第16話 迫られた選択

 「君、犬成いぬなり君なの?」

「ワフ!?」


 休日の昼下がり。

 のほほんと過ごしていたら、遊びに来た鈴花の親友、陽野ひの向日葵ひまわりに激詰めされる。


 鈴花が告白されていたのが数日前。

 鈴花が俺の正体に気づいているかもしれない、と調査をしていたのに、どうしてこうなった。


「はっきり言ったらどう?」

「……」


 何が何だか分からないけど、俺は知らんぷりを続ける。

 ここで「うん」と言おうものなら、どうなるかなんて分かったことじゃない。


「鈴花は買い物に行ったよ。今日、うちが用があったのは鈴花じゃなくて君だからね」

「ワ、ワフゥ……(へ、へぇ……)」


 じーっと見つめてくる陽野さん。

 目を合わせていないけど、なんとなく分かる。


「出席番号2番! 犬成君!」

「……ッ! ワフ?」

「……返事しないか」


 あっぶねえ!

 つい条件反射で返事しちまうところだった!


「ま、そんなわけないか」

「……」


 良かった。

 なんとか誤魔化せたみたいだ。


 そうして、陽野さんは詰めるのを諦めたのか、その場に腰を下ろした。


「いっそ本当に犬成君だったら良かったんだけど」

「ワフ?(陽野さん?)」


 一体、何の話をしているんだ。


「テキトーに話したいこと話すから、君はそこで聞いてな」

「……」


 いつもの陽気な雰囲気とは違い、落ち着いた感じで話し始めた陽野さん。

 俺はおすわりをしながら、黙って話を聞く。


「鈴花、最近告られてフったんだよ」

「!」


 高木先輩のことか。

 それは俺も目撃している。


「それが良い男だったからさ。フッたのがびっくりして。最近メッセージもしてたみたいだし」

「……」


 やはり、最近メッセージをしていたのは高木先輩だったんだな。


「けどまあ、それは個人の問題だから別にいい。生理的に無理って場合もあるし。でもね」

「ワフ?」


 陽野さんは少し悲しそうな目をした。

 さらに、俺と目を合わせてくる。


「フッた理由が君なんだよ」

「ワフ?(え?)」

「君がいるから、他の男とは付き合えないって」


 陽野さんは少し上を向いて話を続ける。


「そんなの健全じゃないでしょ」

「……」

「しかもね、鈴花は君が犬成君に似てるって話をしてたんだよね。そりゃ心配したくもなるよ」


 たしかにそうだ。


 良い男に告白されて、フッた理由が「死んだ恋人に似たペットが悲しむから」と答える。

 客観的に見たら、精神的な心配をしたくなるのも分かる。


 それはもう愛じゃなくて危ない何かだ。


「あんたは人間みたいに賢い。だから本当に犬成君かもしれないけど、それとこれとは話が違う」

「……」

「もし君が本当に犬成君だとしても、そのままの姿で鈴花と一緒に居続けることが、鈴花の選択を狭める場合もある。それを分かってほしい」


 何も言えなかった。

 俺にとっては辛いけど、陽野さんの言葉が、純粋に鈴花の事を考えた正しい言葉だったから。


「酷かもしれない。けど、本心だから」

「ワフ……」


 陽野さんも辛そうにしている。

 俺は、俺は……。

 

「どこ行くの」


 自然と外へと歩き出す足。

 その陽野さんの言葉には返事をしなかった。





 


 ざー、ざー。

 強い雨が降り続ける。


「ワフ」


 橋の下で雨宿りしているから大丈夫だけど、それなりには寒い。


「ワフゥ……」


 ふと思い返せば、鈴花の許可なく出てきたのは初めてかもなあ。

 俺は鈴花の胸元が定位置だったし。


「ワフ……」


 頭をぐるぐるとし続けるのは、陽野さんの言葉。

 俺は何一つ言い返せなかった。


 俺は一体どうしたいんだろう。


「……」


 ざあー! と強くなり続ける大雨。

 これ台風並みじゃないか?


 そんなことを思っていた時。


「くーん!」

「ワフ?(え?)」


 今、どこからか声が。

 それに今の声……まさか。


「ユキくーん!」

「ワフ!?(やっぱり!?)」


 鈴花の声だ!

 俺は声の方向に駆け出す。

 雨なんて知らない!


「ワフ!」

「ユキ君!」


 そうして、俺は鈴花の傘の中に入った。

 彼女は怒っているように見える。


「どうして遠くに行っちゃったの!」

「ワフ……(ごめんなさい……)」

「まったく!」


 手に反応して、叩かれると思って目を瞑った。

 けど、その手は俺を優しく包む。


「心配、したんだから……!」

「!」


 温かかった。

 雨で濡れているはずの俺を躊躇ちゅうちょせず抱いてくれた胸元は、いつも以上に温かく感じた。


「橋に入ろっか」

「ワフ」


 それからしばらく。

 少しくだらない話をした。


 鈴花が「初めての反抗期?」だとか、「強いのに寒さには弱いんだね」だとか、“何かの機会を待っているように”出てくる話に、答えていた。


 そして、その機はくる。


「ユキ君」

「ワフ?」


 ふう、と一息ついた後、鈴花は俺を見た。


「君はユキ君。犬成幸也ゆきや君。だよね?」

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