん作って貰う予定だ。


 薬草、ラズベリーを採集して売ってくれる人の仕事が増える。包み紙を作ってくれる業者さんも仕事が増える。それらをここで製造して、販売することで店員を雇って仕事にできる。売った回復飴は多くの人のケガを治せるので、みんなのためになるはずだ。


 誰もが勝てる仕組みができるので、これから回復飴を製造して売るお店を頑張って切り盛りしたいと思う。


 完成した回復飴を受け取って、包み紙を開くと、綺麗な淡い翡翠色の飴玉が姿を現す。


 そのまま口に運んでパクっと口に含んでみる。


 ラズベリーを甘くしたような甘みと爽やかな香りが口の中に広がる。味はこれで完璧だ。そのまま飴玉を舐め続けていると、全身に魔力の粒子が現れて内側から回復魔法が広がるような感覚を味わえる。


「うん……! 完璧!」


 私に注目していたスライムたちが一斉に喜びを爆発させてその場で飛び跳ねて喜びを表した。


 そのタイミングでハリーさんたちが帰って来て、私の家具をたくさん運んで来てくれた。


 スライムたちでも運べると言ったけど、ハリーさんたちはクマーデン街のためになる店のために少しでも力になりたいから任せてくれと一点張りで、全部お願いすることにした。


 お昼は行きつけのレストランでみんなで食事を取り、午後になると店に三人の女性がやってきた。


 彼女達はこれからお店で働いてくれる店員さんだ。


 仕事は五日間開店し、二日休日の体制にする。これは前世の一週間ルールの間隔だ。


 開店時間は前世の銀行を模範にして、朝から午後三時頃を目安にする。異世界では時間の計算がないので、日が落ち始めた頃に終わりという感じだ。


 さらに開店中は、三人で交代で休憩しながら二人が店番をするようにする。なので他の店よりは休む時間が長い。


 給金も冒険者ギルドやエルさんと相談して、それなりに高い額に設定した。そもそも薬草もラズベリーも包み紙も非常に安価で、一個の値段といえば前世でいう百円もしない。それを仮に五百円で売れば余った分は全て利益になる。


 ただ利益を出すための商売ではないので、そこも色々相談して大銅貨一枚で決着が着いた。日本円で換算すると千円くらい。


 銅貨一枚が百円くらいで、十枚で大銅貨一枚になる。


 ポーションよりは少し効き目が落ちるが、代わりに味が良く、おやつ感覚でも食べられて口に入れてからも効果時間が長いので、ポーション一瓶が大銀貨一枚に比べたら格安というべきだ。


 ポーション一瓶で日本円換算で十万円…………高すぎるのよ。


 その日は実店舗で予行練習を行い、お客様役をハリーさんたちに演じてもらった。報酬はもちろん――――回復飴。


 冒険者は特別に事前発注ができる仕組みを作ったので、焦らなくても冒険者用の回復飴は別に用意するつもりだ。


 何度か予行練習をして、形になり、次の日から開店することとなった。




 しかし、それが思っていたよりも悪い方向に進むとは、その時の私が知る由はなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る