第9話 変わらぬ関係

 「ワフ……(ここか……)」


 平日の午後。

 鈴花すずかは学校に行ったので、俺は菊園きくぞの家を抜け出して実家に様子を見に行っていた。


 正直、実家のことは鈴花に拾われてからも頭の片隅にはあった。

 非日常的な(エロ)生活に頭を支配されていたけど、どこかしらで思っていた部分はあったのだ。


 どうなっているのだろうか……と思っていた時。


 ちーん。


「!」


 家に侵入していると、仏壇にお参りする時の“りん”の音が聞こえた。

 もしかして……と俺はのぞく。


「ワフ!(やっぱり!)」


 仏壇で手を合わせていたのは母さんだ。

 一人っ子だったうちで、この時間にいるとしたら母さんしかいない。


「……」


 母さんは手を合わせてじっと目を瞑っている。

 俺もいたたまれない気持ちになってくる。


 今時、ダンジョンで命を落とすのは珍しくない。

 でも、いざ我が子がそうなったら親はどう思うのだろう。


 俺は「鈴花と遊びに行く」って言って出て行っちゃったしなあ。


「ふう」

「!」


 やがて立ち上がった母さん。

 目元にはうっすらと涙の跡が残っていた。


「ワフゥ……」


 何か一言伝えるべきだろうか。

 でも、何と言えばいい?

 そもそも話すこともできないのに。


 いや、細かいことを考えるのやめだ!

 俺は頭が悪くてもともとだろ!


「ワフ!」

「えっ!」


 意を決した俺は、窓を開けて家の中に侵入。

 そのまま母さんの前に着地した。


「あら。どうしたらのかしら、この子」


 母さんは困惑している。

 でも関係ない!

 俺は伝えたいことを伝える!


「ワフ(母さん!)」

「……?」

「ワフワフ!(俺は元気でやってるよ!)」


 身振り手振りで色々と伝えてみる。

 伝わってはいないだろう……でも伝えてみる!


「……」


 俺がずっとワフワフやっている間、母さんは黙って俺を見つめていた。


 優しくて温かい、母親のような顔。

 俺がずっと向けられていた顔だ。


 そうして、俺がワフワフし終えた時、

 

「ワフフー!」

「……ふふっ」

「!」


 母さんは優しく笑った。


「不思議な子犬ね」

「!」


 そしてそのまま俺を抱き上げる。


「なんでかしら。どこかあの子に似ているのよね」

「ワフ……」

「ありがとう。なんだか元気が出たわ」


 母さんはもう一粒涙をこぼす。

 そうして……ピンポーン。


「すみませーん」


 チャイムと共に外から声が。

 あれ、この声は。


「ちょっと待っててね」

「ワフ」


 母さんは俺を下ろして、玄関の扉を開けた。


「いらっしゃい」

「お邪魔します。すみません、いつも来てしまって」

「いいのよ。幸也もきっと喜んでるわ」

「!」


 入ってきたのは鈴花だ。

 口ぶりから察するに、よく来ているのかな。


「またお参りかしら?」

「はい。毎日来たくて……って、ユキ君!?」

「ワフ!」


 母さんと話している鈴花が俺に気づいた。


「あら、鈴花ちゃんのところの子犬だったの」

「そうなんです。まさか学校中にこんなとこに来てたなんて。こーらっ!」

「ワフゥ」


 鈴花に抱えられてしまった。

 相変わらず女の子の良い匂いがする。


「……鈴花ちゃん。何かあった?」

「え?」

「なんだか明るくなった気がして」

「そ、そうですかね?」


 鈴花は頬を赤くしながら前髪を触った。

 照れているのかな。


 そして、嬉しそうに俺を見た。


「でも、変わったとしたらこの子のおかげです!」

「ワフ!?」


 鈴花にぎゅっと抱きしめられる。

 頭の方にもにゅっとした感覚がある。


「この子が側にいてくれて、最近はずっと楽しいんです!」

「……そうなのね。おばさんも安心したわ」

「はい!」


 母さんのことだから、鈴花を責めたりはしなかったと思う。

 だけど、何かしらいざこざがあってもおかしくはない状況だ。

 俺は鈴花とダンジョンに行ったわけだし。


 そんな中で、母さんと鈴花が今も変わらずこうして笑い合っているのは、俺としてもすごく嬉しいな。

 この関係が続いてほしいと思う。





「それでね、今日は学校で良い事があったんだ~!」

「ワフ」

 

 俺の実家でお参りを終えて、帰り道。

 母さんが言っていたように、鈴花は楽しそうに笑う。


「これもユキ君のおかげだね!」

「ワフ!」


 俺も元気いっぱいに返事する。


「あ、そーだ!」

「ワフゥ?」

「今日は行きたいところがあるんだ! 付いて来てくれる?」

「ワフ!(もちろん!)」


 鈴花が行きたい場所ならどこへだって!

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