第6話 新しい家

 アーデンシェル王国のクマーデン街に来て一年が経過した。


 十三歳になった私は数多くの依頼をこなして、ついに冒険者ランクがCランクからBランクに昇格した。


 一年でのランクアップは珍しいらしく、アーデンシェル王国では私の存在が有名になっていると風の噂で聞いている。ただ、私がどのような人でどのような街で活動しているかなどの個人情報は出回っていないらしい。


「ルナちゃん~!」


「おはよう。リオネちゃん」


 一年間過ごした宿屋の看板娘のリオネちゃん。同じ歳ということもあって、一番仲良しでもある。異世界では初めての友人だ。


「やっと今日がきたね……」


 いつも笑顔いっぱいの彼女も今日という日は少し寂しそうな笑顔を浮かべる。


「街を出るわけでもないし、近くだし、いつでも会えるからね?」


「うん……それは分かってるんだけど、でもやっぱり…………」


 リオネちゃんの頭を優しく撫でてあげる。


「じゃあ、私のお願いを一つ聞いてくれる?」


「お願い?」


 私の背中に付着していた一匹のスライムが降りて、リオネちゃんの前に立った。


「この子。スラちゃんの分体でもちょっと特殊な子でね? 通常ならスラちゃんと感覚が共有しているはずなのに、この子は分離しているんだ」


「ほえ?」


「簡単にいうと、分体ではなく――――子供なんだ」


「え~!?」


「この子をリオネちゃんに贈りたいんだけど、どうかな?」


 リオネちゃんは慌てて新しいスライムを抱きかかえた。


「うん! 絶対に幸せにします!」


 何だかプロポーズみたいな言葉ね。でもリオネちゃんなら大事にしてくれると思う。


 新しいスライムもリオネちゃんが気に入ったようですぐに懐いた。名前はムイちゃんと名付けられた。




 ◆




 リオネちゃんの両親が経営する宿屋に一年間お世話になったけど、ようやくそこを出ると決意して、色んな物件を探して、やっと今日から引っ越す日となった。


 荷物は全てスライムたちが運んでくれるので、人手は必要なかった。


 向かったのは宿屋から五分程歩いた場所にある二階建てのビルだ。


 なぜ家じゃなくビルを買ったのかというと、ここでやりたいことがあるからだ。


 入口には不動産ギルドの職員が待っていてくれた。


「ルナ様。お待ちしておりました」


「おはようございます」


 スラっとした体型の細マッチョで健康そうな体を持つ好青年のエルさんだ。


 すぐに鍵を渡してくれて、二度目の中の説明を受ける。


 一階は広いスペースがあって、他にトイレや休憩所があり、地下一階に倉庫がある。


 二階には生活スペースがあって、私の新しいお家になる。


「ではこれからのご活躍。心からお祈りいたします」


「ありがとうございます。良い物件を探してくださりありがとうございます。エルさん」


「いえいえ。ルナ様にはたくさん助けて頂きましたから。これからもなにとぞ」


 挨拶を終えてエルさんが帰っていった。以前エルさんのご両親が病気をして緊急依頼を出した時、素早く取れるのが私しかいなかった。ハリーさんが依頼書を持って狩りに出かけていた私を探し出してくれた。

 急いでスライムバイクで山を登り、山頂でしか取れない貴重な薬草を採ってきて、エルさんの両親の病気を無事に治すことができた。


 実をいうと、すぐに必要になったその薬草は、クマーデン街のゲナス商会でとんでもない額で売り出されていた。


 危険な場所で、クマーデン街から少し遠いから、エルさんのような平民にはとても手が出せない額だったのもあり、私に何度も感謝をし、今でもお礼といいながら食べ物とか色々持ってきてくれる。


 もういらないと言ってもエルさんは両親を助けてくれたことを決して忘れないと、今でも色々持ってきてくれる。何故かエルさんだけじゃなく冒険者ギルドからも感謝と称していつも食べ物を分けてくれたりする。


 そんな居心地よいクマーデン街で、私なりに何かできないかなと考えた。それで決意したのがこの建物だ。


 既に掃除も終わっていて綺麗な状態なのでやることもなく暫く待っていると、扉を叩く音が聞こえた。


「待ってました~!」


 すぐに扉を開くと、ハリーさんと何人かの冒険者さんがやってきた。


「待たせたな。入るぞ」


「どうぞ!」


 ハリーさんたちは持ってきてくれたものを一階に並べ始めた。


 玄関入口から入ってすぐのところには、待合椅子を並べる。


 その前にはカウンターが置かれ、その後ろには作業台や棚が次々置かれた。


 数分もしないうちにハリーさんたちが素早く設置してくれて、何もなかった一階がすっかり店舗らしくなった。


 私がこれからここでやること。ここでお店を開くことだ。


 そのためにハリーさんたちには内装をお願いしていて、今日に合わせて色々準備してくれたのだ。


 ハリーさんは私の家具も持ってくると、すぐに出て行ってしまった。


 誰もいなくなった店内に窓から光が差し込む。


 まだ誰も使ってない店内がその時を待つかのように、静寂に包まれていた。


 これからここで私の新しい道が始まる。


 異世界に転生して十三年。お母さんが常日頃言ってくれた「自分が信じた道を歩きなさい」を今でも大切に生きている。


 前世のことも気にならないといえば嘘になる。向こうにだって私の家族がいた。でも転生して二度と会えないと分かった私は、今を生きると覚悟を決めている。


 だから、ここから頑張るんだ。

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