第16話 地獄の果てまで

嶋田とS資金の関係を解明し、後藤田義信殺害犯・谷山柾一の拘束に繋げる。これが直樹の親友後藤田正義の描くシナリオで、そのために兄嫁の弟・海野征大を自分に協力させている。後藤田の最終目的は谷山にあることは明かで、直樹も谷山探索に協力を惜しまないつもりだった。実際、預貯金や金融資産から、直樹は既に四百三十六人の怪しい人物を絞り込んでいた。

 

 ―――だが、潜伏先を突き詰めたとき、一体どうすればよいのか。

 

直樹の最大の悩みの種だった。親友と海野に、みすみす殺人罪を犯させるわけにはいかず、海野から資料が渡される度、谷山の居所が確定できれば、いや出来ない方が、という矛盾した両面感情が湧いてくるのだった。

 

昨日の十五日、海野から南野の訴訟資料を手渡されたときも、両面感情が一瞬、脳裏を過ったが、読んでみて杞憂だった。政令指定都市堺市の暗部と、その公共事業で甘い汁を吸ってきた連中。この両者の関係が、南野の裁判記録を通して、直樹には手に取るように分かる内容であった。

 

 ―――南野純夫の事件を、大学へ提出する論文のテーマにしてみるか。

 

南野は近畿の各大学で公務員講座を担当し、そこで憲法と行政法を教えるだけの人物で、学者としての著名度はなかった。ただ彼の事件は学者への道を歩もうとする直樹に、格好の論文テーマを提供したのであった。


〈行政裁量に対する司法統制〉

 

この行政法上の難題に、南野の事件を題材に選び挑戦しようと決意したのだ。

 

ところで、南野提起の行政訴訟は大阪地裁、大阪高裁、最高裁へと審理が進み、すでに最高裁の判決が確定している。副理事長・隅野一郎の所有地がある九街区の換地処分、これは違法である。裁判長・西川知二郎は明確に違法と判断したが、しかるに、この違法は他の街区には及ばない。という、不可解極まりない判断が大阪地裁でなされ、それが大阪高裁、最高裁へと踏襲されてしまった。区画整理は一体としての土地を対象に行われるのであり、一部に違法があれば、その違法は全体に及ぶのは見やすい道理であり、


〈一般に液体の外部から加えた圧力は、そのままの強さで液体の各部へ伝わる〉

 

中学で学ぶパスカルの原理の、社会常識への応用といってよいものである。大阪地裁の裁判長・西川知二郎の判断に法的正当性が与えられるためには、〈瑕疵の治癒〉論が妥当する必要がある。


瑕疵という、聞き慣れない用語が脚光を浴びたのは、築地市場の豊洲への移転問題との関連であった。瑕疵は、一般的にはキズとの理解で良いが、法的には負の法律効果の発生をもたらす事由と考えてよいであろう。例えば〈瑕疵担保責任〉というのは、担保責任を発生させる要件たる〈法的キズ〉という理解である。


では、南野の裁判で、〈瑕疵の治癒〉を持ち出すことは妥当か。瑕疵の治癒論は、瑕疵、すなわちキズが小さすぎて、もはや法的には無視してよいとの処理を認める例外理論なのである。


ところが堺市中区の深井地区における区画整理はキズが小さいどころか、大きすぎて、とんでもない事態がもたらされる区画整理であることが海野の資料が明確に証明していた。


①まず、明らかになっている二件の測量偽装は、区画整理におけるキズとしては、治癒が認められる擦り傷や発しん程度の軽いものではなく、臓器への致命傷のような深いキズであり、簡単に治癒など認められるはずのないものである。


②次に、理事長北埜良明や副理事長中尾彰、それに副理事長隅野一郎は無報酬と偽り巨額の報酬を受け取っていることが明らかになっている。これも、本件区画整理における大きすぎるキズである。理事長北埜良明の妻は、「こんなことして、地区の皆さんに恨まれないかと心配です」と、語っていたことが資料に書き加えられてあるが、強欲な夫よりは少しは常識を持ち合わせているのであろう。


③大阪地裁裁判長西川知二郎は、組合施行の区画整理では増換地は許されないと判示したが、これは至極妥当な判断である。が、それにもかかわらず、広大な農地を所有する監事・下野繁治への増換地につき瑕疵の治癒を認めてしまった。その結果、彼は百五十坪近く土地を増やされていることが資料より明らかになっている。


大勢の地権者が、半分近くも土地を減らされているというのに、組合幹部の土地が減らされず増えており、また理事長と副理事長がタダ働きと偽って巨額の報酬を得ているという事実。おまけに堺市から組合への多額の補助金授与。この原資はもちろん堺市が税金によって得たものなのだ。


しかも堺市長が表彰状まで授与して、区画整理を権威づけて無知の組合員を納得させるという手法。


④他にも、事実上の増換地として、所有地が増えている組合理事が多数いるのが、本件区画整理だった。原告の南野純夫が、〈戦後日本最低の区画整理〉と呼ぶのも無理からぬ理由であるが、直樹にとっては格好の論文の考査対象をもたらしてくれる区画整理であった。

 

 ―――さて、司法統制と増換地は、どう関連付けるのが良いのか。

 

昨夜からの延長で、十六日の今日も直樹が塾の教卓に資料を広げ、行政法の難題に思考を巡らせていると、


「おじゃまします」

 

十二時五分前に、海野が青葉塾のドアをノックした。昨日は仕事でゆっくり出来なかったが、七月の第三月曜日で海の日の今日、昼食を一緒にとろうと約束していた。


「どうぞ」

 

板敷きのフロアへ迎え入れると、彼は酔っていた。椰子のプリントが鮮やかなアロハシャツにジーンズ。警官とは思えぬラフな出で立ちで、ドカッと塾生の椅子に腰を下ろし、ふぅーと息を吐いた。


「征ちゃん、どうだろう。下の錦食堂から出前を取って、ここで食べようか」

 

海野君か、それとも征君と呼ぼうと思ったが、後藤田が口にする呼称が口を吐いてしまった。そう呼ばすほど、今日の海野は落ち込んで、悲哀を漂わせていた。


「お願いします。それから先生、ちょっとこれも」

 

右手で猪口を摘む真似をして、酒を注文する。まだ飲み足りないのか、それとも直樹と飲みたいのか、いずれにしても今日は愚痴でも聞いてほしそうな仕草を顔と体に漂わせていた。


「分かった、分かった。それじゃ、今日は一緒に飲もう。とりあえず、酒の肴と冷酒を注文するから」

 

直樹も一度、腹を割って話す必要を感じていた。出来れば素面(しらふ)で語り合いたかったが、本音を出すには好都合といえなくもなかった。帰りの足は電車になり、モンスターは下のモータープールに預けざるを得ないが、これも致し方のないことだった。


「すいません、先生、じゃなかった草野さん。宜しくお願いします。ところで、先日お渡しした資料、読んでいただけましたか」


「うん、興味深く読ませてもらったよ」


「で、南野さんの裁判、どう思われました」


「うん。本来勝つべき者が敗訴判決を受けているという、とんでもない裁判だね」


「やっぱりそうですか。何人かの組合員に当たってみたんですが、『あんな出鱈目な区画整理が、一部街区が違法との判断がなされただけで、南野さんが敗訴するなんて信じられない。これじゃ、どんな無茶苦茶な区画整理でもまかり通ってしまう』って、憤(いきどう)っていましたが当然ですよね。‥‥‥でも何であんな可笑しな判決が地裁で出たんでしょう。裁判長の西川知二郎は当初、『私も長いこと裁判官をしてますが、こんな区画整理は初めてですわ』と、呆れ口調で述べたのを聞いて、関係者は皆、区画整理組合全面敗訴の判決を予想したらしいんですが、一体どこから流れが変わったんですかね」


「うん。一般人の常識からは外れるように思うかも知れないんだけどもね、裁判官は事件の概要を鳥瞰(ちょうかん)して、直感的に結論を見つけるらしいんだ。直感と言っても、もちろん培われた知識や経験的理解を踏まえてのことだけどね。‥‥‥恐らく一、二回目の弁論手続きまでは、西川は組合敗訴の判決を思い描いていたんだと思うね。それが、スタンドプレーともいえる、『私も長いこと裁判官をしてますが、こんな区画整理は初めてですわ』との発言につながったのだろうね」


「じゃ、なぜ南野さん敗訴判決になったんですか?」


「それは、私が西川に聞いてみたいくらいだけど、‥‥‥君に渡された訴訟記録から読み解くと、区画整理を支えるゼネコンやその背後にいる食肉会社の顧問弁護士たち、彼らが弁論に出席した時点から流れが変わったように思うね。この次々回の法廷で西川が、『本件は、証人尋問なしで法的判断の可能な事案ですから、証人尋問請求は、却下ということでよろしいですか』と、南野さん側の弁護士に振ってきているだろう」


「ええ、証人として申請されていた連中は、『嘘の陳述をしたら、偽証罪で逮捕されるから、本当のことを言わなしょうないな』と、区画整理の不正がバレるのを覚悟していたらしいんですが、証人尋問がされなくて助かったと胸をなでおろしたらしいですね。‥‥‥でも、南野さん側の弁護士は何故、裁判長の『証人尋問請求は、却下ということでよろしいですか』との申し出に、『ええ、結構です』と答えたのでしょうか?」


「それはね、組合側が先行自白的に三件の増換地の証拠を提出させられていたこと。それに裁判長西川の『私も長いこと裁判官をしてますが、こんな区画整理は初めてですわ』との言動から、もはや証人尋問をするまでもなく、増換地の事実が認められるだけで勝訴判決が下ると誤解したんだろうね」


「その結果、最も違法度の高い測量偽装や理事長・副理事長の高額報酬その他の違法事由は、証拠上明らかでない、との判断を下したんですよね」


「誤解を生じさせる言動で、南野さん側の弁護士の了解を得る手法なんかはかなり問題で、裁判官としての良識が問われるね」


「正にだまし討ちじゃないですか」


「そう思われても致し方のない判決だね。地裁で証人尋問が却下されれば、高裁で新たな証人尋問請求が大抵却下されるというのを見越してのもので、結局、高裁では証人尋問請求は却下されたのだから、地裁裁判長の思惑通りになったと言われても致し方のないもので、かなり念の行ったやり方だな」


「この区画整理で、関国ホーム社長の本山隆司は、泉北一号線に僅か17㎡しか接していない土地が大化けして広大な本社社屋を手に入れていて、おまけに二千坪にも及ぶ保留地を安価で取得しているんですが、やっぱり一番悪いのは、こいつですか」


「いや、一番に責任追及されるべきは、理事長だろうね。君の資料にもある通り、南野さんは区画整理に協力するつもりで承諾印を押したんだが、減歩率が高すぎることから争訟を起こしたんだよね。慌てた現場責任者といってよい朝鮮北ホーム顧問の山田美春、彼が善処しようとしたんだが、取り分を減らされると思った北埜良明がありもしないことを騒ぎ立てて南野さんを怒らせてしまったんだろ。その結果、こんなにこじれて、これから先も尾を引いたまま堺市と朝鮮北ホームの責任問題が追及されていくんだろうね。市議会議員を辞職した北野礼一の、『理事長がもうちょっとまともな人間やったらなあ』、が事件の本質を言い得て妙だな。昨年、朝鮮北ホーム顧問だった山田が若くして亡くなり、また、副理事長だった隅野も肝臓癌で亡くなったが、突き詰めれば、そのあたりに原因があると言っていいんだろうね。君の資料にもある通り、中学生のときに江ノ島で集団万引き事件を起こし、陵南中学の後輩たちに多大の迷惑をかけたのに、今また、自己の金銭欲を満たすために戦後日本最低といってよい区画整理の理事長に就き、出鱈目放題の区画整理を主導したんだから、救いようがないね。嶋田から、『しょうむないことをベラベラしゃべりゃがって、池へ沈めたろか!』と脅されて震えていたとのことだが、然もありなんだな」

 

直樹は苦笑いを浮かべ、海野の資料を手に取って相槌を打った。


「ま、今言ったように、一番悪いというか、一番の責任を追及されるべきは、北埜だろうね。法的な意味でもそうなっているし、土地区画整理法の趣旨や他の法令の細々した規定からもうかがえるんだ。ただ、このあたりはちょっと専門領域のことだから、一般の人には分かりにくいが。‥‥‥いや、君は分かっているだろうけど」

 

直樹は慌てて付け足した。海野のプライドを傷つけないようにとの配慮だったが、逆効果だった。


「いや、私は大した知識も持っていませんし、後藤田の兄に言われるまま正確に資料を集めてお渡ししているだけですから。それにこの年になってまだ平の巡査ですから」


「征大君。気を悪くしないでほしいんだが―――」

 

海野がどれほど優秀かは、資料のまとめ一つ取っても一目瞭然だった。そんな男が昇任試験も受けず、平の巡査にとどまっている本当の理由。今日の直樹が一番知りたい事柄だが、錦食堂からの出前で会話が中座してしまった。


「さあ、飲もう」

 

冷酒を海野のグラスに注いで、損ねた機嫌を取る。


「あ。いや、どうも。―――ところで、南野さんの資料全部読まれました?」


「うん。昨日一日かけて、全部に目を通したよ。南野さんに対する脅しの中で、嶋田は警察署長の名前まで使ってるね」

 

以前の資料で、赤鉛筆で付けたバツと関係があるのだろう。直樹の指摘に、海野は唇を歪め明らかに不快な仕草を浮かべた。


「警察署長と親しくしていて、南野さんの言うことなど警察では相手にされないと、録音された脅迫テープで述べているでしょう。おまけに揉み消してもらった事件までほのめかしているんだから、警察は完全に嘗められてますね」


「本当に嶋田のいう不正があったんだろうか」

 

もしそうなら、西堺警察署はとんでもない失態を演じたことになる。それどころか、違法行為を行なったことになるのだ。


「嶋田の従弟の、八田南町の町会長・阪口修が周りに言い触らしてるんですよ。俺が西堺警察署の署長に頼んでやったんやでって。おまけに、嶋田の腰巾着・ミニ欲エロ専務の高端も、こんなこと言うてるんですわ。オヤジ、これは嶋田のことですが、『オヤジはうまいこと金わたしまんねんで。わしら知らんことになってまっけど、誰になんぼ渡したか、みんな知ってまんねん』って。賄賂もろたヤツは、ええ恥さらしですな。ランドベル生コン立上げたときも、JISもらうために賄賂を持って行ったという噂ですわ。高端が親しい人物に、『今日オヤジ、ある先生の所へ金持っていってまんねん。オヤジ、うまいこと金渡しまんねんで。断られんよう、絶妙のタイミングで渡しまんねん』と述べてるんです。コイツラから賄賂もらった公務員は救いようがないですね」

 

よほど腹に据えかねるのか、海野は苦虫を噛み潰す顔で冷酒のグラスを飲み干した。


「嶋田やその仲間達が言うように、西堺警察署の署長は、本当に不正に手を貸したんだろうか?」

 

これだけあからさまに連中が触れ回っているのだ。火のない所に煙は立たぬ、の諺通りならとんでもない由々しき事態である。


「いや、いまの署長は潔白です。彼は嶋田とは何の関係もありません。ただ―――」

 

海野は口に出しかけて飲み込んでしまった。疑わしい人物が思い当たる、そんな表情が明らかにゆがんだ口元に現れていた。


「警察といい、大阪地検といい、嶋田は爆弾みたいな存在だね」

 

南野の裁判書類に、大阪地検の関係者まで顔を出すのだ。十年前に大阪地検を定年退職した検察事務員の森内三泰(みつやす)。現職の検察事務員のとき、区画整理賛同の印を取るため、朝鮮北ホーム顧問の山田美春と連れ立って地権者と会っていたのだ。無報酬で動き回っているとは、誰も信じていなかった。


「地検の事務員だった森内は、東京の私立医科大学・恵持医大へ息子が入学した年の前後から、朝鮮北ホーム顧問に就いていたらしいんですわ。月々べらぼうな金いるでしょう、私立の医科大学は。現職の地検事務員がこんなことをしてたんですよ。呆れてものが言えんでしょう。おまけに嶋田が森内を紹介する文句がすごいんですよ。『この先生は警察に大きな力を持ってる先生で、わしら何度も危ないとこを、この先生に助けてもろてんのや』なんですよ。本当に嘗めとるでしょう。こんな奴らに大阪府警も大阪地検も嘗められて、何も出来んような有り様ですわ」

 

大阪地検内部では、森内を「地検の恥や!」と苦々しく一部幹部が吐き捨てていたが、身内の恥をさらしたくないのか、森内が関与したであろう犯罪行為について、何ら捜査は行なわれていないとのことだった。


「警察と検察が正義を行なわず、いったい誰が正義を行なうんですか。本当に情けないですわ。こんな連中に嘗められて、被害者に示しがつかんでしょう! ねぇ、先生。何とか言ってくださいよ」


「分かった、分かった。君の言う通りだ。分かったから怒りを鎮めて、これから私の言うことに答えてもらいたいんだ。後藤田の親友として、それに君の友人として聞きたいんだ。正直に答えてくれるね。絶対口外はしないから。銀行員だったコネと知識を利用して谷山柾一の消息を探っているが、もし彼を探し当てたら、君と後藤田はどうするつもりなんだ。殺人の時効が完成した男に、君らは一体、どんな制裁を加えるつもりなんだ。教えてくれないか」

 

後藤田に聞くのが筋だが、彼は正直に答えないだろうとの読みが直樹にある。無二の親友であればこそ答えられないと思うのだ。その点、海野は違う。後藤田との微妙な決意の差も、八歳下の熱血漢に見出していた。文脈からすれば「国民に示しがつかん」というべきなのに、「被害者」と述べたところで、直樹は聴き時だと判断して、正面の海野に穏やかな瞳を向けた。


「先生! 金の流れから、谷山を絞れたんですか。もしそうだったら、後藤田の兄に知らせず、僕に教えてください。お願いします! 国Ⅰトップ合格の兄さんに、手を汚させるわけには行かないでしょう。俺だったら何とでもなるんです。だから、お願いですから―――」

 

酔いも手伝っているのか、海野は突然床へ平伏(ひれふ)して直樹に頼み込んだ。


「矢張りそうか‥‥‥」

 

これほど聡明な男が昇任試験も受けず、黙々と公安で資料集めをしている理由が分かったのだ。復讐のため、後藤田を庇い自分一人犠牲になる腹なのだ。もちろんこれは後藤田も同じで、海野の手を汚させる気は毛頭ないのであろう。


「姉の美由紀が不憫で。それに娘の真希ちゃんも。‥‥‥谷山のガキャ! どこまでも、どこまででも、たとえ地獄の果てまでも追い詰めてやるんや! うー!」

 

これ以上は言葉にならなかった。


「そうか。分かった。分かった」

 

直樹も海野の肩を抱いて天を仰いだ。家族が虐殺されれば、自分も彼らと同じ感情と決意を抱くだろう。しかし、何たる不条理であろうか。一人のクズのような犯罪者のために、二人の優秀な警官が未来を断たれ、復讐の鬼と化しその炎を燃やし続けているのだ。


「そうか。君の意図はよく分かった。谷山の居場所が掴めたら、真っ先に君に知らせるから。さあ」

 

直樹は嘘を言って海野を抱き起こした。後藤田と海野を守るため、谷山を探し当てたら自分の手でヤツを合法的に社会から抹殺しよう。そう決意したのだった。

 

結局、この日は元市議会議長・平田多加春の死因と田池との関連について、直樹は海野の考えを聞くことは出来なかった。市有地の不明朗極まりない売却への山竹市長の関与も同様、聞けずじまいに終わってしまった。怒りと無力感に打ち震える海野を慰める以外、直樹にはなすすべがなかったのだ。

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